10.
「やっぱり姉さんのタルトタタンは絶品だね!」
幸せそうに口にいっぱいにタルトタタンを頬張るメイガス。
つい頬をツンツンと突いてしまいそうなほどに膨らんだ頬はリスのようで、いつものさん割り増しくらいで可愛らしい。
それに比べて兄さんときたら――。
「文句があるなら無理して食べなくていいのよ、兄さん」
タルトタタンと私の顔を何度も往復しながら、何か言いたげに口を開いては閉じて開いては閉じてを繰り返す。
さっきからずっとそればっかり。
「姉さん、僕、もう一個欲しいな?」
「食べ過ぎじゃない? お腹は大丈夫なの?」
「うん! 姉さんの作るタルトタタンは美味しいから、僕、いくらでも食べれるよ!!」
綺麗なお皿を差し出すメイガスに「もう、褒めるのが上手いんだから!」と調子を良くした私は4切れ目のタルトタタンを乗せる。
「ミッシェル」
「何よ、兄さん」
やっと声を発した兄さんだが、さすがに今言いたいことはわかる。
「さっきからこのやり取りを何回繰り返しているか知っているよね? いい加減ちゃんと止めなさい。それにメイガスも、ミッシェルが怒らないからって食べすぎ。お腹が発酵しすぎたパン生地みたいにブヨブヨになってもいいの?」
過発酵でブヨブヨになった生地を想像したらしいメイガスはううっと顔の中心にシワを寄せる。
「それは嫌」
「だろう? だからそれで最後にしなさい。ミッシェル、また作ってくれるよな?」
「ええ、もちろんよ! メイガスのためならいくらでも作るわ!」
「本当に!?」
「まぁ、ミッシェルのタルトタタンが美味しくて中々手が止まらなくなるっていうのは僕も同じだけどね」
うん、美味しいと今まで手を止めていたのが嘘のように兄さんはタルトタタンを突き刺したフォークをしきりに口へと運んでいく。
「ミッシェル、おかわり」
「はいはい。メイガスにはお茶のおかわりをどうぞ」
「ありがとう、姉さん」
兄さんのお皿にはラストの一切れを乗せて、メイガスと自分の空いたカップにはあったかい紅茶を淹れて……ほうっと息を吐く。
こんな天気のいい日に3人でお茶会をするなんて一年に一度あるかないかくらいなのだ。
それは決まってメイガスの体調が安定している日で、机の上に並ぶのはタルトタタンとあったかい紅茶。
いくら体調がいい日を選んだと言っても、お茶会の途中でメイガスの体調が崩れてしまう時だってある。
だからこそ元気な日は、メイガスが自分から何かを食べたいと主張してきた日はどうしても甘やかしてしまうのだ。
次がいつになるかわからないからと――。
けれど最近のメイガスはずっと調子のいいままで、咳き込むことはあれど朝からずっと笑顔を浮かべたままである。
もしかしたらファティマさんが今度、この国に帰国した際には4人でお茶会が開けるかもしれない。
兄さんも『今度』が近い日に来ることを期待しているからこそ、私達に注意できたのだろう。
だって兄さんもなんだかんだでメイガスには甘いんだから。
「そろそろお菓子のバリエーション増やそうかしら?」
いつか来るだろうその日を想像して、ボソっと呟くと兄さんが耳ざとくそれを聞き取って、はいはいはいと手をあげる。
「それならシフォンケーキはどう? 紅茶の茶葉が入ったやつ!」
兄さんの一番好きなケーキもタルトタタンのはずだ。
私がそればっかり作るせいかもしれないが、一緒に招かれたお茶会でも見つけるたびに手を伸ばしているから間違いはないだろう。
なのになぜシフォンケーキ?
首を傾げて「兄さん、好きだっけ?」と尋ねるとタルトタタンの残りの一切れを頬張ってからモゴモゴと口を動かす。
「僕じゃない。僕も嫌いじゃないけど、ファティマがね、紅茶のシフォンケーキが最近のお気に入りなんだって」
「ああ、なるほど。じゃあ今度はシフォンケーキの習得を目指すわ」
ファティマさんも含めた4人のお茶会に向けてと考えていたからちょうどいいと、後でメイド長に教えて欲しいと頼みに行こうと心に決める。
するとメイガスはキラキラと輝いた目を向けて「僕、メイプルのが食べたい!」と主張する。
メイガスってそんなに甘いもの好きだったのね。
基本的にメイガスの食事って消化のいい主食や果物系が中心でお菓子ってあんまり食べないのよね……。
嫌いなものが少ない代わりに、好きなものもあんまりないし……姉としては食べ物に興味を持ってくれるのは嬉しい限りである。
――となれば自ずとやる気は湧き上がってくる。
「美味しく出来るように頑張るわ!」
「うん、期待してる」
「出来たら僕にも分けてね?」
「もちろんよ!」




