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5.

「おかえり、ミッシェル」

「ただいま、兄さん」

 

 馬車で待っていてくれた?のはキッチリと束ねられた縄を膝に乗せた兄さんだった。

 毎回毎回同じ結び方だったためか、兄さんもやっと縄抜けができるようになったらしい。


 驚きはしない。

 むしろ今までも出来たけれどしなかっただけではないかと思っていたほどだ。

 なにせメイガスのカーディガンを編んだのも、膝掛けを編んだのもこの兄である。

 なぜか編んでいくごとに丸みを帯びた何かを生成してしまう私が縄抜けできて、それほど手先が器用な兄さんが出来ないなんておかしな話なのだ。

 

 ……そして縄抜けが出来ながら、ずっとそのまま縄を解こうとしなかったのも。

 

 まぁ、おおよそ予想はついている。

 どうせついてきたはいいけど、いざ自分が雷帝と対峙して、話し合いをするのを想像したらもっと胃が痛くなってきたとか、避けられるなら避けたいと思ったとかそんなところだろう。


 つまりは兄さんにとっても縄で結ばれたことは都合が良かったというわけだ。

 

 ――と思うと、この縄を用意したのももしかしたら兄さんなのかもしれない。

 

 いや、さすがにそこまではしないか?


 ……しないと思いたい。

 縄で結ばれることを喜ぶ兄さんなんて想像しただけで気持ち悪い。

 

「それでミッシェル。話はついたのかい?」

 

 兄さんは手元の縄を弄りながら、怯えたような目で私へと視線を向ける。

 まるで私が兄さんを虐めているみたいじゃないか。

 せっかく陛下に手伝ってもらったとはいえ、話をつけてきたというのに……。

 ここは普通、褒めるかお礼を言うところじゃないの?と思いつつも、まぁいいわと気を取り直して、私の手に入れた成果を告げる。

 

「話し合い?というか雷帝の話を聞いてみたら、人違いだったことが判明したの」

「へ? 人違い?」

「そう、人違い。彼は昔会った女の子を探していたらしいのだけど、メイガスをその女の子と勘違いしたらしいわ。本当に迷惑な話よ……」

「そうか。ありがとう、ミッシェル。それと……ごめんな、兄さんが行ってやれば良かった」

「なにそれ……?」

 

 兄さんはよくわからないことを言って、私の頭を撫でる。

 

 よしよしと子どものように。

 まるで何があったのか知っているように。

 いや、本当は知っているのかもしれない。

 

「ほんと、私には兄さんの考えてることがわからないわ!!」

「ははは、僕はいつだって僕の家族が幸せになればいいって思ってるよ。……みんな幸せになれればって、ね」

 

 胡散臭く笑った兄さんは私の顔を自分の胸に押しつけるようにして抱いた。

 兄さんの服からフンワリと香るのは私やメイガスと同じ石けんの香り。家族の香りだ。

 その香りに包まれて私はやっと泣くことが出来た。

 

 ずっとずっと我慢していた涙。

 私が泣いたらきっとメイガスが心配するからって、悲しむからって。

 だけど今日くらいはいいだろう。

 

 どうせここには私と兄さんしかいないのだから。

 

「兄さん」

「なに?」

「もしも服が濡れてもそれは私のせいじゃないわよ? 兄さんが汗っかきだから悪いの」

「ああ、そうだな」

 

 胸元を散々濡らされた兄さんは嬉しそうに笑って、私の髪をぐちゃぐちゃと撫で回す。

 

 少しの間だけは私はただの『妹』なのだ。

 



 ――そして馬車を降りれば、私はメイガスの『姉』となる。

 

「メイガス、ただいま!」

「おかえりなさい、姉さん。ってどうしたの、その目!? 赤くなってるよ?」

「最近、風が強いでしょう? だから砂埃が目に入っただけよ」

「なら早く目を洗わないと!」

「そうね……ありがとう。ちょっと顔洗ってくるわ」

 

 洗面台の蛇口を勢いよく捻り、出た水を叩き込むようにして顔に浴びせる。

 メイガスを心配させるような私は水と共に下水に流れてしまえ!と願いながら何度も何度も繰り返して悲しい気持ちを全て洗い流す。

 

「はい、タオル」

「ありがとう、兄さん」

 

 真っ白なタオルに顔を埋めて、これで全てを拭き取った!

 

 今日のこともいい出来事だったと捉えることにしよう。

 ほとんど忘れかけていたとはいえ、過去に私が憧れを持っていた男の子との思い出も綺麗さっぱり清算した。

 私は思い出の宝箱に蓋をして、彼自身はちゃんとは覚えていないときた。

 雷帝の私への印象もよくない!

 だが納得して帰ってくれたことには変わりない。

 

 ――となればもう気にすることなど、すっかりなくなったことだし、今まで通りフランターレの一員として頑張るしかない。

 

 

 

 それから私は相変わらずの作り物じみた笑顔を貼り付けて、昼はお茶会、夜は夜会と今まで以上に飛び回るようになった。

 とはいえ毎回色々な社交場に足を運んだところで目新しい情報など早々入ってくることはない。

 

 出ずっぱりで疲れたからそろそろ数を減らそうかしら?なんて考えていたある日、私の耳に『雷帝』の名前が飛び込んできた。

 


 なんでも国を股にかけて妻となる女性を探しているらしい――と。


 

 その噂は雷帝を一度目にしたことがある令嬢を中心に瞬く間に広がりを見せた。

 

「あの雷帝様が!!」とご令嬢方は色めきだっているようだったが、私は本当にあの時雷帝がメイガスを諦めたのか、それが心配でならなかった。


 メイガスを女性だと思い込んでいたあの男は表向きは男でも構わないと言ったのだ。

 ならばこの国にすら噂が舞い込んでくるほど大規模に行われているらしい嫁探しはメイガスを側妃として宮廷に置くためのカモフラージュなのではないか。

 

 

 非常にあり得る。

 そうなれば雷帝は、シェトラッド王子は『私の記憶に残る男の子』ではなく『敵』である。

 一度引き下がっておきながらまたやって来るなんてことがあったら今度こそ迎撃しなければならない。

 


 一切の情けは不要だ。

 

 

「来月にこの国にも足を運ぶらしいわ」との情報を耳にした私は、何としてもメイガスを守り切って見せるとメラメラと燃えていた。


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