23.再会
深く降り積もった雪はすっかり溶け、大地からは新しい命が芽吹き、長く感じられた冬の終わりを告げる。
「それじゃあね。ローズ、フランク。行って来るよ」
玄関先で少し不安そうに見送る、ローズとフランクにエルは出発の挨拶をする。
「本当に、気をつけていってらっしゃいね。だんな様たちにもよろしく」
「あんまり、悪さこくんじゃないぞ!」
彼らはそう言って、エルに手を振った。
前回の二週間の滞在からエルが戻ってきた時、彼らは怒っているというよりも、エルの無事を確認したことに安堵していた。
エルは心配をかけてしまったことに謝罪をした。だが、パリであった様々な経験を土産代わりに話した。
するも、ローズは舞踏会であった近衛連隊隊長のことがとても気になったようで、しつこく何度も聞いてきた。
エルは内心うんざりしていた。フランクもキースもまたか……と呆れた顔をしていた。でも、エルは彼女を泣かしてしまったと責任を感じていたので、その度に付き合ってあげたのだった。
◆◆◆
エルたちを乗せた馬車が、ラウルたちの待つ屋敷に到着すると、ばあやよりも真っ先にラウルが出迎えた。
「エル! おかえり!」
彼そう言うと、エルに飛びつくようにぎゅっとハグをした。
「おいおい、すごい歓迎の仕方だな。犬かお前は」
突然の事に驚いたエルは、思わず苦笑いを浮かべる。
「犬ってひどいな。そんな言い方しなくたっていいじゃないか」
「ごめん、冗談だよ。それよりも、お前、また身長伸びたんじゃないの?」
彼らは春を迎えると15歳になっていた。確かに、ラウルの方はもう身長が大人と言ってもおかしくない高さになっている。
一方で、エルの方は同年代の男の子達よりも低く、むしろ女の子と同じくらいか、それよりもまだ低いように見られた。ヒールのある靴を履いているせいもあるが、クリスティーヌの背にすらまだ届いていないようだ。
「良いよなー。どうやったら背が伸びるんだろう。なんか、特殊な事やってるの?」
「何にもしてないって! 大丈夫だよ、背はそのうちに伸びるって」
アドバイスになっていないラウルの励ましに、無責任な……とエルはブーブー言いながら屋敷へと入って行った。
今回の滞在は丸々一ヶ月間と言うことが許可された。
また、女装されられるのか? とエルは一瞬身構えていたが、今回はパリの屋敷に相応しいきちんとした服装をしていれば良いとアーロンに言われ、彼は拍子抜けした。
しかし、悪さをしたら即刻田舎に返すと言われたので、安心はできなかった。
また、今回はユリエルも多少は相手をしてくれたが、結局のところ芝居などを見に行く程度しか結局のところ合わなかった。
なぜなら、舞踏会に行ってもユリエルはあっという間に他の女性たちに取り囲まれてしまうし、エルも母親や村の女の子以外とは踊ったことがなかったので、いざ自分が舞踏会で女性を相手にしようとしてもできなかったのだ。
この時ばかりは、ラウルが普段感じている惨めさをヒシヒシと感じた。
だが、エルはラウルとも若干距離を感じることもあった。それは、ユリエルに連れられて、あるサロンに行った時の事だ。
パリではサロン文化が発達しているとだけは聞いていたが、実際はどのようなものか知らなかったので、行ってみたいとお願いして連れてきてもらったのだ。
しかし、必死に耳を傾けていても、議論の内容は何を話しているのかちんぷんかんぷんで、君はどう思うか? と尋ねられてもあー、そうですねぇくらいしかエルは答えられなかった。
一方で、ラウルは議論されている内容にしっかりと耳を傾けており、尋ねられてもおどおどせず、すらすらと答えていた。エルの目にはまるで別人のように映った。
ちなみに、彼らが出かける先々で、彼らを知る人は、突然、ラウルに顔がそっくりな男の子がもう一人現れたことに驚きを隠せないでいた。
古くから知る人の一部は、そう言えばラウルは双子だったんじゃないか? そして、もう一人は亡くなったのでは……と不思議そうに聞いてきた。
その度に、実はエルとラウルは三つ子で、エルは小さい頃は病弱だったので里子に出していた。しかし、最近体が丈夫になってきたので、都会に戻ってきたという説明がアーロンたちによりなされた。
その事に対して、エルはなんとも言えない気分になったが、ラウルと一緒にいられるなら、まあいいかと気にしないようにした。
また、遊んでばかりいるのは許されなかったので、日中は二人で勉強することを義務付けられた。
もちろん、エルの方がだいぶ遅れていたのだが、普段はわからないとなったらすぐ投げ出していたのに、そんな時はラウルがすかさずフォローに入り、彼に優しく教えてあげた。
反対に、乗馬やフェンシングが得意なエルは運動オンチのラウルを見て最初笑いはしていたが、彼なりにラウルが少しでも上達するようコツを教え、いつしか互いに弱い部分を自然と補い合う関係になっていた。
◆◆◆
そんな風にして、彼らが外で過ごしている様子を、窓越しに目を細めながらアーロンは見ていた。
「不思議なものですね。兄弟というのは」
彼の後ろに座っていたミカエルが呟く。
「そうだな。特に、あの子たちは双子だ。双子というのは、二人で一つとも言われている」
彼は懐かしいことでも思い出すように、顔を上に向ける。そんな彼に対して
「こういう事を聞くのはあれですが……ミシュリーヌが言った事をお忘れではありませんよね?」
と念を押すようにミカエルは尋ねた。
「アレの事だろう。もちろん、忘れてはいない」
現に、アーロンは万が一の事を考え、彼女が指していたと思われる、庭中の池を全て土で埋めてしまったのだ。
それに、エルとラウルが二人きりにならないよう、ミカエルを含めた三人のおじを監視役として常につけていた。
◆◆◆
日々はいつのまにか過ぎ去り、約束の一ヶ月が終了した。だが、今回はエル一人だけではない。帰りの馬車の中にはラウルも同乗している。
というのも、今回はラウルがエルの家に行く事になった。二人を一緒に過ごさせた事で、エルは勉強をするようになったし、ラウルも苦手だった運動に挑戦するようになっていたからだ。
そのため、互いの家で交互に過ごすようにアーロンは決めたのだ。もちろん、二人を監視するため、ミカエルたちも一緒に付けてとのことだが。
エルたちが屋敷に着くと、ローズとフランクは一緒に連れてきたラウルに驚いたと同時に、ひどく感激した様子だった。
彼らは本当にエルそっくりだ! でも、ラウルの方が背が高いからお兄さんに見えるねとも。
一方、ラウルもエルの家を見て、羨ましい! ここなら、静かに勉強できそうだと嬉しそうな表情をした。
「ところでさ、ラウル。とっておきの場所に連れて行くよ」
そう言ってエルは、ラウルをある場所へと連れ出した。
そこは家の裏にある森の一画だった。
木々が陽を遮っている中、そこだけは日が当たり綺麗な花が咲いており、中央には何かが置かれている。
ラウルが近づいてみるとそれは石だとわかった。
「ここはさ、母様のお墓なんだ」
お墓だって?! エルの言葉に、思わずラウルは声を上げた。
「母様の遺体は荼毘に付して、遺灰は海に蒔いたはず……母様がそうして欲しいって。エルも……知ってたでしょう?」
もちろん、一般的には土葬が当たり前だった。火葬をするなんて罪人のすることだとも。
しかし、彼らの母親は、墓はいらないから自分が死んだら美しいエーゲ海に流して欲しい、というのが常日頃からの希望だったのだ。
「うん、確かにそう聞いた。でも、俺は母様の葬儀にも出して貰えなかった。だから、最初は信じられなくて大泣きしたよ」
寂しそうにエルが言う。
「でもさ、ラファエルが母様の遺灰の一部をこっそり持ってきてくれたんだ。ここに埋めてお墓の代わりにしなさいって。東洋のある国ではそうしてるんだって」
そうすると、エルは乾いた土が少し被ってしまっている部分をパッパと払った。すると、確かに人の手で掘ったのだろうミシュリーヌという文字が見えた。
「ここはね、母様のお気に入りの場所だったんだ。よく本を読んでもらったよ」
うっすらとエルの目には涙が浮かんでいる。
「遺灰をみて、本当に母様はいなくなっちゃったんだって実感した。だけど、ここに来れば会える。……ちょっと変わってる人だなって思ってたけど、自分の墓はいらないって……酷いよね。遺された方の身にもなれっての」
強がりの笑顔を見せつつも、エルの目からはボロボロと涙が出ていた。それはラウルも同じだった。
「本当にそうだよね。でも、素敵な場所だね。確かに母様が好きそうな場所だ。教えてくれて、ありがとうエル」
ラウルが感謝の言葉を述べる。そして、彼らは堰を切ったように涙を流した。




