15.
「姉さん、クロスカントラー王国に行くって本当!?」
「ええ」
「ならここにも行く?」
兄さんから聞かされたのだろうメイガスは目を輝かせて私へと詰め寄る。そんな彼の手にはクロスカントラーをモデルとした絵本が抱えられている。
それはメイガスが昔から何度も読んでくれと強請っては、私が繰り返し眠る前に読み聞かせた童話であり、私もまた幼少期に気に入っていたお話だ。
懐かしいとメイガスの腕からチラリと顔を覗かせる表紙に目を細める。
義母にいじめられていた少女は、その日も遅くまで働かされていた。
ある日、たまたま目にした月夜に照らされた教会のステンドグラスの美しさに惹かれ、手を伸ばした少女はそこが異世界との入り口だと知る。
それから少女は満月になるたびに異世界に潜り込み、日々の辛さを忘れるようになった。
けれどとある新月の夜に、唯一の心の拠り所であった祖父さえも突然この世から居なくなり少女は意地悪な義母と義姉に家さえも追われてしまうようになる。
行き場などない少女が町をさまよい歩き、最後に辿り着くのはあの教会だ。
空を見上げても月は顔を見せることはない。
今宵は闇夜なのだと涙を流し、少女は異世界と繋がることのないステンドグラスに手を伸ばす。
すると冷たい無機質であるはずのそのガラスは温かく熱を帯びて、まるで少女を包み込むように吸い込んで行った。
何が起きたのか分からずに入り口で佇む少女を抱きしめ受け入れてくれたのは、何度も少女を癒してくれた少年だった。
少年はここに居てくれと少女に言った。
居場所を失くした少女の新たな居場所になりたいのだと。
そしてその手をとった少女は異世界で少年と幸せになる。
――そんな優しいだけの話だ。
ファンタジーの、人によって紡ぎ出されたお話だと分かっていながらも、そのステンドグラスに手を伸ばせば自分も異世界の住人に出会えるのではないかと胸を膨らませる夜もあったものだ。
確かこのステンドグラスは兄さんが連れて行ってくれた、というか集合場所になった教会にあったものである。
複数の色のガラスを照らしていたのは月の光ではなく、おひさまの光だったがキラキラと光るそのガラスに思わず手を伸ばしたくなるほどの魅力はあったように思う。
だからこそあの少年を、王子様だなんて思ってしまったのだろう。全くシチュエーションというものは恐ろしいものだ。
そんなことメイガスは知らないはずなのに、何の因果だろうか? と思ってしまう。とはいえ、絵本とメイガスに罪はない。
「どうかしら? 案内してくださる雷帝次第じゃないかしら?」
「そっか……」
全ては雷帝次第だと伝えると、メイガスはしょんぼりと眉を下げる。
いくら元気になって来たとはいえ、クロスカントラーにメイガスを連れて行くことは出来ない。
だからせめてポストカードくらいは贈りたい。
もう何年も昔にはなってしまうが、確かあの日も教会の端の方で画家が描いた絵をカードにしたものを売っていたはずだ。
「近くに行く機会があればポストカードか何か買ってくるから、ね?」
なだめるように頭を撫でて、代替案を口にすればメイガスの機嫌は晴れの日のヒマワリのごとく綺麗に咲き誇る。
それだけで私の心は前向きなものになるのだから、何と単純なことだろうか。




