4
雷帝になる前の彼、シェトラッド少年と出会ったのは、私が2人目の婚約者と婚約破棄をして間もない頃のことだった。
確か10歳くらいの頃だったか、あの頃の私は一年と経たずに二度目の婚約破棄をして精神的に参っていた。
私なんて、と自暴自棄になっていた私を兄さんはクロスカントラー王国へと連れていってくれた。
カサランドラ国には一人目の婚約者である第一王子との思い出がたくさんあるから、きっとそれを思い出させないようにとの気遣いだったのだろう。
……がそこまでで兄らしさというものを使い果たしてしまったらしい兄さんはあろうことか8歳も年下の妹とはぐれたのだ。
私が迷子になったのではなく、兄さんが迷子になった。
ここは結構重要である。
とりあえず当初の目的地であった、観光地であるフェルナンドール教会へ使用人と二人で辿り着くと、使用人に兄さんを探しに行くよう頼んだ。
私はここで待っているから、と。
そう言って自分から一人で待っていると言ったくせに、使用人が兄さんの探索へと向かい、いざ一人になると寂しいものである。
教会の鐘の下に一人で来るなんて想像もしてなかったのだ。
ここに立つときはきっと純白のウエディングドレスに身を包んでいる時で、誰もが祝福してくれると疑ってなかったのになと涙が溢れそうになったその時……私は彼と出会った。
「どうしたんだ、どこが痛いのか?」
初めて会った少年は私の涙を見つけるやいなや慌てたようにどうしたものかと周りを見回して、私を心配してくれた。
その時の私は誰かがちゃんと『私』を見てくれたことが嬉しくて、ギリギリで溜まっていた涙全てを目の前の少年へと向けて、流した。
少年は嗚咽を交える私の話を初めから最後まで聞いて……そして約束してくれたのだ。
「いつか君を幸せにしてやる。だからそれまで待っててくれ。きっと迎えに行くから」――と。
その後すぐに少年は迎えの大人達に連れられて馬車に乗ってどこかへ行ってしまった。
まるでおとぎ話の王子様みたいだ。
現実の王子という人物がどんなものかを知ってしまっているはずの私はそんなことを思っていた。
それから私の方も、使用人が兄さんを連れて来てくれたおかげで無事観光を続けることができた。
今度ははぐれないよう、兄さんと手を繋いで、いくつかの観光地を巡ってその日のうちにクロスカントラー王国を後にした。
それから一年、いつだって私はその思い出を胸に抱いて、いつあの時の少年が迎えに来てくれるだろうかと期待した。
……けれど来たのは少年ではなく、三人目となる婚約者だった。
彼とは比較的長く続いた方ではあったが、その分裏切られたという気持ちは大きかった。
そしていつからか、あの日の出来事は教会の天使様が見せてくれたひと時の夢なのではないかと思うようになった。
……というのになぜ今更やってくるのだ。
王子様みたい、どころか本当に王子様だったところにはもうこの際ツッコミは入れない。
「――ということで、過去の約束を果たすべく彼女を迎えに来たというわけだ」
が、なぜよりにもよって約束をした相手を間違えるのかとツッコミたい。
確かに私よりもメイガスの方が良かったって思いたい気持ちは分かるけどさ。
いや、分かるならわざわざその記憶を汚してやることはない。
私はただ、その少女がメイガスではないということだけをただ否定するだけでいいのだ。
なんだ、簡単じゃないか。
「失礼ですが、シェトラッド王子。メイガスは生まれてこのかた、一度も国外に出たことはありません」
「なに?」
「それは僕も保証する。彼は身体が弱くて、夜会にもほとんど出てこないんだ。そんな彼が国外になんて無理だよ」
「それは本当ですか!?」
「陛下、よろしければシェトラッド王子にメイガスの出国記録をお見せしてはどうでしょう?」
渡航履歴は貴族のものならば基本的に家ごとに保存される。
だから陛下にはメイガス個人のものだけを、と伝わるようにとここではわざと『メイガスの』と強調してみせる。
すると陛下は分かったよと頷いて、テキパキと指示を出す。
「ああ、そうだね。それが一番手っ取り早い。君、メイガス=フランターレの渡航履歴書を持って来てくれるかい?」
「かしこまりました」
そして待つこと数分。
城の優秀な使用人達によって見つけ出されたメイガス個人の渡航履歴は見事なほどに真っ白で、クロスカントラー王国はもちろんのこと、他の国の名前でさえも刻まれてはいなかった。
これならさすがの雷帝でも納得せざるを得まい!とメイガスの渡航履歴書を持つ手をフルフルと震わせている雷帝の顔を覗き込む。
だがそこにあるのは諦めではなかった。
「ならばあの娘は、私が将来を誓った娘は誰なのだ!」
お前の目の前にいる女だよ!とは口が裂けても言えない。
面倒臭いことはもう懲り懲りなのだ。
私は結婚を諦めて一生、兄さんと義姉さんの世話になって暮らすと決めている。
もうこれ以上、計画を崩されてなるものか。
「残念ながら存じ上げませんわ」
だから私は笑ってごまかす。
それを真似するように陛下も困ったように笑ってみせた。
こっちは本当に困っているだけだけど、今は効果てきめんである。
そのおかげか今回は雷帝も食い下がることはなかった。
「ミッシェル、良かったのかい?」
「なにがです?」
「彼が、昔君が話してくれた少年だろう? やっと迎えに来てくれたじゃないか」
『ごめんよ、ミッシェル。僕は君を愛せない。どんなに美しくとも生花を知ってしまった僕にとって造花は偽物にしかならないんだ』
この言葉を三番目の婚約者から別れ際に聞かされた時、なるほどと納得した。
メイガスに見惚れた人物にとって私は偽物なのかと。
だから二度と彼の中で私は本物にはなれないのだと。
それはきっと一番目の婚約者だった彼も二番目の婚約者だった彼も同じで……だからこそ彼らは皆、私ではなくメイガスを選び、そして破滅の道を進んだ。
雷帝は私を見て、メイガスと比べて、人形のようだと称した。
つまりはそういうことなのだ。
真実を教えてやったところで誰も幸せになりはしない。
「いいんです。彼が見つけたのは私ではなく、メイガスですから」
どんなに美しく見せようが造花は造花。
瑞々しく魅了する生花にはなれっこない。
それは仕方のないことだ。
なにせ元が全くの別物なのだから。
なら造花は造花らしくいることにしよう。
それがあの日『わたし』を見てくれた彼へのせめてもの恩返しになると信じて――。