008話 九条透と変態メイド(闇)
ベッドで眠っている透の前に人影が一つ、まったく音も立てずに現れた。
忍び足で近づいてきた、なんて生半可なものじゃない。
たった今まで、その存在をまったく匂わせもしなかった。
なにせ、彼女は自分の体を霧状に変化させて、ここにその姿を現出させたのだから。
京香は呻き声を上げながら寝ている透を、立ったまま上から見下ろしている。
その瞳には光がなく、星のない夜空のように深い闇色に染まっていた。
清楚なメイド服に身を包んだ京香は、蕩けた顔で首につけたチョーカーに手を当てる。
これは京香が透の専属メイドになって半年経ったとき、透にプレゼントされたものだ。京香はそれを愛おしげに撫でた。黛京香はストーカー気質の想いが重い女である。
日頃から透の通う学校に不法侵入を繰り返しては、透の学校での姿をこっそり観察して盗撮していたりするくらいだ。彼女の日常には九条透の存在が溢れている。というか、ほとんど彼のことしか彼女の頭にはないのだ。今も透を見つめる京香の瞳は熱を帯びていて、その迸る情欲を隠そうともしていない。端的に言うと、発情していた。
京香は苦しんでいる透の手をそっと握る。もちろん指と指を絡めた恋人繋ぎだ。
「良い子にしていれば、大切に飼ってあげますから」
意味ありげに呟き、絡めた手を離し、京香は透の手のひらに優しくキスをした。
改めて透の寝顔を見つめる。その顔は苦悶に歪んでいたが、少女みたいで可愛かった。
「あぁ……犯したいなぁ……」
思わず漏れた自分の呟きに、京香は困惑する。こんなことを考えてはいけない。
でも、透の顔を見ていると、自分の中の嗜虐心が疼く。優しくしたいのに苛めたい。
(やっぱり、透様が髪をほどくと完全に女の子ですね。お風呂上りと寝るとき以外はいつも髪を結んでいますからね。後ろ髪なんて私よりも長いし)
声は少し低いが、黙っていれば女の子に見えるくらい中性的な容姿なのに、普段は凛としたカッコイイ透が、快楽に顔を歪めて泣き叫びながら自分に無理やり犯される姿を想像して、京香は胸をきゅんきゅんさせ、下腹部をじゅんと濡らした。子宮が熱くなる。その赤く潤んだ顔は恍惚の表情を浮かべ、口元からはだらしなく涎が垂れていた。
熱を帯びた粘液が下着に染みを作る。透のことを愛おしく想う愛情とともに、とろとろの蜜が次から次へと溢れてきた。もう止まらない。びしょびしょに濡れた股間に手を伸ばして指を這わす。この想いに応えてほしい。熱のこもった吐息が漏れる。
「透様に、私の存在をいっぱい刻み込みたい」
好きな人の名前を呼ぶだけで、溢れる蜜の量が増え、股から垂れてくる。
こんなことを考えているのが知られたら気持ち悪がられるだろうなと思っていると、
「……うっ、あ、ああ、ぐっ、苦しい、ごっ……が、誰か、誰か……助けて……」
透の呻き声が急に大きくなった。夢の中で辛い思いをしているのだろう。
随分と息が荒く、普段はサラサラの髪が汗で顔にべったりと張り付いている。
自分が邪なことを考えている間にも、透はいつものように悪夢にうなされていた。
「……申し訳ございません。私、透様の従者なのに身分もわきまえずに、変なことばかり考えてしまって。透様、苦しそう……」
助けてあげたい。その純粋な気持ちが、京香の体を動かした。
京香は透の頭を少し抱え上げ、頭頂部のツボである『百合』を押す。『百合』にはストレスを発散させ、心を落ち着け自律神経を整える効果がある。続いて、顔の左右の中心と髪の生え際からすぐ上がった場所のツボである『神庭』を押す。『神庭』には頭痛や苛立ちを抑え、気持ちを静めて不眠症を解消する効果がある。
「ご、ごほっ……あっ、が、し、死に……たい。誰か、俺を……殺してくれ……」
あくまでも寝言なので、それは透の本心ではないだろう。でも――
「本当に辛くて耐えられなくなったら、私が殺して差し上げますよ。安心してください、そのときは一緒に死んであげますから。……好きです。大好きですよ、透様」
慈しむように囁いた京香の姿は、霧のように跡形もなく消えた。