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異国の文化体験

シェトラッド、ファティマ、サルファドールのお話。

 窓から差し込む日差しに睡眠欲をかき立てられながらも、書類整理をしていたシェトラッドの元に二人の来訪者が現れた。


「シェトラッド!」

「わっ!」


 毎度のことではあるのだが、こうも勢いよくドアを開け放たれると悪いこともしていないのにシェトラッドの身体は反射的にビクっとはねてしまう。


 だが悪いことをしていないというのはあくまでシェトラッドだけの考えである。

 以前長~いお説教をされたミッシェルとの今後についてのことだって、シェトラッドはシェトラッドなりに考えて行動していたのだ。


 ただそれがミッシェル当人はおろか、周りの誰にも伝わっていなかっただけで。


 シェトラッドはサルファドールの言葉を借りるならば『どこか抜けている人物』である。

 一応彼も雷帝と呼ばれて、その手腕は各国から一目置かれているわけなのだが、どうも仕事以外のこととなると鈍いのだ。


 実際、ミッシェルが寂しい思いをしているなんてファティマやサルファドールに教えてもらうまで思いつきもしなかったのだ。


 きっと今回も自分の知らない何かがあったのだろうと、これから怒られるだろうと思いつつも二人と対峙する。


 どうした?と首を傾げれば、ファティマが一歩踏み出してシェトラッドに顔を寄せる。



「あなた、何でこの前の薬草の採取断らなかったのよ!」

「それはファティマが手伝ってって言ったんじゃないか」


 今まで様々なことでお説教されてきたシェトラッドもまさか手伝いをして怒られるとは想像していなかった。

 第一、その件はシェトラッドが自分から手伝いを申し出たのではなく、ファティマが人手不足で困っているから手伝ってと言いにきたから手伝ったのだ。

 その甲斐あってその日のうちに研究材料の全てを採取し終えて、彼女は機嫌良く帰って行ったはずである。


 なにが問題だったのだ。

 今回ばかりは理不尽ではないかと、シェトラッドは自信をもって反撃する。

 するとファティマの後ろで、なにやらロール状の物を持って控えていたサルファドールはおもむろにそれを床に引き始めた。


「ファティマ。やはりコレの出番のようだ」

「そうね! 早速ユランから教えてもらったことを試さなくっちゃ!」


『コレ』と呼ばれた、緑色のカーペットのようなものの上に靴を脱いだ二人は膝を二つに折って座る。

 ユランの国で『正座』と呼ばれる座り方だ。

 緑色のカーペット――ゴザを里帰り土産だと言って渡される際、この座り方と彼女の国ならではの子どもへのお説教の仕方をファティマはユランから教えてもらったのである。


 だがそんなことを知らないシェトラッドの目から見れば、二人はなぜ床に座り込んでいるのか不思議で仕方がない。

 それも彼らは空いているスペースをペシペシと叩いては、禄な説明もなしに「あなたも早く座りなさいよ」とせかしてくるのだ。


 シェトラッドがわかることはただ一つ。

 この方法を教えたのが、フランターレの侍女であることだけである。


 東の技術大国出身の彼女から教えてもらったことと聞けば興味はある。

 そして目の前の二人の目からいらだちを感じ取ったシェトラッドは空いた場所で二人のまねをして座ってみる。

 椅子ではなく、膝下に体重を任せるなどなんとも変わった座り方だとは思う。だがそもそもクロスカントラーにはこうして床に座る習慣すらないのだ。


 これも異国の文化を知るいい機会だと言い聞かせて、これからどうするのかと視線をあげて目の前の二人をみる。

 するとファティマは納得したようにコホンとわざとらしい咳払いを一つしてから本題へと入る。



「いい? シェトラッド。 あなたは今、まだ結婚して一年どころか半年も経ってない、成り立てほっかほかの新婚さんなのよ?」

「ああ、そうだな」

「なのになんでミッシェルとの用事をキャンセルしてまで、私の手伝いなんてしてるのよ!」

「それならちゃんとミッシェルに断りをいれたぞ? そうしたらミッシェルは自分も手伝うって言ってたけど、そっちはちゃんと遠慮して……でもその後はちゃんと穴埋めしたぞ?」


 あの時のミッシェルは確かに人手不足じゃあ大変でしょう? と自らも名乗りをあげてくれたのだ。

 けれどファティマの欲する薬草というのは特殊なもので、慣れない者が採取をすると手がただれてしまうことがある。

 そんなことになったらファティマは烈火の如く怒り出すだろうし、シェトラッドだってミッシェルの綺麗な手をそんな危険にさらしたくはなかった。

 だからこそ私だってと口を尖らせるかわいらしい奥さんには遠慮してもらったのだ。


「ええ、それはミッシェルから聞いたわ。だから今回はあなたに優先順位というものについて教えるために来たの」


 そう切り出してからのファティマの話は長い長い。

 とはいえ内容など薄いもので、まとめてしまえばミッシェル第一でとは言わずとも、先に約束していたのなら一言いいなさいよ! とのことだった。


 ――がそんなことをファティマに指摘出来るはずもなく、シェトラッドの足はジンジンとしびれてくる。

 途中、立ち上がって椅子に座り始めたサルファドールを恨めしい目で見ればファティマの話はまた初めへと戻る。


 この話は一体いつ終わるんだろうか?

 指先でしびれるふくらはぎをつんつんと刺激しながら過ごすのも限界を感じたそのとき、救世主が現れる。


「あ! みんなここにいたんだね! ミッシェルさんがケーキ焼いてくれたんだけど、食べる?」

「行くわ! それで今日はなにケーキかしら?」

「レモンケーキだって!」


 ルシェッドの活躍により一刻ほどに渡るお説教? から解放されたシェトラッドは目の前のファティマと同様に立ち上がろうとした。

 ……けれど自らの足は立ち上がるのを拒んだ。

 いや、正確にはしびれて上手くのばすことができなかったのだ。


「情けないわね、シェトラッド」

 見下ろすようにそう吐き捨てるファティマの言葉には同意するけれど、だが足がどこかにふれる度にしびれがやってくるのである。

 それも正座をしていた時よりも、つんつんと指先でツツいていた時よりも大きなシビレである。


 シビレと戦うシェトラッドを横目に三人は「ケーキ、ケーキ」と一足先に部屋を後にする。


 最後の一人であるサルファドールは去り際、双子の兄に対して言葉を残していった。


「このシステムは今後から採用されることになったから、そのゴザは丸めて置いておけよ?」


 その言葉にシェトラッドは悟ったのだ。

 今日のファティマはただただ時間を稼いでいただけだったのだと。

 ファティマがしたかったのは、足がシビレて立てなくなった自分をおいてミッシェルの元にいきたかっただけだったのだと。


 そしてファティマの思惑通り、わずか数分の間ではあるがシェトラッドはミッシェルに会えないもどかしさと己の足のシビレと戦って過ごすのだった。


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