005話 九条透と変態メイド
「今日もお疲れ様。いっぱい頑張ったね。偉いよ。良い子、良い子。ふふっ、可愛い♪」
誰かの声が聞こえ、優しく頭を撫でられている感じがして、俺は静かに目を覚ました。
すると、目の前に京香の顔がある。……ん? なぜだ?
「珍しいですね。泣いているのですか?」
「……え?」
手を目元に添えると、生暖かい涙が頬を伝って流れ落ちてきた。
昔の夢を見て、あのときの辛さを思い出し、泣いていたとでもいうのだろうか。
涙なんて、もうとっくの昔に涸れていたと思っていたのに。
「な、なんでもないよ。――って、え、は? な、なんで!?」
今の状況を把握して、俺は戸惑いの声を上げた。
俺が泣いていたことはこの際どうでもいい。問題なのは、いつの間にか俺は横向けになっていて、俺の頭が京香の膝の上に乗っていることだ。
「よく眠れましたか?」
「……え、あ……はい……」
清楚なメイド服越しに京香の体温を感じ、なんだかとても安心する。
「透様が眠りについたあと、すぐに横になられたので、私が膝枕をしていたのですが、ご迷惑でしたか?」
「――ひ、膝枕っ!」
いや、全然迷惑なんてしていない。むしろ優しく包まれている感じがして落ち着くくらいだ。京香の温もりが伝わってくる。あと京香の太股がすべすべしていて柔らかい。
「い、いや、別に迷惑じゃないよ」
視線が泳ぎ、声が上擦ってしまう。自分でも頭が混乱しているのがわかった。
「そうですか。なら良かったです。私も透様の可愛い寝顔が見られて役得でした」
京香の声が上から覆い被さるように聞こえてくる。視線を上に向けると、豊かな胸越しに京香の顔を見る格好となり、気恥ずかしさを感じ思わず目をそらしてしまう。
「ちなみに、今日の私の下着は黒色です。……あ、今、想像しました?」
「――ぶっ! ば、バカ言うな! 誰がそんなこと……」
顔に触れている京香の太股のすぐ近く、そのスカートの下に黒いパンツが……
俺は心臓がバクバク鳴っているのを、京香に悟られないように必死に抑えた。
京香はどんなときでも側にいて支えてくれる。それでいて、たまにこういう大胆なことをしてくるから、俺はドキドキさせられる。本当にこいつは――
「……なぁ、なんで俺なんかに優しくしてくれるんだ?」
確かに以前、京香は俺の力になってくれると約束した。
でも、こんな風に誰かに大切にされることは、今までの俺の人生にはなかったことだ。
「ご自身の能力を使われれば、私の本心がわかるのではないですか」
「……おい」
「冗談です」
京香は表情を変えずに言う。
「あなたが作り笑いをしているとき、あなたはいつも心で泣いている。あなたは今までに、どれだけの涙をその心に隠してきたのですか?」
「……………………」
「これでも私、両親に愛されていたんですよ」
「それが、どうかしたのか?」
……なんだ。親に愛されなかった俺を憐れんでいるのか。
くだらない。そんなものがなくても、俺は――
「だから、あなたが得ることのなかった愛情を……私が注いであげたいのです」
俺の頭に優しく手を置いた京香の目に、俺に対する憐れみの感情はなかった。
「……ふん。勝手にしろ」
俺は気恥ずかしさを感じて、京香に膝枕されたまま顔を横に向けた。
「では、勝手にさせていただきます」
京香が俺の頭に乗せた手で軽く髪を撫でてくる。
「透様の髪の毛、サラサラですね。とてもいい匂いがします」
「あ! ちょっ、汗を掻いたから、匂いを嗅がないでくれ!」
「大丈夫ですよ。むしろ興奮します。私、この匂い大好きですから」
俺の頭に顔を寄せ、すんすんと匂いを嗅いでくる。京香からも甘い香りがした。
さらに顔を近づけることで、京香の豊満な胸が俺の顔に押し付けられる。
「む~~っ! こ、この変態メイドぉ……」
俺は上目遣いで京香を睨む。普段の俺なら、他人にこんなことは絶対にさせない。
でも、京香にされるのは、なぜか嫌じゃなかった。
どうして、こう大人しく従っちゃうのだろう。これが惚れた弱みってやつか。
「ふふっ、私のツンデレご主人様可愛すぎ♪ よしよし、頭撫で撫でしてあげますね」
「だ、誰がお前のだっ! お、俺は……誰のモノでもない」
「いいえ、私のモノです。私だけのモノですからね。ちゅっ♪」
長い前髪を掻き上げられ、突然おでこに優しくキスをされた。
「……へ? なっ……!? な、な、な、何するんだ、このエロメイド!」
「私のような、エッチなメイドさんはお嫌いですか?」
「うぅ……うるさい……」
「私、やっぱり透様が好きです。大好き。ときどき抑えきれなくなる。好きだから、あなたのすべてが欲しくなる。その温もりも、心も……全部、だから――」
「~~~~~~~~~~ッッ! 待って……く、唇は……ダメっ……」
わかっています。と余裕ありげに微笑みながら、京香は俺の頬に軽くキスをする。
「それにしても、相変わらず押しに弱いくせに、あと一歩のところでガードが堅いですね」
「口づけは、生涯この人と一緒にいると決めた者にだけ許すものだ」
「……乙女ですか。なんで透様は女の子じゃなく男に生まれてきたんでしょうね。透様が女で私が男だったら、この場で強制的に孕ませていますよ」
「なっ、生々しいことを言うな! お前みたいな変態、俺が女だったら貞操の危険を感じてとっくに解雇しているわ! というかそもそも雇ってないわ!」
いいように弄ばれ顔を真っ赤にしながら、俺は早く家に着いてくれと祈っていた。