044話 果てる命
「なんだ、お別れしちゃったのか? せっかく彼女を人質に使おうと思っていたのに」
アリサが心底残念そうに告げる。
「ふん、その思考も俺に読まれていることを織り込み済みな癖に、何を言っているんだ」
「おや、そこまで読んでいたのか。ははっ、どうやら元の思考力を取り戻したようだね。よかった、よかった。これからはうちの戦力になるんだからな」
――詩乃。離れていても、俺の心はいつもお前の側にいる。どんなときでもお前のことを忘れない。安心してくれ。これが今生の別れってわけじゃないんだ。
俺は世界を変革し、新しい未来を創造する。そのときはお前を迎えに行くよ。
「さてと、アリサ。お前の左耳に入っている小型無線機をよこせ」
「……気付いていたのか。いや、私の思考を読んだか。で、これで何をするつもりだい?」
「なぁに、姫宮詩乃を見逃してくれた対価として、俺も一つ『ウロボロス』の人間としての仕事をしようと思ってな」
どういうつもりだ、とアリサを含めた三人が俺を疑惑の目で見つめる。
「二つ、確認をさせてくれ。一つ、ここにはしばらく警察は来ないんだよな?」
「ああ、そうだ」
「それなら二つ目だ。朱里と綴の状態を見るに、この戦い、結構苦戦しているようじゃないか。ここでの戦闘行為やら、その他もろもろの証拠を隠滅する余裕はあるのか?」
朱里は制服が半分破けているし、綴は疲労を隠しているようだが俺にはお見通しだ。
「なるほどな、先程のあれが脅しではないということは……そういうことか。そして、その責任はすべてやつらに押し付けるつもりだな?」
「ああ。俺が残りの敵対組織のメンバーを全員、細かい証拠ごと爆弾で処理してやるよ」
「くっくっく、ははっ、キミにしては随分と気前がいいんじゃないかい?」
アリサが左耳に嵌めていた小型無線機に何事かを呟き、俺に放り投げる。
「その無線機の先に、全体の戦況を把握しているオペレーターがいる。戦闘指揮の全権をたった今、キミに譲っておいた。好きに扱いたまえ、新たな『知能顧問』」
アリサは楽しそうに笑った。なにしろ、俺が今から母校を自らの手で爆破しようというのだから。アリサにとって、それは愉快で仕方のないことなのだろう。
「その代わりと言ってはなんだが、こちらからも、もう一つ頼みたいことがある」
「なんだ? 言ってみたまえ。聞くだけ聞いてやる」
「俺の従者、黛京香。お前たち『ウロボロス』は彼女に一切手を出さないと誓ってくれ」
「いいのか? この場のそんな口約束で?」
「ふっ、お前は約束を守る女じゃなかったのか? それに、もしお前たちが俺との契約を破棄すれば、俺は自らの命を捨ててでも、お前たちの組織を壊滅させるぞ」
「悪いが、私の『ウロボロス』はキミ一人で崩壊させられるほど脆弱ではないぞ。だが、いいだろう。その契約、約束を守る女、藤堂アリサが結んでやろう」
そういって、アリサは笑った。本当に笑うのが好きな女だ。全部作り笑いの癖に。
「でも、黛京香は現在行方不明だろう? キミにとってそれは問題ではないのかね?」
「ああ、なんの問題もない。すでに手は打ってある、それもとっくの昔にな。京香は俺とは違う、本質は優しいやつなんだ。彼女にはこれからは闇の世界ではなく、眩い光の世界で幸せに生きてもらうよ。まぁ、あいつは陽の光が苦手だけどな」
そう笑うと、俺はアリサに借りた小型無線機を使って連絡を取る。この時点で、俺とアリサと朱里と綴の四人は校舎内からすでに出ていた。すでに詩乃も脱出済みだろう。
「味方部隊、敵部隊の配置状況を口頭で言え」
『あの、新たな『ブレイン』、九条透さんですよね? アリサさんからさっき――』
「そういうのはいい。早く仕事をこなせ」
『わ、わかりました。しかし、口頭で戦況をすべてあなたが把握できるとは――』
「いいからやれと言っている。俺をその辺の無能と一緒にするな」
再びオペレーターの女の声を遮り、厳格な指示を出す。
その傍ら、俺はアリサに忠誠を示すように『洞視眼』を解除し、再び黒い眼帯で左眼を覆う。新たに右目に宿った力――『幻視眼』の存在は『ウロボロス』の誰も知らない。
そして次々に告げられる現在の戦闘状況。どうやら、オペレーターは優秀なようだ。
オペレーターの女が告げる戦略マップを、そのまま俺は頭にインプットし、爆破位置を計算、算出、確定していく。――できたぞ、未来の爆破状況予測図が。
「味方、こちらの組織の戦闘員を全員引きあげさせろ。さりげなく西棟方面にだ」
『よくわかりませんが、了解しました』
「ああ、それでいい、問題ない。お前は優秀だな。役に立つ人材だ」
そして次に、俺はアリサから渡された小型無線機とは別の小型無線機を取り出す。
「なんだ、それは?」とアリサが口を挟み、朱里と綴も不思議そうに眺めてくる。
「粟国鋼鬼から奪い取った小型無線機だ。あいつはリーダーのようだったからな」
「まったく、キミは手癖まで悪いのか」とアリサが嘆息する中、俺は次の行動に移る。
「えー、お前たちのリーダー、粟国鋼鬼を倒した九条透が告げる。お前たちの捕獲対象である九条透が告げる。貴様らのリーダーはこの俺が殺した。しかし、あいつもかなりの強敵だった。俺の体はもうボロボロだ。お前らのリーダーの仇を取りたい者、もしくはリーダーに代わって俺を捕獲し、お前らの雇主から莫大な報酬を独り占めしたい者、なんでもいい。俺に用があるやつは東棟の二階に来い。粟国の死体もそこにある。まぁ、これを罠だと疑って来ないのも構わないが、そんなザコはあとで簡単に処理できる」
そう一方的に告げて、俺は小型無線機を切り――『震脚』で粉々に破壊した。
「粟国鋼鬼の遺体があるのは、西棟の一階じゃなかったですか?」
朱里がなぜ嘘を吐いたのか責めるように尋ねてくる。
「西棟の一階は西棟二階と一階を繋ぐ階段部分を爆破で埋めたから、西棟には中庭からしか入れない。それにより、現在西棟二階もしくは三階にいる敵兵は、東棟に移ろうと思えば、西棟二階の渡り廊下を通るしかない。だから東棟を目指す者にとって、西棟はもう眼中にないわけだ。あとは東棟に入った敵兵を小型のC-4により爆死、もしくは圧死させるだけだが、一階もしくは屋上に続く三階にいられると途中で逃げられる確率が上がる。だから東棟の二階を指定したんだよ。生徒が捕まっている体育館からも離れているしな」
淡々と人を殺すプランを語る俺に対し、朱里は戦慄を覚えたようだ。
そんな俺に、アリサがいつかのように右腕を差し出してきた。
「ようこそ、暗殺者の世界へ。キミに殺人許可証をやろう」
「殺人の免罪符か。いいだろう、ありがたくいただくよ」
そうして俺は、オペレーターの女に敵兵と味方の戦闘員の配置箇所が、大体俺の狙い通りになったことを確認する。月夜に輝くその瞳には、暗い憎しみの炎が宿っていた。
「さぁ、平和ボケしたステージの崩落だ! 弱者は潰れろ! お前たちは獲物を狩る側なんかじゃない。狩られる側だ。自覚しろ。お前たちは俺にすべてを奪われる側だ!」
一斉に遠隔式の起爆装置を起動させる。
やがて、白麗院の東棟は音を立てて崩壊した。
「くっ、ク、ふふふふふ、フハハハハハハ、ハハハハハ!」
俺の邪悪な嗤い声と酷薄な笑みに、校舎が崩れ砂埃と爆炎を起こして応える。
「ハハハハハ、燃えてしまえ! この世のすべてを焼き尽くせ!!」
こうして、俺と詩乃が一年間通い続けた白麗院は、俺自身の手によって半壊した。
「さてと、あとは警察のお仕事だね☆ じゃあ帰ろうか、みんなー」
アリサの軽い合図を聞き、四つの人影は静かに白麗院を後にする。
が、その刹那――俺の心臓がバクンと大きく跳ねた。
「かっ……ハッ、ぁあ……ぁ……ぁ……」
「……ん? 透君……!?」
アリサたちが俺のほうに振り返る。彼女たちの声も、俺にはもう届かなかった。
全身から嫌な汗が噴き出て止まらない。正直、悪い予感はしていた。呼吸がどんどん浅くなり、酸素が不足していく。これはもう……助からないか。
「おい、大丈夫か!? 透君、透君! しっかりしろ!」
「……なぁ……俺、ここで……死ぬのかな。……やっぱり……まだ……死にたく……ないよ。……いや、でも……それもいいか……やっと休める……これで……」
粟国との戦闘で血を流し過ぎた。膝は力なく折れ、焦点の定まらない視界が揺れる。
「……これでやっと……俺も、君のところに行ける……アーシャ……」
こうして一仕事を終えた俺は、必ずしも満足とは言えない結末ではあったが、最低限の役割を果たし、あまりにも呆気なく、実にあっさりとその息を引き取った。




