054話 部活動Ⅲ
「まぁまぁ、トモちゃん。大体何があったのかは見当がつくけど落ち着いて」
「……あ、伊吹。パンは買えたの?」
「うん、買えたよ。いつものごとく残り物だけどね」
トモの後ろから、メガネをかけたクラス委員長、伊吹が手にパンをぶら下げて現れる。
一目見ただけでわかる。彼女たち二人の仲は良さそうだ。
「へぇ、委員長はトモの友達なのか」
「あ、うん。アタシと伊吹は、中学のときからの付き合いなんだ。お互いの趣味とか性格は全然違うんだけどね。なぜか気が合うんだよ」
そう言って、トモは伊吹と肩を組む。トモの大きなおっぱいが、伊吹の控えめなおっぱいに押し付けられていて、なんだか伊吹が苦しそうな顔をしていた。
……正直、かわいそうだ。
「これが、胸囲の格差社会か……」
「ん? トオル、何か言った?」
「ゴホン。いや、なんでもないよ、トモ」
俺は小さく咳払いし、わざとらしく誤魔化す。
「……九条君。あなたもさっそく、その三人と友達になったのね。よかった! クラスの委員長として、転校生にはなるべく早く友達を作ってほしかったから」
「なんだ、伊吹は俺のことを心配してくれていたのか」
「うん、これも私の仕事だからね」
「仕事……ね。案外淡泊な性格なんだな。もっと情に厚いタイプだと思っていたよ」
俺の言葉に、ムサシとカズハとカイトの三人がむっと反発する。
「そんなことはないでござるよ。伊吹殿は、問題を起こしてばかりで、他に友達のいない拙者たち三人にも分け隔てなく接してくれる、優しいお方でござる」
「一年生のときも、ボクたちと同じクラスで委員長をしていたしね。何かとお世話になっているんだよ」
「俺様も何度も勉強を教えてもらっているしな。ふん、か、感謝しているぞ」
三人の言い分に、俺は少し考えを改めてやってもいいと思った。
口ではああ言っていても、なんだかんだで伊吹は困っている人を見捨てることはできないのだろう。面倒見のいい、思いやりのある女だ。
「つーかお前ら、さっきトモのことは一切フォローしなかったのに、委員長のことは随分と情に満ちた目で語るんだな」
「そうだぞ~! もっとアタシにも優しくしろ!」
「ふん、貴様はいいのだよ。グラウンドに行って球拾いでもしているんだな」
「キーッ! アタシはソフト部のエースだっての! バカにすんな、クソカイト!」
カイトの煽りに、トモが怒りをあらわにする。
どうやら、トモは乗せられやすい短気な性格らしいな。
「ほら行くよ、トモちゃん。はやくお昼食べないと五時間目始まっちゃう」
「委員長たちは学食で食べないのか?」
「うん、私はさっきそこの購買でパン買ってきたし、トモちゃんは今日お弁当だからね」
……弁当か。なんだか詩乃のことを思い出すな。つい最近のことなのに懐かしい。
あいつは元気にやっているだろうか。
そういえば、詩乃と別れてからもう一ヵ月が経っているのか。
孤独には慣れているつもりだった……
だが、実際に詩乃を失うと辛いな。
「くっそ―! カイトのやつ覚えてろよぉ~、あとで絶対ボコってやるからな!」
「クククク、どうせ貴様の鳥頭では放課後まで覚えていまい。なにせ貴様の栄養はすべて胸にいっているからな! はっ、はは、ははははは!」
「う、うっさい! 放課後グラウンドで待ってろよ、変態。ケツバット百発くらわせてやるっ!」
「はいはい、トモちゃんもう教室に戻ろうねー」
カイトのことを鋭く睨みながら暴言を吐くトモを、伊吹がずるずると引きずりながら学食を出て行った。
……思ったより力があるな、委員長。
「ところでカイト、お前やけにトモにつっかかるな。何か因縁でもあるのか?」
「それはボクも気になっていたんだよね」
「小生も右に同じく」
なんだ、この二人も知らないのか。
「……ふむ、そうだな。あれはまだ、俺様が一年生のときだった……」
「なぁ、その話……長くなるか?」
「なんだ、その興味のなさそうな声は! トオル、貴様から尋ねてきたのだろうが! すぐに終わるから黙って聞いておけ」
「あー、はいはい、了解。気の済むまで話してくれ。なるべく簡潔に短くな」
「ふん、言い方が少々癪に障るが、まぁいい。そう、あれは……あれは俺様が、この月詠学園に入学してちょうど一ヵ月、放課後の部活動でグラウンド内を走っているときだった」
カイトは偉そうに胸の前で腕を組み、神妙な顔で語り始める。
「我が陸上部では、入部当初は出場する種目に関係なく、各自グラウンドを周回して体力をつけるところから始まるのだ。スポーツ特待生として入学した特別な存在であるこの俺様も例外ではなく、その無駄な体力作りに参加させられていた。そんなときだ……」
金色に光る左目を押さえながら、カイトは苦しそうに呟く。
「ティーバッティング、要は斜め前から投げられたボールを正面のネットに向かってバットで打ち返すアレだ。アレをやっていた、ソフトボール部期待の一年生、スポーツ特待生として入学した前田朋美。ヤツだ。ヤツが打った球が、ネットを大きく外れた」
閉じていた右目を見開きながら、カイトは忌々しそうに続ける。
「その結果、トモの打った球が、グラウンドを走っていた俺様の股間に直撃した……」
「……ふ、ふふっ、そ、それで?」
「貴様ァ、トオル! 笑いごとではないわ! 危うく俺様の子孫がご臨終するところだったのだぞ! そしてこの話はこれで終わりだ、続きなどない!」
「ぷっ、ふ、ソフトの球で己の玉をやられるとは……そいつはとんだクリーンヒットでござるな。笑っては失礼だとわかっていても、思わず失笑してしまうでござる。ぷぷ」
「いやー、それは同じ男の子として気の毒だとボクは思うけどね、ふふっ」
「クソが! 結局、貴様らも笑っておるではないか!」
我慢できずに笑い出したムサシとカズハを、カイトは金色に輝く左目で睨んだ。
「で、つまるところ、なんでお前はトモのことを目の敵にしているんだよ」
「……はぁ? だからそれは、ヤツが俺様の股間に打球を――」
「でも、それはわざとじゃないんだろ? トモの性格だ、さっき少し話しただけの俺でもわかる。あいつは悪いことをしたと思ったら、すぐにその場で謝るはずだ」
「それは……まぁ……」
「トモはお前に謝ったんだな?」
俺の確認に、カイトが黙って頷く。
「じゃあ、いつまでも根に持ってないで、いい加減許してやれよ」
「それはできん! なにせ一度敵対してしまうとな、俺様の性格上、おいそれと仲直りなどできんのだ。まぁ、これは生まれ以ての性、致し方ないな」
「……お前、自分のことを神だと名乗る割には、器がちっさいのな……」
「ぐっ……そ、そんなことはないわ! クックック、俺様は神に選ばれた貴き存在だぞ。その俺様の器が小さいなどと、ありえないことを抜かすな!」
あ、カイトがいつもの高笑いをし始めた。
だんだんわかってきたぞ。
こいつは何かを誤魔化すとき、わざとらしく笑いだす癖があるな。
ふと、横目で食堂の時計を見ると、時刻は昼休みの終わりを告げようとしていた。
仕方ない、助け船を出してやるとするか。
「さてと、ムサシ、カズハ。五限目の授業が始まるぞ。そろそろ教室に戻ろう」
「わかったでござる」
「うん、遅刻はしたくないからね。行こうか」
「フッ、もう刻限が来たか。やむを得ないな。……って俺様をないがしろにするな!」
一人高笑いをしているカイトを無視して、食器を片付けて食堂を去ろうとした俺たちの後を、カイトが慌てて追いかけてきた。
とりあえず、これで午前中の学校は終わりだ。
放課後を待たずして、狗神海斗、剣崎武蔵、愛澤和葉、前田朋美、春野伊吹、以上五名もの人物像が、おおよそ把握できた。
今はそれでよしとしよう。
あとは放課後に、彼等三人の所属する部活を見学しに行けば十分だろう。
「……ふん、単純なやつらだ。張り合いがない」
「ん? トオルくん、今、何か言った?」
――チッ、愛澤和葉、耳聡いやつだな。これからは注意しよう。
「いや、なんでもないよ。気にしないでくれ」
優しい声で笑って誤魔化す。
俺は眼帯で覆われていないほうの右目を伏せ、何食わぬ顔で三人とともに歩みを進める。
どうやら俺のような人殺しでも、この月詠学園に上手く溶け込むことができそうだ。




