プロローグ
「そうか……」
上質な年代物の椅子に腰掛けていた金髪の青年は、肌の浅黒い従僕から報告を聞くと、静かにそう呟き腕組みをした。
「はい。とても残念な事ですが……」
報告をした従僕は、なんとも言えぬ表情をしながら顔を下に向ける。
青年は静かに椅子から立ち上がると、とうとうこの時が来たかという思いで、彼自身よりも高さのある大きな窓の近くへと寄った。
外を見れば、ここ2、3日は雲ひとつない青空が広がっている。日差しは明るいが、この季節らしく柔らかい。かの地へ向かう"旅人"を迎え入れるにはちょうど良さそうな日だと彼は思った。
一方、従僕の方は、主人である青年を心配そうに見つめた。
それというのも、先程彼が報告したのは、離れて暮らす青年の祖父が、昨日亡くなったという知らせだったからだ。
「それにしても、よくここまで長生きしたもんだ。色んな意味で大した方だよ、お爺様は」
青年は従僕に向かって、少し皮肉っぽく笑ってみせた。
「そう言う軽口はやめてくださいよ……唯一の肉親なんですから」
少し困った様子で、従僕は若い主人をたしなめる。
確かに青年の祖父は、年齢を言えば80になるかならないかぐらいだっただろうか。この時代で考えてみれば、かなり長生きした方だった。
さらに、亡くなる直前まで病気にもならず、いつも通りに仕事をして暮らしていたというから驚きだ。
また、軽口を叩いた青年も、青年と言っても彼はまだ18になったばかりだ。パッとみると大人びている印象だが、よくよく観察してみると10代らしく、どこかまだ頼りない雰囲気を持ち合わせている。
それを払拭するかのように、少々生意気にみえるのは若者らしい万能感からだろうか。
従僕の方はというと、彼より3、4歳程度下の少年だ。彼の父親と青年の父親も彼等と同様、主人と最も親しい従僕の関係だったらしい。
「それで、肝心の遺言は?」
青年は従僕に向かって、彼の右手に持つ遺言状であろう手紙を読むよう急かした。
もちろん、遺言と言っても、先程従僕が言った通り、唯一の肉親は青年だけなので当然相続するのは彼しかいない。彼には煩わしい親戚関係というものも無いに等しかった。
そのため、特に心配する必要はないのだが、あの祖父の事だから……と何かが気になったらしい。
従僕は、わかりましたと一言言うと、預かった手紙をペーパーナイフで素早く開封し、コホンとうやうやしく軽く咳払いをして手紙を広げた。
「では、読み上げます……私が死亡した場合、全財産は直系の孫である……」