17.
「3人とも、ただいま!!」
雷帝とのクロスカントラー王国日帰り観光もとい外交を終えてから数日。
ファティマさんはいつものように背に、腕に、そして引き連れた使用人に大量の荷物を抱えさせて、知らせもなくやってきた。
「ファティマ! いつ帰ったんだい?」
婚約者である兄さんが帰国を知らなかったのも、もちろんいつものことだ。
知らせてくれれば迎えを出したのに……と兄さんが言いはするものの、それが聞き入れられることは今までも、そしてこれからもないだろう。
「朝方研究がひと段落ついて、ふとカレンダーを見てみたら半年もあなた達に会ってないことに気づいたの! だから英気を養う意味を込めて会いにてきたのよ!!」
なにせファティマさんは研究に追われる日々を送っているのだ。
結婚したらカサランドラ国に戻って、そしてフランターレ家当主の妻として落ち着くことになる。
だからそれまでは伸び伸びと好きなことが出来るようにと我がフランターレ家と、ファティマさんの実家であるメリッセル家が取り決めたのだ。
そして結婚するタイミングである、ファティマさんが留学先の学園を卒業するまで残すところ後1年。
2年ほど前にファティマさんの研究成果が学会で認められたらしく、学園をいくつか移ったらしい。その関係で在学期間が少し伸びたのだ。
私のワガママで家族になるまで時間がかかっちゃってごめんなさいと、この時ばかりは申し訳なさそうに唇を噛んでいたファティマさんだったが、私達は自分のことのように誇らしく思えた。
だから気にせずに好きなことを極めて欲しいと三人で押した背中は、今もこうして彼女の自信を表すかのように天に向けてピンと張っている。
「そうか。おかえり、ファティマ」
「ただいま、タイロン。メイガスとミッシェルも、順番に抱きしめるからこっち来なさい」
宣言通り、ギュウッと力強く抱きしめるファティマさんからは彼女の研究の材料の1つなのだろう、薬草の香りがした。
「はぁ……私って幸せ者ね〜」
よほど疲れているのか、ファティマさんはしみじみとそう呟く。
そんなファティマさんの背中に腕を回しながら、ふと思い出す。
「あ、そうだ。ファティマさん。私、シフォンケーキを焼いたの。良かったら4人でお茶しない?」
なんともタイミングのいいことに、昨晩メイガスにもう一度食べたいとねだられてシフォンケーキを焼いていたのだ。
まさかこんなに早く4人でお茶会をすることが叶うとは思いもしなかった。
それもなんとも幸運なことにファティマさんが好きなのだというシフォンケーキを用意している日に!
「シフォンケーキですって!」
私の肩をガッシリと掴んで、顔を覗き込むファティマさん。
「ええ、シフォンケーキ。好きだって聞いたんだけど」と返せば「食べる、食べるわ!!」と至近距離で力強く何度も頷く。
そんなに好きなのだろうか。ならばさっそく紅茶と共に用意してもらうことにしよう。
ちなみに今回のシフォンケーキは紅茶の茶葉を入れた紅茶のシフォンケーキである。
「ユラン、お茶会の準備をしてくれるかしら?」
後ろに控えていたユランに予定よりも早いが、という意味を込めて頼むと彼女は微笑みを深める。
「すでに出来ております」
「さすがユランね」
「ありがとうございます」
ファティマさんが帰って来たと分かってすぐに用意してくれていたのだろう。
ユランを先頭に私達は庭へと向かう。
そして手入れされた薔薇に囲まれながら、久々の4人でのお茶会が始まる。
話題はもちろんこの半年間のことだ。
ファティマさんは研究成果や訪れた国のこと、そして先ほど使用人に預けていたお土産物の話をしてくれる。
ファティマさんの専門は植物学。
初めは植物と薬について学んでいたのだが、ファティマさんが研修していたとある植物が新エネルギーとなり得るということでそちらを重点的に追求していっているらしい。
色々と詳しいことまでファティマさんはかみ砕いて教えてくれたのだが、私には詳しいことはサッパリである。
分かるのはただファティマさんが頑張っているということと、その頑張りが色んな人に認められているということ、そして何より彼女自身が楽しそうであるということだ。
紅茶を減らすことなく語り続けるファティマさんの目は爛々と輝いている。
「それで今、クロスカントラー王国にいるんだけど……ここの国はね、風習も王子達も少し変わってて……」
そう切り出したこの話題もきっと私達を楽しませるための1つだったのだろう。
「クロス、カントラー?」
けれど私はその言葉を気にせずには得なかったのだ。
「ええ。今はクロスカントラーの国立学園にお邪魔してるの。ってそういえば最近、あの王子が何度かカサランドラに足を運んでるみたいだけど、ミッシェルはもうあの人と会った?」
「ええ、何度かお会いしたわ」
「そう!! あなた口説かれたりしてるんじゃない?」
「そんなことは、ないわよ」
あれは口説いたとかそういうのではないだろう、多分……。
何か裏がありそうだし。
自分自身、分からないままで歯切れ悪く返すとファティマさんは顔をしかめる。
「そうなの? 全く……意気地がなくってダメね! こんなに可愛くて賢い子、早く手に入れないと誰かに掻っ攫われちゃうのに!!」
ファティマさんはそう吐き捨てると、シフォンケーキに大量の生クリームを乗せてから口いっぱいに頬張った。
身内びいきがたっぷりと入ったその言葉は私には甘すぎるほどで、ブラックティーがいつもよりも美味しく感じた。




