051話 新たなクラスメイトⅡ
朝のホームルームが終わり、一限目の授業が始まるまで、しばし休み時間となる。
「もう一度言おう! 俺様の名は狗神海斗だ。貴様には特別にカイトと呼ぶことを許可してやる。よろしく我が同胞、トオルよ!」
前の席に座る狗神――改めカイトが後ろを向いて話しかけてくる。
「いちいち態度のデカいやつだな……」
自信過剰なところは、どこか俺に似ているかもしれない。
「まぁまぁ、カイト殿の態度がデカいのは誰に対しても同じ。いつものことでござる」
俺の隣に座る、真ん中分けの黒髪ロン毛メガネが話に入ってきた。背は178センチくらいだろうか。ひょろ長い。それにしても、なんでこいつ語尾が「ござる」なんだ?
「ああ、拙者の名前は、剣崎武蔵。貴殿にはムサシと呼ぶことを許すでござる。ともに仲良くしようぞ。今日から我らは仲間でござる」
「剣崎――ああ、さっきクラスの話題に出ていた。カイトと相部屋なんだってな。それにしてもお前、落武者みたいだな。別にハゲてはいないけど」
「い、いやー、よく言われるでござる。でも小生、武士に憧れているでござるからな。別に落武者と呼ばれても、悪い気はしないのでゴザルよ」
「あのなぁ、ムサシ。武士は武士でも、落武者っていうのは、戦乱において敗者として生き延び、情けなく逃亡した武士のことだぞ」
「……えっ……!? と、逃亡?」
ムサシが動揺する中、俺は鞄から教科書を出し、机の中に入れる。
「それにしてもトオルくん、その黒い眼帯はどうしたの?」
俺の斜め前、ムサシの前の席に座る生徒が、人懐っこい笑顔で話しかけてきた。
背は156センチほどだろうか。かなり小柄で線も細く、女の子のようにも見える。しかし、男子の学生服を着ているのだから、男だろう。……たぶん。
長い前髪は目に少しかかっており、後ろ髪も長く、ストレートに流している。色素の薄いその髪は艶がありサラサラしていた。口は小さく唇は薄いピンク色で、おまけに声がかなり高い。
――っていうかこいつ、本当に男なのか?
俺も人のことを言えないくらいに女顔だけど……
「あっ、ごめん。自己紹介がまだだったよね。ボクの名前は愛澤和葉。カズハって呼んでくれて構わないよ」
黙りこくっていた俺に、カズハが優しく声をかけてくれる。
「あ……ああ、眼帯のことな。これはちょっと、事故で怪我をしただけだよ」
「なっ!? なんと! では、その眼帯の下には『魔眼』が隠れているのではないのか!? まぁ、この俺様の『神眼』には遠く及ばないだろうけどな、クックック」
カイトが奇声を上げて立ち上がった。
魔眼……か。こいつ、いいところをつくな、と思いながら他のクラスメイトのほうを眺めると、シャープなメガネをかけた委員長、伊吹と目が合った。
軽く微笑んでいる。ああ、癒されるわ。メガネ委員長もありかもしれん。
俺の中でメガネ属性が微かに目覚め始める。
「ちょっとトオルくん、ボクと話しているのによそ見しないでよ」
そう言って、カズハは急に両手で俺の頬を挟み、強引に自分のほうに顔を向けた。
眼帯で覆われている左目ではなく、開いている右目だけを深く覗き込まれる。
――ちかっ!? 近い! 近い近い近い! というか、なんかいい匂いがする!
「わ、悪い。俺が悪かった。だからちょっと離れてくれ。口が引っ付きそうだ」
「……あ、ごめん」
目をそらす俺に対して、カズハは頬を少し赤くしながらうつむいた。
――か、可愛い! こいつ本当に男か? こいつ本当に男なのか!?
とても大事なことなので、俺は心の中で二回言いました。
「トオル殿とカズハ殿が向かい合っていると、まるで美少女同士がイチャイチャしているみたいで興奮するでござるな」
ムサシが何か戯言を言っているが無視する。安定のスルーだ。
「ちなみにボクは、カイトくんやムサシくんと違って、男子寮には住んでないんだ。自宅からバスで通っているんだよ」
まぁ、お前は男(?)だからな。こんなやつと相部屋になったら、正気を保てる気がしない。一応言っておくが、俺はホモではないぞ。断じて違うからな。
そうやって脳内で言い訳をしながら、俺はカズハとの会話を繋ぐ。
「そうだ。男子寮ってどれくらいの生徒が入寮しているんだ? カイトとムサシは男子寮の寮生なんだろ?」
「それはこの三人の中で一番の頭脳派である、小生が解説するでござる」
ムサシが長い黒髪を揺らして立ち上がった。黒縁のメガネがきらりと光る。
「ここ月詠学園は、およそ生徒四十人×六クラスの二百四十人。二百四十人×三学年の合計七百二十人で構成されているでござる。学年はネクタイの色を見れば一目瞭然。先輩である三年生は緑。我々二年生は青。後輩の一年生は赤でござる。そして、各寮には全学年一緒に、男子寮百人、女子寮三百人が在籍しているござる」
「へぇ、七百二十人中、四百人が寮生ってわけか。結構みんなここに住んでいるんだな」
「ふはははは! なにせ寮では、毎日朝晩と大層美味な食事が出るからな! 部屋は基本的に相部屋だが十二畳と広い! まぁ、それでもこの俺様に相応しいとは言えんがな。飯を食う食堂は男女共用、昼は自宅から通っている生徒も使っている。やはり、女子と同じ空間で飯を食うのは最高に美味い! ……あぁ、叶うことなら女子風呂も覗きたいな」
「おいカイト、なんか最後に本音が漏れていたぞ」
「拙者も見たいでござる……女子風呂」
「ぼ、ボクも……」
「お前ら、三人ともそろいもそろって、ただの変態じゃねぇか!?」
いや、俺も覗けるものなら覗きたいがな……女子風呂。
「ごほん! そろそろチャイムが鳴るでござるよ。一限目の開始でござる」
ムサシがわざとらしく咳払いをする。するとカイトが勢いよく立ち上がった。
「くっ、しまったぁあああ! 俺様としたことが、一限目の数学の宿題やってねぇ……ムサシ! お前のプリントを写させてくれ!」
「ぷ、プリント……でござるか?」
ムサシが机の中から一枚の紙を取り出す。そのプリントにはいくつかの数式と図が書いてあった。そして……解答欄には何も書いていなかった。
「実は、小生もやっていないでござる……」
「カズハ! お前は、お前はやっているよな?」
カイトの震える声に、カズハは、
「……ご、ごめん。ボクも忘れちゃった」
軽く舌を出して片目をつむる。――可愛いなぁもう。
「ト、トオル殿ぉ! 貴殿なら、成績特待生の貴殿なら、宿題くらい余裕でやっているはずでござるぅ! プリントを、今すぐプリントを見せるでござる! 拙者たちは仲間――」
「……あのなぁ、なんで転校初日の俺が、宿題なんてやっていると思ったんだよ」
「そ、そうでござった。完全に失念していたでござる」
カイトとムサシとカズハの三人は、がっくりとうなだれた。
「まぁ、そう落ち込むな。そういやさ、ここの特待生枠ってどうなっているんだ?」
「……えっと、月詠学園にはね、成績特待生とスポーツ特待生と芸術特待生と一般入学生の、四パターンの生徒がいるんだよ。まぁ、他にも超特例があるんだけどね」
俺の話題転換にカズハが応え、ムサシが黒縁メガネを光らせて話を繋げる。
「成績特待生は、百五十八名にトオル殿を加えて百五十九名。うちの委員長、春野伊吹殿も成績特待生でござる。スポーツ特待生は、百二十七名。そこでうなだれているカイト殿がそうでござるな」
「へぇ、カイトは運動が得意なんだな」
「ふ、ふははははは! それぐらい、この俺様にとっては造作もないわ!」
「そして、芸術特待生が八十六名。三年生の現生徒会長――鬼龍院奈々殿がそうでござる。最後に一般入学生が三百四十九名。拙者とカズハ殿は一般入学でござる」
「ムサシ、お前、やけに月詠学園のことについて詳しいな」
「まぁ、小生ほどの頭脳をもってすればそんなこと――」
「じゃあ、なんでムサシは成績特待生じゃないんだ?」
「……そ、そこを突かれるとキツイでござる……」
目を伏せ、再びムサシがうなだれる。
長い黒髪がすだれのように垂れた。
「ふっ、小生の得意科目は歴史と保健でござるからなぁ」
「歴史が得意なのに、なんで落武者の意味を知らないんだよ。というか、保健体育じゃなくて、保健オンリーなんだな……」
「ご……ござるぅ……」
あ、さらに落ち込んだ。これは追い打ちをかけてしまったようだな。
「ちなみに、ボクの得意科目は家庭科と保健だよ」
「ふはははは! 俺様は体育と保健だ!」
「――っていうか、なんでお前ら、みんな保健が得意なんだよ……」
前にいた白麗院では、得意科目は何? と訊かれて、保健と答えるやつなんて一人もいなかったぞ。
「お前らが訊いてもいないことを答えたから、俺も一応言っておくと、俺の得意科目は音楽以外のすべてだ。まぁ、しいて言えば、国語が得意かな」
「「「……………………………………………………………………」」」
「おい、お前ら今……こいつ音痴なんだろうな、って思っただろ」
「「「………………っ!」」」
三人はギクッとオーバーリアクションを返す。
「さ、さすがは成績特待生でござるな。これからはトオル殿に小生たちの勉強を見てもらうでござる。今まではテスト前になったら、委員長殿に三人で泣きついて、勉強を教えてもらっていたでござるからな」
「クックック、世話になるぞ、我が同胞よ!」
「よ、よろしくね。トオルくん」
「……チッ、面倒なことになったな」
嫌な三人衆と知り合いになってしまった。
と、俺がため息をつくと、一限目の開始を告げるチャイムが鳴り、教室の扉を開いて五十嵐先生が中に入っていた。あの人、数学の教師だったんだな。
「では、今から数学の授業を始める。その前に、宿題のプリントをやっていない者は静かに挙手をせよ!」
「「「……あ……忘れてた……」」」
恐る恐る、カイトとムサシとカズハの三人が手を上げる。
クラス内で手を上げていたのは、その三人だけだった。
「……またお前たちか。狗神海斗、剣崎武蔵、愛澤和葉。お前たち三人は、次の宿題を三倍にする。わかったな」
「「「は、はい……」」」
短く返答し、三人は俺の目をじっと見つめてきた。
「な、なぜ俺のほうを見る?」
「聞こえないのでござるか? 小生たちの心の声が」
三人の潤んだ目は、口よりもなお雄弁に語っていた。
――『宿題を手伝え』と。
どうやらこいつらは、さっそく俺に頼ってくるつもりらしい。
「…………はぁ、あまりこの言葉は使いたくないんだが……やれやれだぜ」
厄介なやつらと関わってしまったものだ。
俺はもう一度、深くため息をついた。
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