057話 カズハと調理部
第二格技場を後にした俺は、カズハがいる調理部へと向かっていた。
「今度は誰にも遭遇しませんように……」
手を合わせて祈る真似事をしてみる。
ふん、実にくだらない。
ムサシと綴は剣道部。カイトと朱里は陸上部。トモはソフトボール部だろう。
伊吹は……そういえば、彼女の所属している部活を聞いていなかったな。この月詠学園では、必ずどこかの部に入らなければならないとムサシが言っていたから、伊吹もどこかに所属しているのだろう。
なら、もう他の知り合いと会うことはないはずだ。
調理部と書かれた教室の前に着くと、ガラリと音を立てて扉を開き、俺は中に入った。
「……あ! トオルくん、ようこそ調理部へ!」
多くの女子生徒に囲まれて、何か作業をしていたカズハが笑顔で振り返る。
一瞬、カズハすらも女子生徒に見えて気づかなかった。
「何をしていたんだ?」
「もちろん料理だよ。だってここは調理部だからね」
「料理……ね」
カズハの手元を覗くと、じゃがいも、たまねぎ、牛肉、にんじん、白滝等があり、その近くには、サラダ油や酒、みりん、砂糖、醤油等の調味料が置かれていた。
「へぇ、肉じゃがを作っていたのか」
「うん、肉じゃがは料理の基本にして究極だからね」
「なんだ、その変な言い回し。……新約聖書のヨハネの黙示録第22章13節における神ヤハウェの台詞か。アルファはギリシア語アルファベットの第一字。オメガはギリシア語アルファベットの最後の字だったな」
「そうだよ。トオルくんはなんでも知っているね」
「何でもは知らないさ。知っていることだけ……いや、今のは忘れてくれ」
途中で言葉を区切る。
……いかん。唐突に某猫系巨乳メガネ委員長の口調が乗り移るところだった。
「ねぇ、カズハ君。その子は誰?」
俺とカズハの間に、一人の女子生徒が入ってくる。
というか、この部室にいる調理部のメンバーは、カズハ以外ほとんど女だった。
男女比1:9って感じだ。
「ああ、これは失礼。俺は今日、この月詠学園に転入してきた九条透です。そこにいる愛澤和葉君の知り合いですよ」
「トオルくん、ボクたちは知り合いじゃなくて『友達』だよ」
カズハが頬を膨らませる。
……可愛い。だが、俺はお前の友達になった覚えはない。
「……そう。私は三年の森山林檎。調理部部長です。それで、九条君は何の用ですか?」
俺は森山を右目だけで静かに睥睨する。
第一印象としては、随分と可愛らしい女子生徒だな。といったところだ。
少々、発言に棘がある気がしたが。
背は160センチくらいか。澄んだ大きな茶色い目に、亜麻色の髪が特徴的だ。
「えっと、今日は調理部に見学へ来ました。ダメですか?」
軽く礼をした後、上目遣いで、森山の目線の下から媚びるように見つめる。
「……ぐっ、和葉君ほどじゃないけど……か、可愛い……っ」
「あの……ダメですか?」
「い、い、いいわよ! べ、別に……。別にあなたが特別というわけではありませんからね! 別にどんな生徒であろうと、料理に興味を持っているなら歓迎です!」
「なんで若干ツンデレ風なんだよ……あと何回別にって言うんだよ……」
「何か言いましたか?」
「いえ、なんでもないです。ありがとうございます、森山さん」
俺は大人しく森山に礼を言って、カズハの側に行く。
「よかったね、トオルくん。林檎さんに認められて」
「あ、ああ……よかったのかな?」
「じゃあ、ボクは引き続き肉じゃがを作るから、トオルくんは横で見ていてね」
微笑を浮かべ、カズハは作業に戻った。
それに伴い、周り群がってきた女子生徒たちも各自持ち場に帰る。
「と言ってもね、もう完成間近なんだ。あとは汁気を飛ばすだけだよ。だから、今から特にすることはないんだよね」
「確かに、すでに出来かけているな。どうやら、俺の仕事は味見ぐらいしかなさそうだ」「うん、そうなるね。ごめんね、作っているところを見せられなくて」
「気にするな。出来るのをただ横で見ているのも暇だ。完成品を美味しく試食したら、俺は森山さんの機嫌を損ねないうちに、大人しく退散するとしよう」
「ふふ、それでいいよ。まぁ、一応今までの調理過程を説明すると……最初にじゃがいもの皮を剥いて四つ切りにして、水に浸しておくでしょ。次に、たまねぎをくし切りにして、にんじんは乱切りに、さらに牛肉を一口サイズに切る。そして、鍋にサラダ油を熱し、牛肉の色が変わるまで炒めたら、たまねぎと水気を切ったじゃがいもとにんじんと白滝を加えます。で、軽く炒めたら、だし汁と酒と砂糖を加えて中火で三分くらい煮る。そして、みりんと醤油を加えてアクを取り、落し蓋をしてさらに煮ます。このとき、アルミホイルを潰したものを落し蓋に使うと、アルミホイルの凸凹にアクがついて、アク取りが簡単になるんだよ。後は汁気がなくなるまでまた中火で煮たら完成」
「それで、今どれぐらい煮たんだ?」
「もうすぐ二十分ってとこ。あと三分くらいで出来上がるかな」
「そうか。完成が待ち遠しいよ」
そう言って、俺は作り笑いを浮かべた。
「トオルくん、顔が引きつっているよ。別に無理して笑わなくてもいいのに」
「…………は?」
カズハの唐突な言葉に、俺は戸惑う。
「自然に感情を現している人間の表情は左右対称になるんだ。そして、そうでない人間の表情は左右非対称になる。まぁ、笑顔っていうのは他の表情と比べても、内的な感情の現れとしての側面が強くて、本心ではなく自然に笑顔を作るのは難しいからね」
「……お前は、何を言っているんだ」
「大丈夫、トオルくんの作り笑いは、今までボクが出会ってきた人間の誰よりも上手いと思うよ。たぶん、ボク以外の人は気づいてすらいない。でもボクにはいろいろとわかっちゃうんだ。トオルくんは今日転校してきたときからずっと、すべての感情を押し殺したような顔をしていたね」
「やめろ……それ以上は言うな」
「トオルくんが好きな、古代ギリシアの哲学者アリストテレスもこう言っているよ。垣根は相手が作っているのではなく、自分が作っている、と」
「……チッ、カズハ! お前、この俺に説法をする気か!」
「トオルくんは、自分のありとあらゆる感情を素直に受け入れられないほどの経験を多く重ねすぎたせいで、感情を表に出すことに怯えているんだよね。瞳が濁っているのは、その心の内に暗い何かを抱えている証拠だよ」
――他者が……俺の心に踏み込んでくるな!
「胸の内にくすぶる負の感情を現してしまうと、後で取り返しのつかないことになると思って、自らの感情を硬い檻に閉じ込めてしまっているんだ」
――それ以上喋るな。…………殺すぞ。
「それとも、ただ一人ぼっちで寂しいだけ?」
俺の右目が赤く煌々と輝き、逆ペンタクルのマークがくっきりと浮かび上がるのがわかった。『思考伝達第二』――『幻視眼』の発動。目を合わせた者の精神を破壊する。
「カズハ! お前はここで――」
「おっと、トオルくん。話をしている間に肉じゃがが出来たよ」
俺の右目から目をそらし、カズハがアルミホイルの落し蓋を外す。
途端に完成した肉じゃがのいい香りが鼻腔をくすぐる。
「どう? 美味しそうでしょう?」
まるで、さっきまでの会話がなかったかのように、カズハが無邪気に問いかけてくる。
……こいつは底が知れない。明らかに要注意人物だ。
「あのね、ボクはトオルくんのことを詳しく詮索するつもりはないんだよ。ただ、せっかく友達になったんだから、仲良くしようと思っただけ。気に障ったならごめんね」
「……いや、別に構わないさ。でも、俺の本性を知れば、お前は俺の友達でいようとは思わないはずだ」
「そんなことはないよ。ボクはね、誰とでも友達になるわけじゃないんだ。本当に心を預けられる人とだけ、ボクは真の友好を結びたいと思っている」
「そうかよ。なら、お前……人を見る目がないな」
「ボクはそうは思わないけどなぁ。キミは『ジキルとハイド』のように表情が裏返って面白いよ。まぁ、せっかく作ったんだからさ、肉じゃがは食べていってね」
「……仕方ないな」
俺は小皿によそった肉じゃがを渋々と口に運ぶ。
「んっ……美味しい」
「でしょう? その肉じゃがにはボクの愛情がこもっているからね」
「ふん、気持ちの悪いことを言うな」
カズハの言葉に、つい弁当を作ってきてくれた詩乃の姿を重ねてしまった。
その後、俺はカズハの作った肉じゃがを皿に装われた分、すべて食べきった。
「意外だよ。残さずに全部食べてくれるんだね」
「生憎、俺は生まれてこの方、出された食事を残したことはない。それは作った人にも使われた食材にも失礼な行為だからな。この世にはまともに飯も食えないやつがごまんといるんだ。自然の恵みに感謝の気持ちを忘れた愚かな人間にはなりたくない。」
「うん、やっぱりトオルくんはいい人だ」
「一生言っていろ、バカが」
そう毒づき、俺は調理室を後にする。
愛澤和葉……やはり、こいつは厄介な相手だ。
やつの動向にはこれから注意が必要だな。
なんかランキングに入ったみたいで最近読んでくれる方が増えました。
ありがとうございます。お気軽に感想もください。
面白かった。つまんねぇから木の下に埋めるわ。などの短文でも歓迎です。




