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8.

 その後、雷帝は自信のある力強い足取りで会場へと戻って行った。

 

 私の言葉を都合よく捻じ曲げて、嬉しそうに。

 

 全く勝手な男である。

 けれどあまり嫌な気がしないのはきっとあの笑顔が鮮明に頭に焼き付いているからだろう。

 それに――いや、これは考えないことにしよう。

 

 

「疲れた〜」

 あの顔を思い浮かべていると、夜会がお開きとなるまで一人で対応に追われた、相当疲れたらしい兄さんがヨロヨロと部屋へと入り込んでくる。

 そしてメイガスの眠るベッドに腰を掛ける兄さんは、メイガスの顔を覗き込む。

 

「メイガスの調子は……うん、大丈夫そうだね」

 スヤスヤと眠るメイガスの寝顔を確認すると安心した様子でネクタイを緩めた。

 そしてメイガスのために取りに行った水差しからコップに水を注ぐと、飲み干してからはぁっと大きく息を吐いた。

 

 どうやら少しは落ち着いたらしい。

 話すなら今が絶好のタイミングだと、兄さんの横に腰掛ける。

 

「兄さん」

「ん? どうした、ミッシェル」

「私ね……やっぱりなんでもないわ」

 そこまで口にしてから、いややっぱり止めたと口をつぐむ。


 きっとこんなことを話せば兄さんは大げさなほどに驚くだろう。そして私の事を心配して、胃の辺りを抑えて今後どうするか考えてくれる。

 

 けれどそんなの、兄さんを困らせるだけである。


「そうか?」

「ええ」

  それに今は気持ちよく眠りについてはいるが、ここにはメイガスだっている。

 

 もしもメイガスがこのことを知ったらどう思うだろうか――きっとメイガスのことだから悪い方には考えないんだろうな……。

 


 雷帝が、シェトラッド王子が私個人を見てくれたことは嬉しかった。

 それに『共に歩みたい』なんて元婚約者の3人にも言われたことなかった言葉、これからも忘れることはないだろう。

 

 ほぼ初対面で馬鹿にされたことは未だに根に持ってはいるが、人形のようだと言われたのは初めてのことではない。

 メイガスと比べられて〜なんてことはもう慣れている。

 なんなら最近は兄弟の中で、兄さんが仲間はずれで可哀想じゃないか?と思う余裕まで出て来ているほどだ。

 

 だから彼が許してほしいと言ったその言葉を実はそこまで気にしてはいない。

  けれど、もし先ほど彼の口から紡がれた言葉が一時の気の迷いだったらと思うと、私は怖いのだ。

 もう一度、なんてものがあったらきっと私はもう立ち直れなくなる。

  二度あることは三度あり、四度目もまた然り……なんて考えただけで足がすくむ。


 

 だから拒んだのに、あの笑顔だもんな……。

  今度は、今度こそはって期待したくなるじゃないか。

 

 けれどその手を掴むには相当な勇気が必要なのだ。

 そしてその勇気を今の私は持ち合わせていない。

 成長するごとに、元婚約者達が私の前から去っていくごとに少しずつ落としてしまったのだ。

 そうすれば、私はまた前に進むことができるから。


 

「はぁ……」

 大きなため息を吐き出して、代わりに水差しから注いだ水でちょびちょびと口を濡らす。


 あの頃だったら、10年前だったら迷わず取れたはずの手も今では伸ばすことすら臆病になってしまった。

 

  もしも彼が来るのがあと少し早かったら。

 

 もしも初めに見つけてくれたのが私だったら。

 

  ――なんてあり得ない『もしも』なんか考えて、再びため息を吐く。

 

「ミッシェル、大丈夫?」

「んー、まぁ大丈夫、かな?」

「なにそれ。まぁ……いいや、無理に聞いたりはしないよ。けどね、大丈夫じゃなくなりそうになる前に絶対に相談してよ?」

「わかったわ」

 

  心配してくれる兄さんの顔を見ずに、ユラユラと左右バラバラに揺らす自分の足を眺めて、予想もつかない未来のことを考える。

 


 私の未来にはいつだってメイガスと兄さん、それにファティマさんがいて、いつかは兄夫婦の子どもなんかも加わって楽しく過ごせるのだと思っていた。

 

 今とほとんど変わることのない、幸せな日々。

 

 ――けれど本当に私の進むことの出来る幸せな未来はそれだけだろうか?

 

 兄さんとファティマさんを見ているとどうしても、私も私の新しい家族が欲しいと思ってしまうのだ。

 もう結婚なんてしないと諦めているはずなのに、変な話だと自分でも分かっていながらも、そこに恋愛感情が無くとも家族愛のある家庭を築きたいと。

 

「はぁ〜……」

「今日は珍しくミッシェルも疲れてるね。あと少し休んだら家に帰ろうか」

「そうね」

 

 兄さんは自分のコップに水を注ぐついでに私のコップへと並々と水を注ぐ。

 縁ギリギリまで注がれたそれはこぼさずに口元へ運ぶのもやっとなほどだ。


「……こんなに飲めないわよ」

 なんで私の分だけこんなに注ぐのかと睨むと兄さんは酔っているのかカラカラと笑った。

 

「流し込んじゃいな。それで、帰ったらぐっすり寝よう」

「……うん」

「ミッシェルは、さ。疲れてるんだ。そんな時はゆっくりと寝るに限るよ、ね?」

 

『ミッシェルは疲れているんだ』と兄さんは繰り返して、私の頭へと手を伸ばす。柔らかくて温かいその手を跳ね除けて、立ち上がった私は腰に手を当ててグラスを一気に空にした。

 

 悩みはたくさんあるけれど、だけど今は水と共に腹の中へと流し込む。

 

「帰りましょう、我が家に」

「そうだね」

 

 雷帝は明日、クロスカントラー王国に帰るのだ。

 そして私はこの自然豊かなアッサドラに残る。

 

 ――今日はそれでいいじゃないか。


 疲れている時は難しいことは考えない方がいい。

 それに兄さんに縋るのも。


 きっと兄さんの胃が痛くなってしまうから。


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