6.結婚式への招待
「ところで君、名前は何ていうの?」
家に入りながらエルが聞く。
「あらやだ、ごめんなさい。遅れましたけど、クリスティーヌと申します」
「ふーん、そう。あぁ、そこの椅子に座って」
クリスティーヌを応接室に案内しながら、エルはイギリス調のデザインをした椅子を指す。
家の中も外観に劣らず、見事な調度品ばかりだった。年季は入っているものもがあるが、ほど良く手入れされている。
その指定された椅子に座りながら、今度は逆にクリスティーヌがエルへ尋ねる。
「あのぅ、本当にあなた達だけで住んでいらっしゃるの? こんな大きなお家なのに……」
いつのまにか、客人をもてなす準備を整え終わったキースが現れ、手際よくクリスティーヌとジャンヌの前に、赤い花が描かれた高級そうなティーカップとソーサーを置いた。カップの中には湯気の立つショコラが入っている。
そしてエルの前にはグラスを置き、スパイシーなハーブの香りがする、変わったワインをボトルから注いだ。
「うん。俺たちだけ。でも、俺の教育係としてよくおじさん達がくるし。たまに父親も帰ってくるよ」
そう言いながらエルが椅子に腰掛けようとすると
「もう、エル! 座る前に帽子を取る! 本当にお行儀よくないんだから。おじ上様が見たら泣くよ!」
客人を前にしながらも、行儀の良くないエルにキースがきつく注意した。
面倒臭そうな表情を浮かべながらも、エルは後ろ向きになって帽子を脱いだ。豊かな金髪がふわっと流れでる。
そして、目の前の帽子掛けに帽子をかけながら
「まぁ、こんな感じだから。人数は少ないけど、寂しくはないよ」
と苦笑いをしながら呟いた。
「仲が良いのね。皆さん。羨ましい」
クリスティーヌが微笑みながら言うと、後ろを向いていたエルが
「ん? 君の家族は仲良くないの?」
と言って、不思議そうな顔をしながら振り返った。
だが、その瞬間、クリスティーヌは思わず
「嘘でしょう!!」
と声を上げた。その声に驚き、エルも思わず仰け反る。
「ご、ごめんなさい。あまりに知人に似ていたものだから」
はしたない声を上げてしまったのを隠すかのように、両手を口に当て慌ててクリスティーヌが謝る。
「あらー……びっくり」
ジャンヌもあんぐりと口を開けたままだ。
「まっ、別にいいけど」
彼女の謝罪を受け入れつつも、少し納得のいかなそうに、エルはテーブルに置かれたグラスに口をつけた。
しかし、次の瞬間には深い青色の目を輝かせて
「で、誰に似てるの?」
と興味でしんしんでクリスティーヌに聞くのだった。
「ふーん、で、俺は婚約者の弟のラウルっていうのに似てるんだ」
エルは不思議そうな表情を浮かべてそう返す。
「本当にそっくりなの。会わせて見比べたいくらい!」
ティーカップを持ちながら、興奮気味にクリスティーヌが言う。
だが、その言葉を聞いた瞬間、エルはなぜか表情を曇らせる。
「それよりも、もう遅いし疲れてるでしょ? ショコラも飲み終わったようだし。ローズがベッドを整えて寝巻きを用意してくれているから、もう寝なよ」
と話を急に終わらせた。
「キースも今日は休んで。クリスティーヌとジャンヌの部屋は俺が案内するから」
そう言って灯がともった燭台を手に持ち、二人を連れてエルは応接室を出て行くのだった。
エルに続いて、クリスティーヌたちは螺旋階段を登ると、彼はある部屋のドアの前で立ち止まった。
どうやら、この家の東側の部屋に案内をしてくれたらしい。
「さあ、本日お客様がお泊りになるお部屋はこちらですよ!」
先程の少し暗い雰囲気を飛ばすようにエルが言う。
彼女らが中に入ると、部屋の中央には見事な天蓋付きベッドが置かれていた。花柄のカーテンや壁の色合いからして、ここはどうも女性用の部屋のようだ。
「どう、気に入った?」
フカフカのベッドにエルがボスッと音を立てて腰を掛けながら聞く。
「ええ、素敵なお部屋ね! 気に入ったわ」
そう言ってクリスティーヌは彼の隣に座った。
だが、ジャンヌがコホンと軽く咳払いすると、クリスティーヌはハッとし、腰を浮かして少し彼から離れた。
「実はね、ここ、亡くなった母様が泊まりに来た時使っていた部屋なんだ」
「えっ……!」
「って、亡くなった人の部屋なんて使うの嫌だよね! ごめん、やっぱり部屋変えようか!」
エルがそう言うと、クリスティーヌは首を横に振り
「ううん、そんなことない! 大丈夫よ。それよりも、お母様は亡くなられてたの。実は私も……」
クリスティーヌは亡くなった父親の事を話すのだった。
「そっか、お互いに悲しいことがあったんだな」
少し鼻をすすりながらエルが言う。会話に入っていないジャンヌも目頭を押さえている。
「あのさ、さっきはキースが居たから言いにくかったんだけど……君の結婚式へお祝いしに行ってもいい? それに、俺にそっくりなラウルって言う子にも会ってみたい」
「……来てくれるの? 嬉しいわ! もちろん大歓迎よ!」
エルと同じく鼻をすすりながらも、彼の思いもよらない提案にクリスティーヌは快諾した。
「でも、そうしたら、わざわざ遠くから来てくれるエルが泊まれる場所を用意しないといけないわね。まぁ、それはいとこのヨハンナに頼めば……大丈夫よね? ジャンヌ。あと、そうそう、招待状を送るわね」
そう彼女が言うと、エルは両手を挙げて思いっきりベッドから飛び跳ね、両手を組んでクリスティーヌの前にひざまづいた。
「ありがとう! 村の結婚式には出た事があるけど、都会の結婚式に出るのが夢だったんだ。花嫁さんのドレスって凄く綺麗だよね。しかも、王妃が子供を産んだことでパリは賑やかだそうじゃない。もしかして、ヴェルサイユまで足を伸ばせば王家一家を見れたりするのかな? うわぁ、楽しみだ!!」
目をキラキラさせながら、エルはまるで子供のようにはしゃいだ。
だが、その時、ボーンと10時を知らせる時計の音が鳴った。
「あっいけない。じゃあ、本当に今日はお休み。いい夢を」
エルはクリスティーヌにそう告げ、駆け足で自室に戻っていった。
ジャンヌがクリスティーヌの寝支度を手伝っていると、クリスティーヌは思わず、ふふっと口にだして笑った。
「あら、やだ、くすぐったかったですか? お嬢様」
ジャンヌは支度している手を止める。
「いいえ、ごめんなさい。違うの。さっきのエルとの会話を思い出してしまって。それにビックリしたわ。彼が私と同じ14歳だったなんて! てっきり、私よりも背が小さいし、あんな感じだからもっと年下だと思ったのに」
止めていた手を再び動かしながら、ジャンヌは
「そりゃあ、そう思っても無理はありませんよ。お嬢様くらいの年頃の男の子は、本当に見ていて女の子より精神的にも幼く見えますもの。それに、お嬢様にはユリエル様がいらっしゃるから、よりいっそう、そう見えてしまうんでしょうね……でも! 男の子はこれから背がグッと伸びたりしますから。意外と将来はユリエル様よりも端正な美青年になるかもしれませんよ。あの子。まーそんな奇跡が起きたらビックリだけど。さっ、お支度ができました」
と言うと、彼女はクリスティーヌをベッドに寝かせブランケットを掛けた。
カーテンを引き、部屋の明かりが消され、ジャンヌも自室へと移動していった。
目を閉じつつも、ベッドの中でクリスティーヌは成長したエルの姿を想像する。
だが、上品で洗練された都会的な貴公子というよりも、小麦色に焼けた肌に白いシャツにサロペット、そして少し小さくなったあの帽子を被って、羊を追いかけている様子しか想像できないのであった。