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21.

 その翌週、彼からの手紙は送られてこなかった。

 代わりに雷帝本人がわざわざフランターレ屋敷まで足を運んで、兄さんに私、ミッシェル=フランターレと婚姻を結びたいと告げてきた。


 心の用意が出来ていた私はその申し出をすぐに了承した。

 それには兄さんはひどく驚いたように目を大きく見開いていた。けれどしばらくして復活したらしい兄さんはピンっと背筋を伸ばしてから、直角に腰を曲げた。


「シェトラッド王子、妹を頼みます」

 

 ここにいないメイガスもきっと兄さんと同じような反応をする事だろう。

 数年後には再びこの屋敷で暮らすだろう身としては、妹ないし姉が結婚することを喜んでもらうのは非常に申し訳ない。

 けれどあの手紙のことは私だけの秘密にする予定だ。

 この屋敷に戻った後も、たとえ相手が兄さんやメイガスだとしても打ち明けるつもりはない。


「ふつつか者ではありますが、これからよろしくお願いいたします」


 ――こうして私は雷帝ことシェトランド=クロスカントラーの妻となることを決めた。



 それからはめまぐるしく時は過ぎていった。


 まずはカサランドラの国王陛下に結婚する旨を告げて、次にクロスカントラー王国の王族の方とのご挨拶。


 そしてここで初めてシェトラッド王子が国王になる予定はないということを知らされた。

 何でもシェトラッド王子と、第二王子でシェトラッド王子の双子の弟であるサルファドール王子は側妃の子であるらしく、正妻の子である、まだ12歳の第三王子、ルシェッド王子よりも王位継承権が低いらしい。


 それも今回の結婚で王位継承権を正式に放棄することにするらしい。


 もとよりルシェッド王子が産まれた際に放棄する予定だったのだが、ある程度の歳になるまでは……とのことで、このタイミングで放棄するのはただ単にちょうど良かったからであるのだとか。


 側妃の子どもが第一・第二王子で、正妻の子どもが第三王子――とそれだけ聞くと宮廷争いとか大丈夫なのかしら? と心配してしまいそうにはなる。

 だが実際は王子同士はもちろんのこと、側妃様と王妃様の仲が非常によろしい。

 なんでも側妃様と王妃様は幼なじみ兼親友で、親同士の仲もいいのだという。三代にして受け継がれし仲というわけだ。


 近しい親族の全員に一気に挨拶が済むとは思いもしていなかった私はひどく驚いたが、宮廷争いなんて起きる欠片も感じさせないことにほっと息を吐いた。


 とはいえ私達で何か一悶着ある可能性はあるのだが……そこは私が引き下がればいいことだし問題はないだろう。

 もしカサランドラに戻されなかったとしても上手くやっていく自信はある……多分。


「ミッシェルさん、よろしくね」

「ふつつか者ではございますが、みなさまにご迷惑をかけないようつとめますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 ほぼ全員が見た目だけでも好意的にすまそうとしている中で、約一名だけ眉間に皺を寄せた状態でこちらを凝視している方がいる。

 サルファドール王子である。

 双子なだけあってシェトラッド王子とうり二つなのだが、彼の左目には泣きボクロがあるのが印象的である。

 それさえなかったら見分けがつかないほどではあるのだが、雰囲気としてはシェトラッド王子が優しめなのに対して、サルファドール王子はどこかツンケンしているといった感じである。

 ――といっても、初対面のシェトラッド王子は今のサルファドール王子の何倍も態度が悪かったからそこはさすが双子よね! ということで済ませてしまっていいのだろう。


 そしてシェトラッド王子の変化からして、おそらくはサルファドール王子も打ち解けさえすれば今のシェトラッド王子と同じくらいになるはずである……と今後の可能性を信じたいところだ。



 顔合わせ兼食事会はつつがなく終了し、その日はクロスカントラーの王城で一泊させてもらった。

 翌朝はウェディングドレスを筆頭とした、夜会用・お茶会用・公務用などなど様々な用途のドレスの採寸をしてもらった。

 私としてはフランターレにも普段着れる服はたくさんあるからそれを持参してもいいのにな……なんて思うのだが、形だけでも王子の妻となるのだ。


 こんな私でもお金をかければ少しはマシになるから! っていうのは確実にあるだろう。

 ドレスにアクセサリー、化粧と女性は少しお金と手を加えることで、ワンランクどころかツーランクも駆け上がることが出来るのだ。

 お金は余裕があればかけておくに越したことはない。

 思えばあの送り物も身だしなみなどには気をつけろという意味だったのかもしれない。



 一応雷帝に会うときはいつも社交モードだったんだけどなぁ……。

 これから気を付けようっと。



 そう心に決めた私は、カサランドラへ戻ってから見た目を少しでも磨くべく、メイガス観察に精を出すをする事にした――というのはもちろん冗談である。


 刻々と近づく嫁入りまでの間、家族と過ごす時間を少しでも長くとって起きたいと、2人と頻繁にお茶会を開くことにした。

 並ぶのはもちろん私の手作りのお菓子である。


 実は私の結婚が決まった際に、ユランが花嫁道具として是非持って行ってもらいたいと、この日のために故郷から取り寄せたのだというハンドミキサーを私に贈ってくれたのだ。

 そしてそのハンドミキサーを使って、クロスカントラーでもいろいろなお菓子を作れるようにと日々花嫁修業ならぬお菓子研修を行ってくれている。

 おかげで私のレパートリーもうんと増えた。

 なんなら離縁されて国に戻ってきた際にはケーキ屋さんを開けるんではないかと思うほどである。


 味はユランはもちろんのこと、メイガスに兄さん、ファティマさんに、雷帝のお墨付きである。って雷帝以外みんな身内だけど。まぁ自分でも舌は肥えている自覚はあるから美味しいことに間違いはないだろう。




 それから半年という日々は思いの外、あっという間に過ぎていった。



「汝、ミッシェル=フランターレがシェトラッド=クロスカントラーの妻となることをここに認める」


 ――そして私は今日、多くの人々に祝福され、ミッシェル=フランターレからミッシェル=クロスカントラーへと名前を変えたのだった。


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