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2.双子の誕生

 ようやく日の出も早くなり、庭の様々な花たちも誇らしげに咲ようになった季節。

 花達についた夜露が消えぬ前に、その日は女中達がバタバタと動き回っていた。


 眠い目をこすりながら自室のドアを開け、ちょうど目の前に通りかかった女中にユリエルが話かける。

「ねえ、どうしたの? なんで、みんなこんな朝早くに騒いでるの?」

「坊っちゃま、実は……」

と女中が話そうとした瞬間

「あぁー!!」

 屋敷中に、女性の大きな悲鳴とも言えぬ声が響き渡った。



「奥様、もう少し、もう少しでございます! おぉ、頭が見えてきましたよ!」

 ばあやが興奮した様子でミシュリーヌに伝える。皆が必死になる中ついにギャァー、ギャァーと一人の男の子が生まれた。

 だが、安堵に包まれのもつかの間、医師だけは真剣な顔のままだ。

「まだ落ち着いてはいけません。奥様、さあ、また頑張って!」


 医師は必要な処置を終えると、ばあやをはじめとした女中と共に、ミシュリーヌの部屋から出て行った。出産という初めての経験に、彼女はクタクタだった。

 だが、喜びは思った以上だった。なぜなら、一度で二人の男の子に恵まれたからだ。

 

 彼女が小さなベッドに置かれた赤ん坊たちに目をやりつつ、ベッドで微睡んでいると誰かが部屋のドアをノックし、そっと入って来た。


「気分はどうだ?」

 燃える火のような赤い髪に、まるで深海のように深く青い色の目をした男が聞く。

「……そうね、こんなに疲れたのは久しぶりよ。痛みを感じるのもね。話には聞いていたけど、ここまで大変だとは思いもしなかったわ」

 ベッドに横たわりながら、ミシュリーヌが静かに答える。

「でも、それよりも私が子供達を産めるなんて……その方が驚いたわ。ところで、しばらくはこっちにいてくれるんでしょう? 産まれたのに、すぐに仕事でいなくなる父親なんて嫌よ。アーロン」


 そう言われると、アーロンと呼ばれた男はふっと苦笑いをした。

「まあ、ロンドンでの仕事は落ち着いたから。今度の仕事はパリなんだ。だからしばらくこちらにいるよ。それより、ゆっくり休んで。赤ん坊たちの世話は乳母たちがやるから」


 彼はドアを開ると、入りなさいと言って二人の乳母を呼んだ。

 彼女達は失礼しますと行って部屋に入ると、それぞれが挨拶をして産まれたての赤ん坊達を抱いた。

「さあ、いくら君でもあれだけの出血量じゃ体に応える。食事はたっぷり用意するから今は休むんだ」

 そう言うと、彼は乳母達を連れて部屋の外に出て行った。


 赤ん坊達が居なくなった瞬間、どういう訳かミシュリーヌは一瞬言い表せない不安に包まれた。

 しかし、そんな不安をもみ消すように、争う事の出来ない睡魔に襲われるのだった。


 

 ーーぼんやりとした明るい風景が広がる。

 屋敷の庭だろうか、小さな池のような場所が見え、そこで二人の男の子達が楽しそうに魚釣りの準備をしている。

 一人の男の子が騒いでる。どうやら怪我をしたらしい。もう一人の男の子が彼に近づく。

 傷の手当てをしてあげているのだろうか。


 しかし、近づいた男の子の様子がおかしいことに気づいて

「だめっ! いけない! 彼から逃げて!」

 ミシュリーヌは大きな声で、怪我をした男の子に向かって叫ぶ。


 だが、その言葉は届く事なく、釣り針で怪我をした男の子は、ドサっと大地に倒れこんだーー



 ハッとシーツを握りしめて、ミシュリーヌは飛び起きた。まさか……まさか……と動揺していると、すぐ隣の部屋から

「なんなんだよ、これ! 痛い! 血が! ひぃぃぃ!」

 悲鳴に近い声で、先程部屋に入ってきたうちの一人の乳母が叫んだ。


「どうかしたのか?」

 部屋の外で様子を伺いながらミカエルが聞く。

「だんな様、この赤ちゃんおかしい!

見てください!」

 乳母がミカエルを部屋に招き入れ、ゆりかごに置かれた赤ん坊の口を指をさし、さらに自分の乳房を見せる。


「……なんと!」

 ミカエルが赤ん坊の口元を覗くと、赤ん坊にはあるはずのない白い物体、鋭く尖った二本の歯が生えていたのだ。

「あたしがお乳をあげようとしたら、この子、いきなり噛み付いたんだよ! なんなんだ! お給料がいいからって喜んで来たのに! こんな恐ろしい子の世話なんて出来ない。あたしは帰る!」


 だが、帰ろうとする乳母の手首をミカエルはグッと掴んだ。騒ぎを聞いたザラキエルも部屋に入って来た。

「すまない、マダム。怖がらせてしまって。血で汚れたままの服で帰すわけにもいかないので、さあ、別の部屋で着替えを」

 ミカエルはザラキエルに目線を送り、彼はそれに従って、怯えて震えている乳母を別室に連れて行いった。


「あのー、どうかなさったんですか?」

 赤ん坊を抱っこしてあやしながら、斜め隣の部屋にいたもう一人の乳母が心配そうにミカエルにたずねる。

「いや、何でもない。君は気にせず赤ん坊の世話を続けてくれ。」

 そう言いながらも内心ミカエルも動揺していた。まさかの事態が起きるとは。二人に話さなくては……! と彼はアーロンのいる部屋へと急いだ。



「……と言う訳です」

 神妙な面持ちで先程の事をミカエルは、椅子に座って足を組み、手を口元にやり思案を巡らしているアーロンに話す。

「そうか。で、噛まれた乳母の方はどうした?」

「彼女の処置はザラキエルに任せました。問題は……」

というミカエルの言葉を遮り

「これからの事。だな。お前が心配するのは」

 見透かすようにアーロンが言った。そして、その返答をミカエルが言う前に

「あの子をここに居させてはだめ」

いつの間にか部屋に入って来た、寝巻き姿のミシュリーヌが呟いた。


「久しぶりに"アレ"を見たのよ。あの子がここにいる限り、もうどうする事もできない」

 普段なら明るいミシュリーヌもこの時ばかりは弱々しい様子だ。今にも涙が溢れそうな表情をしている。


「……なるほど」

 一瞬間を置いてからそう呟くと、アーロンは立ち上がった。そして、ミシュリーヌをそっと胸元に抱き寄せると

「内容を詳しく聞かせてくれないか」

と落ち着き払った声で言うのだった。

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