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48.汝、安らかに眠り給う

 ユリエルの葬儀はパリの屋敷近くの小さな教会ではなく、中心部に近い比較的大きな教会で行われた。


 祭壇の前に安置された彼の遺体には、首元の傷が分からぬように、白い布が巻かれていた。

 死装束には大きなレースのジャボ付きシャツ、色とりどりの宝石と金の刺繍を施したカフスの黒いコートと、同素材で作られたキュロット、そして同系色だが織り方で柄をだした光沢感のあるジレを着させられている。

 これらの服は、ユリエルが持っていた服の中でも最高級に当たるものだ。


 エルは彼の亡骸を最初に見た時に、彼が死んだという事を不思議と実感できなかった。

 というのも、棺の中で目を閉じた彼は青白い顔をしており、生前の堂々としている彼とは別人のように思えたからだ。

 だが、指にしている彼のお気に入りの指輪を見て、やはりこの遺体はユリエルなんだという事を認識した。

 クリスティーヌを傷つけ、最後は殴り合いの喧嘩までした相手だが、やはり実の兄であるからであろう、目からは自然と涙が流れていた。


 一方、クリスティーヌはというと、遺体を見ても取り乱す事なく冷静な様子だった。

 しかし、棺の中の彼を見ると様々な思い出が蘇ってきたのか、すでに愛は冷めきっているとはいえ、彼女の目にもキラリと光るものがあった。



 葬儀は粛々と進み、嘆き悲しむ人々を癒すように聖歌が流れる中、人々は彼に手向けの花を添えている。

 しかし、時折空気がピリつく瞬間があった。

 それというのも、どこで情報を聞きつけたのか、ユリエルに好意を持っていた女たちは花を添えた後、クリスティーヌとエルの事をキッと睨みつけるようにして去っていったからだ。

 だが、それはまだマシな方で、中には彼らの事を人殺し! と指差しながら大声で叫び、他の参列者に抱えられて退場していく女もいた。


 また、この葬儀にはイザベラも来ていた。

 先程の女たちとは異なり、彼女はいつもと変わらず落ち着いた様子だ。しかし、それはふてぶてしい態度というものではなかった。

 静かに彼に花を手向け、クリスティーヌには何も言わぬ代わりに軽く一礼すると、教会の外へと静かに去って行った。


 無表情のまま教会を出た彼女は、周りをキョロキョロと見渡し、足早に人気のない森の奥へと走った。

 彼女は、大きな木陰を作る一本の太い木の根元にしゃがみ込むと、ユリエルの肖像画入りのペンダントを胸元で強く握りしめ、何度も口づけをし、その中の彼に向かって

「ごめんなさい、ごめんなさい、あなたを一人にしたばかりに……」

と呟き、何故あの時に彼を返してしまったのかと後悔と自責の念に駆られた。

 さらに、一人になったことで我慢の糸がプツリと切れたのか、先程までの落ち着いた様子からガラリと変わり、地面に伏せるようにして大声を出しながら泣き叫ぶのだった。


◆◆◆


 最後の挨拶が終わるとユリエルの棺は担ぎ出され、墓地へと向かった。

 皆が見守るなか、棺が埋葬された穴に花が投げ入れられ、土を被せていく様子を見て、あぁ、これでユリエルとも本当に別れるのだなとエルは感じていた。

 彼の隣では、ハンカチを握りしめて泣いているクリスティーヌがいる。エルは抱きしめる代わりに、彼女にそっと自分の肩を貸した。


 そして、特に理由はなかったがエルはふと、父とおじたちの方へと視線を移した。

 彼らは泣くような事はしてはいなかったものの、悲しみによるものなのか、あるいは犯人が憎いとも取れるような、厳しい表情を浮かべている。

 そんな彼らを見て、エルは突如、言いようのない不安な気持ちに駆られた。

 考えてみれば、ユリエルもいなくなった事で、父に残された家族はもはや自分しかいないのだ。言い換えれば、自分も父しかいない……

 

 神よ、どうかこれ以上、自分の家族を奪わないで……


 天に向かって、エルはそう祈った。


◆◆◆


 人々はとうに眠りについている真夜中。

 風がビューっと吹き、木々の葉を揺らしているさなか、三人の人影がそこに集まっていた。

 彼らは互いに用具を手に取ると、ザッザッと無言のまま足元の土を掘り始めた。

 そして、彼らの腰がすっぽりと収まるくらいまで掘り進めていくと、何かに当たったらしく、用具の先からカツンと音がした。

 彼らは目的の物だと確信すると、スピードを緩め、注意深くゆっくりとソレを掘り出した。


 彼らが掘り出していた物。それは黒い角ばった箱で、蓋には十字のマークが入れられている。つまり、棺だ。

 彼らは棺に掛かった土をパッパと払うと、お互いの目をあわせ、慎重にその蓋を開いた。

 すると……納棺の時と全く変わらない端正な顔立ちの男の遺体が現れた。


「それにしても、これを行うのはなかなか気が引けるものです……」

 黒髪の男がため息交じりにそう言った。


「ならば、私がやろう。剣を突き立てることには慣れているのだから」

 自身に対する皮肉交じりの言葉と共に、銀髪の男が道具を持った。


「では、確認する」

 遺体の口を広げ、少し赤みを帯びた金髪の男がその中を確認した。


 行動の通り、彼らは墓泥棒をしに来た訳ではない。

 では、一体何のために墓を掘り返したのかというと、少し前の事だ。


◆◆◆


 葬儀が終了した後、アーロンはエルのおじたち三人を自室に集めた。


「ユリエルの遺体を見たが……確かに狙いを定めてつけられたかのような傷だった」

 同じく遺体を確認したミカエルに向かって、アーロンはそう言った。

「ええ。もし、抵抗していたのであれば、首以外にも傷がついていたと思われます。しかし、あの状態では、まるで無抵抗であったようにしか思えませんし、斬り方もかなり手慣れているかと思われます。それと……」

「それと?」

 言葉に詰まったミカエルに、どうしたのかとアーロンは更に聞く。


「それと……警察の人間は別の所で殺されたとかもしれないと言っていましたが、私はそれは違うと思います」

 違うと言うミカエルに対し、アーロンは片眉をぴくりと動かした。

「違う……では、その根拠は?」

「彼の周りには、ある程度血溜まりが出来ていたそうなので、現場はやはり橋の下だと。それに、運んできたなら血の雫の跡があってもおかしくないはずです。でも、そのようなものはなかったそうです」

「ほう。ではなぜ、その場で切られた割には血の量が少なかったのだろうか」


 答えはわかっているのだろうと言う目で、アーロンは三人を順々にみる。

 彼らもアーロンの考えている事と同じだと言う目で見返した。


「普通の人間の犯行かもしれないが、あえて犠牲者が苦しむ様子を楽しむものも奴らには多い……だが、どちらにせよ、私の息子を殺した犯人だ。決して許せぬことに代わりはない。諜報部門の全権を任せるから、犯人に繋がる手がかり探し出してくれ」

 そう言うと、アーロンはザラキエルの方を見つめた。承知したと言うように彼は首を縦にふる。


「ところで、例の()()()はみられなかったようですが、もし、奴らの犯行だった場合はどうしますか? そうなるとユリエルは……」

 憂鬱そうな顔でラファエルがそう聞いた。

「私が見たところ、現時点では彼の遺体は通常のものとなんら変わりはない。ただ、もし、例外が発生した場合は、前のように面倒なことになりかねない」

 ミカエルも過去のおぞましい出来事を思い出していた。


 彼の言う通りだというようにアーロンは頷くと

「一応、念には念をだ。ユリエルの体をまた傷つけるのは、私としても大変辛い。だが、事が大きくなる前に手を打たなくてはならない」

と言って、三人にその手はずを頼んだ。


◆◆◆


「……よかった」

 ユリエルの口をの中を確認したミカエルは、ホッとした表情を浮かべた。

「彼に変化の様子は見られない」

「では、辞めるか?」

 ザラキエルは両手に持っていた道具を地面に置いた。


 だが、しかし

「いいえ」

と言って、ラファエルが首を振った。

「確かに死臭はしていますが、我々の一族は何が起きるかわかりません。今は変化がみられなくても、後からということも……とても心苦しいですが、彼に本当の安息を与えてあげましょう」

 彼は置かれた用具を持つと、ザラキエルに再び道具を持つようそれらを渡した。


 ザラキエルはフッと軽くため息をつき、ラファエルから道具を受け取ると、ユリエルの遺体に向かって祈りを捧げた。

 彼に続いてラファエルとミカエルも神のご加護をと呟く。

 そして、彼は手に持った太い杭を彼の胸に当てると、その杭の頭に向かって思い切り金槌を振り下ろした。

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