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14.

「ミッシェル、お願い! 一生のお願いだから!」

「嫌よ、絶対に嫌。そんな話は断ってちょうだい」

「そこをなんとか……ね? お兄ちゃんを助けると思って!!」

「い・や」

 

 縋り付いてくる兄さんの手をペシペシと叩いて考え直せと強く勧める……否、断れと圧をかける。

 

 なぜ私がクロスカントラー王国との交流を深めるべく、雷帝に案内をされながらクロスカントラー王国観光をせねばならないのだ。


 確かに最近少し心は揺らいでいるけど、揺らいでいるけども、ここで私が選ばれるってどう考えてもおかしいでしょ!

 

「大体そういう国交っていうのは普通王子か姫がすることでしょ? 姫様だってもうそろそろ外交に行ってもいい年頃だし、王子は、特に第一王子のプラン王子なんてあの人、年中暇でしょ? なんで一公爵令嬢でしかない私にそんな話が回ってくるのよ!? 独身で婚約者もいないからどうせ暇だとでも思ってるわけ?」

 

 上の2人の姫様はすでに公爵家に降嫁され、残るは一番下のリラ姫だが、彼女は3ヶ月ほど前に14歳の誕生日を迎えられた。

 夜会に出るにはまだ早いが、友好関係を築きたいと思っている国との簡単な外交を行うにはいい頃合いではないだろうか?

 もちろん本当に観光だけして終わりなんてことはないだろうが、その点は宰相か宰相補佐を連れて行けば済む話である。

 

 何も困難なことではあるまい。

 

 それにプラン王子なんて私との一件があってからというもの、王位継承権を剥奪され、これからずっと弟の第二王子、ルガンの補佐として仕えることになっている。

 彼自身、昔から王位には興味が薄かったらしく、出来ることなら自分よりも頭の出来がいい弟に継いでほしいと漏らしていたらしい。元婚約者である私はそんなこと一度だって聞いたことはなかったけれど。


 そのため現在の地位には満足しているらしいと兄さんから教えてもらったことがある。


 

 ならこういう時に働けよ!

 王位継承権を剥奪されたとはいえ、一応まだ王子でしょ!?


 そんな話を私に話を持ってくるんじゃないわよ!と中々離してはくれない手をガシッと握り、無理矢理剥がす。

 勢いよく兄さんに放り投げるとその手はペチンと音を立てて兄さんの太ももにぶつかる。

 

 すると兄さんは「ああ、それはね、うん、仕方ないことなんだよ……」と言いづらそうに目線を泳がせる。

 

 私に行ってくれとあれだけしつこく懇願しといて、プラン王子が仕方ないとはどういう理由か!

 

 私が納得するような説明をしなさいと睨むと、兄さんは、はぁっと息を大きく吐いて「怒らないでよ?」と続ける。

 

「それは話を聞いてから判断するわ」

 とりあえずは聞いてみなければわからないと、兄さんの書斎に入ってから1時間経った今、やっと落ち着いて腰を下ろす。

 そしてどう説明すればいいものかと目線を右へ左へと動かす兄さんの目をじいっと覗き込む。

 すると覚悟を決めたように兄さんはすうっと息を吸って……そして小さく声と共にその言葉を発した。

 

「………………怖いんだって」

「は?」

「リラ姫もプラン王子も雷帝が怖いらしい」


 ルガン王子の名が挙がらないのはおそらく正式に次期国王の座に就いたことを発表される日が近いからだろう。

 彼は当初の予定では国王になるはずではなかったが、プラン王子と私の婚約が破棄されてから、正式には発表されてはいないものの、次期国王として国内外様々な社交場に顔を出していた。

 それがやっと落ち着いて来て、歳ももう少しで18歳を迎えて成人の仲間入りを果たす。

 

 その時にでも正式に次期国王は第二王子のルガン王子であると発表するのだろう。もしくは権力の一部譲渡も行うかもしれない。

 


 もしそうだとするなら一大イベントだ。忙しくても仕方ない。

 

 それはいい。

 それは。

 

「兄さん、嘘をつくならせめてもっとマシな嘘をついてくれない?」

 

 だがもっとマシな嘘はなかったのだろうか?

 怖いなんて、雷帝は化け物なんかではなく、正真正銘の人間なのだ。

 

「嘘じゃないって!!」

 信じてよ!とせっかく開いた距離をずずいと詰め寄る兄さんの目に嘘は見えない。……ということはこの嘘のような理由こそ私に話が回って来た理由ってことだ。

 

 はぁ……なんでこんな馬鹿みたいな理由が通るのよ……。

 

 リラ姫は、まぁ仕方ないと思わなくはない。

 社交相手が怖いなんて王族どころか貴族失格ではないかとは思わなくはないが、まだ幼い子どもである。

 今まで彼女が接して来たのはカサランドラ国内の、彼女に対して友好的な感情を持った貴族とその子どもだけである。

 そこからいきなり雷帝へ、は少しレベルが一気に上がりすぎたとは言える。



 だがプラン王子はなんだ。

 相手が怖いなんて言っていては社交なんて出来るわけがない。

 彼だって社交界デビューをしてから何年も、いやそれよりもずっと前から社交の場に触れていて、そして逃げられないと知っているはずなのだ。

 それに少なくとも私の知っているプラン王子はこんなこと、言う人ではなかったはずなんだけどなぁ……。

 

 気が弱くて、けれど義務だけはしっかりとこなす人だった。

 だが同時に私は彼が最大の義務を放棄した瞬間に立ち会っているわけだから、私の知っている人物像を『プラン王子』という人物を把握する上で当てはめてはいけないのかもしれない。

 

「プラン王子は、その……色々と雷帝に言われたようだから」

「私も言われたわよ? でもあんな嫌味、気にしていたら貴族なんて続けられないわよ」

「まぁそうなんだけどね。それに陛下がプラン王子にはこの仕事は任せられないと判断したんだ。王子は相当雷帝に嫌われているからね〜」

「あの人、雷帝相手に何したのよ……」

 

 私自身も出会い頭に喧嘩吹っ掛けられたから別にプラン王子が何かをしでかしてしまったと決まったわけではないが、そう呟かずにはいられなかった。

 

「だからミッシェル、お願い?」

 雷帝相手に話を続けられる相手を考えた時にたまたま私の顔が浮かんだのだろう。


「はぁ……わかったわよ」

 こんなこと、他の貴族達に話せるわけがないのだ。

 フランターレ家だから、少なからず王家との関わりがある私だから頼める案件というわけか。

 しょうもない理由とはいえ、聞いてしまったからにはこの仕事を引き受けるしかないのだ。


 どうせ外せない用事なんて入っていない暇人だしね。


 これは『仕事』なのだと言い聞かせて、目を輝かせて「ありがとう」と強く抱きしめる兄さんの背中を叩く。

「今回だけだからね」という私の声は兄さんに聞こえているのかいないのかはわからない。

 

 だが「良かった、本当に良かったぁ」と聞いているだけでこちらの力も抜けてしまいそうな兄さんの声を聞いてしまえば、まぁいっかと思うしかないのだった。

 

 


「それで兄さん、私は何をすればいいの? ただ観光案内されろってわけじゃないんでしょう?」

 

 もうクロスカントラー王国行きの件は諦めたが、何をしに行くのか、そして私は何をすべきなのかは事前に確認しておきたい。


 先ほどの話の内容からしてカサランドラ王家を経由して当家へやってきたことは間違いない。だとすればその時に一緒にどうすべきかの指示も当然あるはずだ。

 それを教えてくれと兄さんに尋ねたのだが、当の兄さんは「へ? ただ観光案内されるだけでしょ?」と頭を傾げる。

 

「大国の王子様が小国の公爵令嬢相手に自国の観光地を案内して、クロスカントラー側になんの利益があるのよ! 何かしらの意図があるに決まってるでしょ!」

 

 ええ?!っと驚いてみせる兄さんに、私の頭はお前も考えるのをやめてしまえとばかりにガンガンと痛み始める。

 だが私までこんなぽんやりしていたらいくらカサランドラには穏やかな気質の人が多いとはいえ、フランターレ家は終わってしまう。

 

 私自身でどうにかしなくてはダメだ。

 考えろ、頭をフル回転させて考えるんだ私。

 この誘いにどんな意図があるのか、そして私がクロスカントラーを訪問することであちら側が得られる利益を。

 

 利益、利益、利益……ねぇ。

 そもそも雷帝がカサランドラのような小国を訪問した時点で何かしらの意図があったはずだ。

 

 2度目の訪問理由であるメイガスに彼が目をつけたのはカサランドラを訪問して、メイガスを見つけた後のことだ。

 彼の話からして、その時には昔出会った少女がこの国にいることも把握していなかったと考えるのが妥当だろう。

 つまりどちらも初めてカサランドラの地に足を踏み入れる理由にはならない。

 


 ――ではなぜ雷帝はこの国にやって来たのか。


 

 うーんと唸って眉間を指でコンコンと叩くが、答えを得るには圧倒的に情報量が足りなすぎる。

 

 

「ねぇ、ミッシェル。難しく考えなくていいんじゃない?」

 眉間にシワを寄せて難しい顔をしていたのだろう私の肩に兄さんはポンと手を乗せる。

 

「え?」

 すると自然と肩からは余計な力が抜けて行く。

 

「ミッシェルなら上手くやれるって信じてるから」

「つまりは丸投げ、と」

「まぁそうとも言うね!」

 

 だがまぁ、考えてもわからないならケースバイケース、臨機応変に対応するのが一番、か。

 

 幸いにも社交界で鍛えられた口がよく回るのは雷帝の前でもすでに実演済みである。

 

 それを披露する場がカサランドラ城の応対室からクロスカントラー王国のどこかに変わっただけのこと。


 ただ、それだけのことなのだ。


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