確かに始まり
一人の少年が寝転がって、それはそれは深い夜空を見上げています。そうしていると、彼はずいぶんと自分が小さく思えてきて、つい溜息を漏らしてしまいました。
ここキンダーキングダム――こどもの国――の周辺には、灯というものはありません。ですから、とっぷりと闇につかっているはずなのですが、周りはうすぼんやりとしています。浄化石のおかげです。
仰向けになって足を組む少年――チキンは浄化石を、ひょいと拾い上げました。この石は、とっても不思議な石なのです。
まず一つ目、もういったように、少しとはいえ光を放っていること。
二つ目、それは不浄石に触れると、いっそう激しく光ること。
三つ目、これは石とされているものの、柔らかくて寝転ぶにはちょうどいいものであること。
そしてなにより、これが汚水や腐ったパンから、すっかり汚れを取り除く力を持っている、ということです。
「うんしょっと」
深い夜空、満天の星に見飽きたチキンは、身を起こしました。東を見ると、そちらには不浄石と浄化石が混じっているところらしく、まぶしいくらいに光っています。それを見ていて、全然夜らしくないや、と彼は思い、ふと時間のことを思い出しました。
そろそろ十時かな、と彼は背丈に似合わぬロングコートのポケットから、懐中時計を取り出しました。
どんぴしゃり、です。彼は慌てて立ち上がり、キンダーキャッスルに戻ろうと、走り出しました。
その時です。彼の恐れていた吠え声が、夜空に突き刺さりました。
まずい、まずいぞ、とチキンの内心は、冷たさで一杯です。そう、十時を過ぎれば、今チキンのいる石原から大人の国――アダンティーキングダムに向けて、怪物たちが進軍するのです。彼らの目的は、キンダーキングダムと同じです。そう、大人を倒す、という目的です。
しかし、この怪物が大人のみならず、自分たち子供を襲わない、という保証はどこにもありません。ですから、夜の外出は控えるように、チキンは口を酸っぱくしていわれています。
でも、どうしても行きたい。チキンは、そう思っています。
ここには、他にも研究に役立つ石が転がっているのですから、彼がそう思うのも無理はありません。
まだ十一歳になったばかりの彼は、あまり運動する方ではありません。しようとも思っていません。ですので、彼の息はとっくに上がっていました。
息苦しいし、走るのには向いていないぶかぶかのブーツ。もう走るのを止めようか、という考えが何度も頭をかすめます。でも、そのたびに、ここは危険だ、と自分にいい聞かせるのでした。
石原をなんとか走りきりましたが、今度は鬱蒼としている森の中です。思うように走ることができません。
でも、ここまでくれば、怪物も来ないだろう、とチキンは足を止めました。
「オオオオォォォォォォー」
ああ、なんということでしょうか、後ろの方から、野太い吠え声が聞こえるではありませんか。
「なんでだよお」
泣き言を漏らし、そしてチキンは駆け始めるのでした。