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7.

 まるでそこに居るのが当たり前かのような仁王立ちである。

 私の方が彼よりもずっと身長が低いから仕方がないのかもしれないが、見下ろされているように思えて、ついイラッときた私の頬はヒクヒクと引きつっている。

 

「シェトラッド王子、何か御用ですか?」

 

 それでも、ドアの目の前に立ってるなんて邪魔なんだけど?と喧嘩を売らなかった私は自分でも偉いと思う。

 というかこの男、さっきまであれだけの大人数に囲まれていたのになんでこんなところにいるのか。

 

 ……そこまでメイガスへの執着が激しいということか。

 

 雷帝がもう少し来るのが遅かったらあやうく元婚約者達が犯した過ちと同じ事象に遭遇するところだった。

 

 これが兄さんの言っていた『何かありそうな予感』か!


 兄さん、ナイス!

 

 今回は完全に未遂ですみそうである。

 無罪にするつもりなど毛ほどもないが。

 

 斜め上をやや睨みつけるように見上げ、さっさと要件を話せと威嚇すると雷帝はゆっくりと口を開いて言った。

 

 

「ミッシェル=フランターレ、私と結婚してくれ」――と。

 

 

 うん、やっぱり時間をかけて今までの出来事を思い返したところでこの事態の異常性は変わらない。


  「以前会った時の態度は詫びる。初対面の女性に嫌味を言うなど、あの時はどうかしていたんだ。だから!」


 ん? 異常性?

 そうか、そうか、なるほどこれはカモフラージュというわけか!

 

 あくまでメイガスを追いかけてきたのではなく、私を追いかけてきたのだと。

 嫁にするのは私で、愛しているのはメイガスの方、と。

 


 この前ツラツラと語った10年前の出来事はどこ行ったんだよ!!


 いや、それほどまでにメイガスは美しいということか。さすがメイガスである。


「お言葉ですが、シェトラッド王子。私は生涯独身でいようと心に決めておりますので、お断りさせていただきたく……」

「帰国してから10年前の我が国への入国歴を調べた。君がメイガス=フロンターレがあの少女ではないと証明したその方法で、私は今度こそその少女を見つけようとした。結果、候補が複数人浮上した。だから俺は様々な国を巡って1人ずつ調べていくことにした。けれどあの日の少女に当てはまる女性はいなかった――君以外は」

 

 私の目を見据える雷帝の瞳はまるで稲妻のように鋭く私を射抜こうとする。

 

 けれど、だからなんだと言うのだ。

 

「確かに私は10年前、一度だけ兄と共にクロスカントラー王国を訪れたことがあります」

「やはり君が……」

「ですが私はあなたの求める女性ではありません」

「なに!?」

 

 雷帝はその目を大きく見開く。

 事実を伝えているのに何を驚いているのか。

 彼だって気づいているはずだ。

 

 その少女がミッシェル=フランターレであっても、求めているのは『私』ではないことを。

 

「ですからこのお話はなかったことに……」

 

 目の前の馬鹿な男を嘲笑ってやろうと見上げた先にあったのは悲しそうに顔を歪める雷帝の姿だった。

 

「私はずっとあの少女だけを思ってきたんだ。彼女に手を伸ばせるように、と。けれどそれは私の偶像で、今までのことは全て無駄だったんだな……。君には何度も迷惑をかけたな」

「いえ……」

「それでは失礼する」

「……待ってください!」

 

 偉そうで、実際に私よりもずっと偉いはずの雷帝が背中を丸めて遠ざかる姿がなぜかあの日の私のように思えて、気づけば彼のジャケットに手を伸ばしていた。

 

「ミッシェル=フランターレ?」

 ジャケットの裾を引かれた雷帝が私の名前をツムジへと落とす。

 

 その手を離せと言いたい気持ちはよく分かる。

 

 けれど私は彼を、私に散々暴言を吐いたこの男を元気付けたいと思ってしまったのだ。

 

 あの日、あの少年がそうしてくれたように、今度は私が――と。

 


「私はあなたの望む女性ではありません。だから想像でしかないのですが、きっとあなたの望む女性というのはあなたが努力するだけの価値がある女性で……だから無駄だなんて言わないでください」

 

 彼の努力が無駄だったのではない。

 

 ただ需要と供給が違っただけ。

 

 雷帝は生花を望んだ。

 努力をした彼に相応しく、隣で美しく咲き誇る花を望んだ。

 

 けれどあの日、少年に出会った少女は彼が望むような瑞々しい花にはなれなかった。

 

 ただそれだけ。

 

 だから後悔なんてしないでくれと、無駄だったなんて言わないでくれと、作り物の笑顔を浮かべながら「それだけです」と告げてから、手を離す。

 

 私に出来るのはただそれだけだ。

 

「お引止めして申し訳ありませんでした」

 言いたいことは全部吐き出した私はスッキリして、ようやく本来の目的へと足を向ける。

 

 

「ミッシェル!」

 

 ――けれど今度は雷帝が私を引止めた。

 

 弱々しさなど、迷いなど感じない真っ直ぐで力強い声である。

 

「何でしょうか?」

 

 彼もまたこれからは過去など振り返らずに前に進むのだろうと振り返る。

 

 するとそこに居たのはキッチリと90度に頭を下げる雷帝の姿だった。

 

「俺と結婚してくれ」

「……シェトラッド王子、ですから私は」

「どうすれば君に許してもらえるんだ? やり直す機会をくれ……」

「許すも何も私は怒っているわけではなく……本当に私は誰とも結婚する気などないのです」

 

 私は結婚する気などないと呆れが見えるようにわざとため息交じりで雷帝へと告げる。

 けれど雷帝はといえば、私の言葉を嬉しそうに笑い飛ばした。

 

「それはつまり私以外にも相手はいないということだな! ということは私にも希望があると、そう解釈させてもらうことにしよう」

 

 それはつい数か月前に見た雷帝からは想像できないほど快活で柔らかな笑みだった。

 まるで雷帝があの日私を励ましてくれた男の子であると証明するかのように。


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