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19.

「ねぇユラン、やっぱり私が作ったものなんかよりもパティシエが作った物の方が何倍も美味しいと思うのよね」

「なにを言いますか! お嬢様が作ったものだからこそ意味があるのです! 王子はきっとお喜びになられますよ」

「そうかしらねぇ……」



 つい数刻前、私の手元には新たに雷帝からの送り物が追加された。

 今度は異国の民が織るのだという、珍しい柄をした髪留めである。

 毎回彼から送り物をもらうばかりというのもなんだか申し訳ない。

 私からも何かお返し出来ればと、ユランに何か喜んでもらえる物はないだろうかと相談した。

 するとユランは目を輝かせて「ならば手作りクッキーなどはいかがでしょう!」と提案してくれたのだ。


 私としては適当とまではいかないでも、男性が喜びそうなものをユランや他の使用人達から聞き出してその中から選んで、手紙と共に送ろうと考えていたのだ。

 だから初めは手作りのものなんて!と反対したのだ。

 けれどユランに押し切られる形で今は彼女と共にキッチンに立っているというわけである。


 それでもやはり既製品がいいのではないかという考えがなくなったわけではない。

 それもよりにもよって食べ物である。

 以前、その時の婚約者だった人に刺繍のハンカチを送ることがあったが、いやあったどころかもう風習の一環で全員に送った。なのにあの人達は婚約者から送ったものをメイガスに与えてしまう始末である。


 確かに目の前で咳こむ麗しの少年がいたらハンカチを渡してしまう気持ちは分かるけど! 


 でもそこでよりにもよって婚約者からの贈り物を渡しちゃあダメでしょ……。ああ思い出したら頭が痛くなってきた。まぁそれはひとまずおいとこう。過去を思い出しても今は変わらない。


 そんな気軽ではないにしろ、もう何人もの男性に贈ってきた刺繍のハンカチを送るよりも、今回のはずっとハードルが高い。


 兄さんやメイガス、ファティマさんは美味しいと言って食べてくれるけれど、そもそも身内や屋敷の使用人以外には振る舞ったことがないのだ。

 その上、私は雷帝がお菓子が好きかどうかすら知らない。


 こんなに手紙を交わしておいて、相手には好みを知られておいて、である。


 彼は手紙の中で、私を気遣うことや送り物のこと、そしてクロスカントラー国について語ることはあれど、自分のことを語ることはほとんどないのだ。


「ユラン、初めはやっぱりハンカチとかでいいんじゃないかしら? 刺繍とか入れないシンプルなデザインのものならもらっても邪魔にならないでしょ」

「なにを言いますか! もう後は焼くだけです」

「でもね……」

「でしたらクッキーとハンカチ、両方お贈りしましょう。そうしましょ。それが一番です。はい、決定!」

「ユラン、あなたね……」

「決定です!」


 いつもは私の意見を無視して押し進めようとする事なんてないのに。

 なぜ今日のユランはこうも強情なんだと呆れてしまう。

 するとユランは優しく微笑むと、私の手を優しく包み込んだ。


「大丈夫です。お嬢様の手作りクッキーを美味しくないなんて言い出したらその舌、私が抜いて差し上げます。実は我が国には代々舌を抜く道具というものがございまして……。数日間の休暇をいただくことにはなってしまいますが、お嬢様のためとあらばこのユラン、国に残してきた道具を一式取りそろえて参ります!」


 普通なら美味しくなくとも、礼儀として美味しかったと一文書けば終わりである。わざわざ真実を伝えて、関係をこじらせることもあるまい。

 だがあの雷帝のことである、美味しくなかったと書いてくることも容易に想像ができてしまう。


 そしてユランが美味しくないと口走った雷帝の舌を抜いてしまうのも。


 そう思うと、散々罵倒された場にユランがいなくて良かったわ……。


 それにしてもユランの国に残してきた道具というのは気になる。

 この流れからして料理の道具ではなさそうである。興味はある一方で、持ってきてもらってはいつ使われるのか冷や冷やして過ごすこと間違いなしだろう。


「そんなことはないと思うから大丈夫よ……多分。ユランにはまとまった休暇をしばらく与えられなくて申し訳ないと思ってるけど、里帰りはもう少し先にしてもらえたらうれしいわ」

「いえ、私はフランターレ家にお仕えできることが何よりの幸せですので」


 とりあえずユランの直近での里帰りの阻止には成功した。

 後はこれ以上雲行きが怪しくならないように、彼女の考えに賛同するほかない。


「ユラン、一緒に送るハンカチだけどやっぱりここはシンプルに白のものでいいわよね?」

「私もそれがいいと思います」

「たかだかハンカチ一枚とはいえ、適当なものを用意すればフランターレ家だけでなく、カサランドラ国自体を甘く見られる可能性があるわ。だから悪いんだけど、ここはユラン。あなたが選んできて頂戴」

「王家に献上している品と同じ物を手に入れて参ります」

「頼んだわよ」



 ユランを送り出し、彼女が帰ってくるまでの間、雷帝への返信をしたためる。


 そして陽が傾き始めた頃、ラッピングをしたクッキーとハンカチ、手紙を使用人に託したのであった。





 初めての送り物をしてからすぐに雷帝からお礼の手紙が届いた。

 ちなみにクッキーの感想は手紙の約1枚ほどに渡っていた。よくもまぁクッキー一つで様々な言い回しでの感想を思いつくものであると感心する。

 それになにより、ユランが里帰りして~なんて言い出すような最悪の出来事が起こらなかったことに胸をなで下ろした。


 そして雷帝はよほどクッキーを気に入ったのか、それともただのお世辞なのかは分からないが、もしよければまた手作りのお菓子を送って欲しいなんて書いていた。


 それから数回に一度ではあるが、雷帝からの送り物へのお礼として手作りのお菓子を彼へと送るようになった。

 もちろん彼から送られてくる物のお礼にしては釣り合っていないのは承知の上だ。

 だがそういくつも送り物というのは思いつかないものである。


 それでも彼へ、そう毎回送らなくてもいいと遠回しに伝えると同時に、喜んでくれるだろう物を見つけたら送るようにはしている。



 今度は自分の目で選んで――。


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