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「兄さん、お願い。本当のことを伝えて!」

「無理無理無理無理」

「無理じゃないわ、事実を伝えればいいだけだもの」

「簡単に言うなよ! 相手はあの雷帝様だぞ!?」

「そんな相手に嘘なんてついたら争いになるわ」

「そうだけど……でもやっぱり無理!」


 後、何度この問答を繰り返せばいいのだろう。

 兄さんだって本当は分かっているはずなのだ。



 ――私達の自慢の弟、メイガスに雷帝の嫁なんて大役が務まらないことを。



 事の発端は今から二カ月ほど前のこと。

 大陸一広大な領土を所有し、それでもなお常に領土を拡大し続けるクロスカントラー王国との交流という名目で夜会が開かれた。


 実際は小国である我が国、カサランドラ国は相手の機嫌を損ねないように、ひいては少しでも好印象を持って帰っていってくれるように、来訪してくれたクロスカントラー王国第一王子、シェトラッド王子のご機嫌を必死でとっているだけだったが。


 まぁ国交なんてそんなものだよな〜と、公爵家の一員として夜会に招待されていた私はグラスを傾けながら世の中の世知辛さと、体調不良でさっさと夜会を後にしたメイガスに想いを馳せていた。


 だいたい1:9くらいの割合で。


 メイガスは昔から身体が弱い。

 それこそ夜会に出席することがやっとなほどに。


 だから普段は夜会になど顔を出さないのだが、今回はカサランドラ王家主催のイベント。いくら公爵家の令息とはいえ断るわけにはいかない。というわけで足を運んだのだが、滞在時間はものの半刻ほど。


 国王陛下とシェトラッド王子の挨拶が終わってすぐに四方八方を人に囲まれたメイガスは、王子との会話を終えて帰ってきた兄さんによって休憩室へと連れていかれた。


 メイガスはなかなか社交場に顔を出さないため、ここぞとばかりにその麗しの顔を拝みに来ようという気持ちはわからなくもない。


 むしろ美しさと流行りと政治的情報には敏感である貴族がメイガスのことを気にしないわけがない!


 私や兄さんも同じ両親から産まれたはずなのだが、メイガスの美しさは私達兄姉どころか20年ほど前に社交界の花と呼ばれていた、今は亡き母さんすらも越えるのだ。

 そして今なお、メイガスは無自覚にもその美しさに磨きをかけている。


 そのせいといっては語弊があるかもしれないが、私に婚約者がいないのはそれが理由である。


 メイガスの美しさに私の元婚約者達は皆、囚われてしまったのだ。

 この夜会の参加者達と同じように。


 いや、わかるよ?

 あの顔で微笑まれたら姉の私ですらも我が身を捧げたくなる。けれど本当にしてはいけないことを私は理解していた。


 ――私は。


 彼らは理解していなかった。

 婚約者の弟に、未遂とはいえ手を出すことがいかに愚かな行為なのか。


 まさか三人も同じような行動を起こすなんて思ってもみなかった。


 一人目は偶然だと思えた。

 メイガスの美しさに気が狂ってしまったのだと。


 二人目でこの目を疑った。

 伝えていないはずのメイガスの部屋に、いるはずのない婚約者が当たり前のようにいることに。


 三人目で両親と兄さんは私を嫁がせることを諦めた。

 もちろん私も。



 もう、嫌なのだ。

 三人の婚約者達に恋をしていたわけではない。

 けれど婚約者として、未来の夫として愛そうとはしていたのだ。


 だがそれは無駄に終わった。

 三人もいたのにたった一人ですら私を見てくれた人はいなかった。


 だが私には愛するメイガスが、兄さんがいる。

 両親はもうこの世にはいないけれど、空の上でも生きている時と同様に私を愛してくれていると信じている。


 幸運にも実家を継ぐ兄さんの婚約者であり、将来私とメイガスの義姉さんとなるファティマさんはまともな人である。というか彼女はそれこそメイガスが産まれてからずっと定期的に顔を合わせていたからか、メイガスの美しさには耐性のようなものを持っている。


 いわば身内のような存在で、私の婚約者達のように身を滅ぼしてしまうような心配はない。

 それどころか毎回会うたびに私やメイガスにプレゼントを持ってきてくれるほど可愛がってくれている。



 貴族の娘として、結婚という名の太いパイプを他家との間に繋ぐ役目は果たせなかった私ではあるが、ただのお荷物でいるつもりはさらさらない。

 こんな時は大抵兄さんの代わりに貴族の対応を一人で担うことになるため、社交スキルだけは無駄に高く、家にとって有用な情報を取ってきていると自負している。


 ――と、この時の私はその夜もいつもと何も変わらない、平和な夜会だと信じて疑っていなかった。


 まさかかの雷帝様がメイガスの美しさに浮かれているとは気づきもせずに。



 そして今日、国王陛下を介してフランターレ家当主である兄さん宛てにその旨が書かれた手紙が送られて来たことで、その事実を知ることとなった。


 兄さんもまさかあの雷帝がメイガスに惚れたなんて気づいていなかったらしく『メイガス=フランターレを妻にしたい』なんて申し出には頭を抱えるどころか混乱させている。


 うん、混乱してるんだ。


 兄さんも、雷帝も、おそらく国王陛下も。



「はぁ、わかった。兄さんが無理なら私が雷帝にメイガスを嫁にはあげられないって伝えるわ」

「だけど……」

「話せばわかるわよ。だってこの国もそうだけどクロスカントラー王国だって同性婚は禁じられているでしょ。まぁ一部の領土では認められてはいるらしいけど、それでも第一王子が男を正妻になんてクロスカントラーの国王陛下もお認めにはならないでしょう?」

「いや、正妻とまでは書かれてないんだが……」

「は? メイガスが二番手以降になるなんてありえないでしょう? 常にあの子の美貌は一番なのよ!?」

「それは分かってる。わかっているけど側妃でも寵愛を受ける者はいるだろうし、側妃なら男でも大丈夫かなって、思ったんだ……」

「確かに……」


 物語の中だと大抵、寵愛を受けた側妃というのは恨んだ正妻に意地悪をされるのだが、メイガスにそんなことをするような女がいるとは思えない。

 彼を傷つけようなんて神経を持つ者はそもそも人間かどうかすら怪しいものがある。というか私はそんなやつを人とは認めない。人の形をした何かである。


「いや、でもダメよ」

 だが雷帝と、彼の正妻とその他の側妃がメイガスの争奪戦を繰り広げることになるという可能性は大いにあり得る。

 そんなことになったらメイガスはきっと悲しむだろう。

 あの子は顔だけでなく、心までも美しい子だから。


 どうするかと二人でうーんと唸っているとドアの方からカタリと小さな音が聞こえる。そしてその音にか細い声が続く。


「姉さん、大丈夫だよ。僕がちゃんとお断りするから」

 振り返った先にいたのは、部屋のベッドで療養しているはずのメイガスだった。

 寝間着姿で、少し息を切らしているところから察するに私達の声が廊下に響いていたのだろう。



「メイガス、寝てなきゃダメじゃない」

「でもこれは僕の問題だから。いつまでも姉さんに頼りっきりじゃダメだって、僕だってわかってるんだ」

「メイガス……」

 ああなんと心優しき子なんだろう。

 一応私や兄さんも血が繋がっているはずなのに、社交界にまみれるとこう、優しさとか思いやりとかを至る所に置き忘れてしまう。


 そして最終的に残るのは自分の利益ただ一つ!

 貴族の大人なんて大抵自分のことしか考えてないんだから、この理論は間違っていないはずだ。


 だから私はそんなところにメイガスをぶち込みたくなどない。

 メイガスが汚れてしまった後で後悔などしたくないのだ。


「やっぱりメイガスは屋敷で応援してて。姉さんがキッチリ話つけてくるから!」

「ミッシェル!」

「何よ、兄さん。文句あるの?」

「なるべく穏便に済ませてくれよ?」

「あのね兄さん、私だって伊達に何年も社交界で腹の出たおっさん達の相手をしてるわけじゃないの」

「腹の出たおっさんって……。はぁ、なんで僕の妹はこんなに口が悪くなっちゃったんだか。顔はメイガスと同じように母さんに似て美人さんなんだけどな……」


 外に出たらちゃんと取り繕う。

 口が悪いのは家族の前だけ。


 それが一時は自分の中の、自分自身の存在意義すら揺らいた私なりの身の守り方なのだ。


 兄さんだってわかっていて、困った時は茶化すようにそう告げる。



「三回も婚約者に裏切られたらこうもなるわよ」

 だから私は決まってこう返す。

 皮肉には皮肉を。

 それが私達兄妹の、心を許しているからこそできるフランターレ家式のジョークなのだ。


 これで少しは雷帝に会いに行かなければならない緊張もほぐれた。

 さすがは兄さん。

 私のことをよくわかっている。


「ということで兄さん、私は早速城に向かおうと思うのだけど、馬車の用意は整えてあるの?」

「ああ、あるよ。というか僕も行くから」

「そうなの?」

「ミッシェルだけ行かせるなんてそんなことできるわけがないだろ!」

「兄さん……」

「屋敷に残ったって胃が痛くて何も手につかないに決まってる」

「……期待した私がバカだったわ」


 兄さんの尊敬できるところは意外と少ないということを忘れていた私は痛む頭を支え、馬車へと乗り込んだ。


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