20.
雷帝への手紙に何か送り物をつけてから数日、彼からの返信が届くまでの私はいつもソワソワしていたようだ。
それもメイガスや兄さんにならまだしも、久しぶりに出席したお茶会で会ったご令嬢方に何かあったらしいと察されてしまうほどである。
ただ彼女たちは私の様子が楽しそう=メイガスに何かいいことが起きたと考えているらしく、話題はもっぱらメイガスのことであったのだが。
そもそも雷帝が話題にあがることはなかった。
以前は彼がこの国にやってくると言うことであがっただけだったのだ。
カサランドラのような小国の令嬢である彼女たちにとって、雷帝は憧れこそすれども結婚したい相手ではないのだ。
私がいる手前、誰一人として口には出さないが『結婚するなら幼い頃からよく知っている婚約者と結婚するのが一番である』と思っているに違いない。
私も下手に恋愛をして身を滅ぼすよりも、両親が身分が釣り合っているからと決めた相手の方が現実的でいいと思う。
――その婚約者達が現実的な思考の持ち主ではなかっただけで。
そう考えると途中で女である私にシフトチェンジした雷帝は、彼らよりもほんの少しだけ現実を見ていると言える。
スタート段階で大きくマイナスにはなったが、初めの印象が悪かった分、現在の印象回復幅も大きい。
とどのつまり私は雷帝へ想いを傾けてしまっているのだ。
クロスカントラーに行ったあの日私の心が冷えたのもそのせいであると数週間ほどかけて、彼との手紙を何度も交わして、やっと心の整理がついた。
何度も婚約者達に裏切られ続けてもなお、また人を好きになることが出来るなんてと自分でも驚いた。
けれどその気持ちは間違いなく私のものなのだ。
そして雷帝への手紙を一枚、また一枚と綴る度に、彼とならいい夫婦になれるのではないか……と期待を膨らませていった。
けれどこのときの私は浮かれすぎていたのだ。
思えばこれが初恋という物だったからだろう。
考えに歯止めというものがかかりにくくなっていたのだ。
クロスカントラー王国に訪問した時と同じくらいの冷静さがあったらそんなこと考えないはずなのだ。
普通に考えて大国の王子、それも第一王子が結婚相手を探す際に小国の公爵令嬢なんて眼中に入ることなどまずあり得ないだろう。カサランドラ国が小国ながらも他国に誇れる何かがあればまた別の話なのだろうが、残念ながら平々凡々な小国なのである。
私はこの国が嫌いな訳ではないが、自国の欲目でそれなのだ。大国からすれば一つの国分の領土以外なにもないに等しい。
それでもカサランドラの領土が欲しければ、つながりが欲しければ姫と縁を結ぶだろう。
それにいくら幼いころに出会っていたとしてもたった一度きりのことである。執着するほどの関係でもない。
――つまりはこの話、最初から裏があったのだ。
そのことを知ったのは楽しみにしていた雷帝からの手紙でのことだった。
兄さんから受け取って、すぐさま部屋に戻った私は季節の挨拶から始まり、私の身体を気遣う文が並ぶ手紙に心を弾ませていた。
それだけでも嬉しいのだが、前回の手紙と一緒に彼が一番気に入っている木イチゴのパウンドケーキを送ったのだ。
お菓子を送ったときはいつだって二枚目にはギッシリと送ったお菓子の感想が書かれている。
きっと今回も喜んでくれたことだろうと、美味しかったと書かれた文章を見られるだろうと期待してめくった。
――そして言葉を失った。
そこに書かれていたのは私の望んだ物ではなかったのだ。
『ミッシェルとはうまくやっている。近い日にもう一度プロポーズをするつもりだ。きっと了承してくれることだろう。待っていてくれ。君と家族になる日もそう遠くはないはずだ」
私が目にしたその文は私へと送られる予定のなかったもの。
おそらくは他の誰かに送るはずだったものを間違えて同封してしまったのだろう。
そしてその誰かというのは雷帝が心から家族となりたいと願う相手で、けれどなにかしらの都合で正妻として受け入れることはできない相手なのだろう。
つまりは私は彼がその相手と家族になる前段階、張りぼての正妻にふさわしい女として白羽の矢が立ったのだ。
こんな時ばかり頭の回転が早いもので嫌になる。
でも、そうよね。
初めて会った時、私のこと嫌いそうだったし。実際に散々な言われようだった。
それがいきなり結婚したいなんて言い出して、挙げ句の果てに送り物はどれも高そうなものばかり。
小国の公爵令嬢で。
何度も婚約破棄を繰り返す問題ありの令嬢で。
年はそこそこで。
けれど一時は王子の婚約者であっただけに王子妃としての教育も受けている。
――そんな私がちょうど良かったのだろう。
なにせ結婚してから、合わなかっただの、やはり我が儘な娘だっただの、適当な理由を付けて側妃を優遇すればいいだけのことである。
そして私にはお金なり、宝石なりを渡しておいて、数年後には子どもができなかったと理由を付けて国に帰してしまえばいい。
ああなんと素晴らしいシナリオだろう。
いくらあがいたところで、私はやはり造花なのだ。彼が求める生花にはなり得ない。
けれど造花にもいいところはある。
そう、張りぼての正妻の役目とか……ね。
私にぴったりじゃない?
どうせこの先、結婚する予定もないのだ。
出戻り娘となったところで、私には優しく迎えてくれる家も家族も、使用人だっている。
ならば初めての恋をさせてくれた相手のために、造花らしく飾られてみるのもいいのかもしれない。
この手紙は見なかったことにしよう。
そしてまんまとだまされたフリをして、彼が幸せになっていくところを見守るのだ。
なんだ、意外と悪くないんじゃない?
「よし、プロポーズされたら受けよう!」
そう覚悟した私の心は今までで一番晴れ渡っていた。




