043話 九条透と姫宮詩乃(終点)
その間に、俺は左の魔眼――『洞視眼』をアリサに向ける。
《さっきの爆発箇所は保健室。まさか、この私の根城に爆弾を仕掛けていたなんて……いや、驚愕するべきはそこではない。今ここで保健室の爆弾を起爆させた意味、それは、この学園の他の箇所にもまだ、あらゆる場所に爆弾が仕掛けてある? いや、そんなのはただの脅しに過ぎないはず。保健室を爆破することで動揺させ、私の思考力を鈍らせ――》
「どうやらアリサがいろいろと考えているようだから、ここにいる朱里や綴にもわかりやすいように説明してやるよ。俺は白麗院、つまりこの学園内に無数の爆弾を仕掛けてある。使用しているのはプラスチック爆薬。日本の法律に基づく名称では、可塑性爆薬と呼称するんだったか? 設置したのは小型のC-4だ。粘土状であるため固形爆弾では難しい隙間に詰め込めるから、校内に隠すにはうってつけだったよ」
朱里、綴、詩乃、の三人は俺の言葉に思考が追いついていないようだった。
《透君はなんてことはないようにこなしているが、建物の精密な爆破には、建造物と爆弾に対する深い知識と計算が必要になってくる。……建造物の知識……朱里の報告にあった九条家の回転扉と特殊避難経路……まさか……!》
頭の回転が速いアリサだけが現状の危機を把握している。そして、それでもなお、俺に対して反撃の手を打とうとしていた。さすがは俺が認めた女といったところか。
「ふん、そんなに多くの爆弾を、一般人である透さんが用意できるわけがないじゃないですか。アリサさん、これは透さんのハッタリですよ。そんなことできるわけありません」
朱里の言葉に呼応するように、俺はポケットの中で遠隔式の起爆装置を起動させた。
信号は改造された回路を通じて、接続された起爆信管へと送られる。
するとそれに反応して、俺と詩乃が降りて来た西棟の二階と一階を繋ぐ階段が崩壊して瓦礫に埋め尽くされ、行き止まりとなった。
「ふはははは、それができるから、俺はこうして嗤っているのだよ」
「……やるな。互いに生殺与奪権を握ることによって、均衡状態を作り上げたか。だが、それでもまだ足りないよ、透君」
自爆テロ紛いの反逆をされてなお、アリサの顔は恐怖に歪まない。
「どうやら先程のメール内容で、姫宮詩乃に爆発から安全に避けて通れる脱出経路を伝えたようだが、それを我々がみすみす逃すとでも思っているのか? いくらキミが我々と心中を果たせたとしても、肝心の彼女が助からなければ、意味がないだろう?」
一瞬でそこまで俺の計画の穴を突くとは、流石はアリサだ。しかし悪いな。
「五分持てばいい。それだけあれば十分だ。俺がお前たち三人を、体がねじれて引きちぎれたとしても、全身全霊をかけてこの場に食い止める。言っておくが、俺は相当しぶといぞ。たとえ首だけになっても、お前たちに喰らいついてやる」
その言葉に、アリサは暗い顔で嗤った。やっと待ち望んでいた獲物を見つけたように。
「ふふふふふ、やはりキミは狂っているよ。そもそも自分が通う学園に爆弾を仕掛けている時点で、頭がどうかしているとしかいいようがない」
「フッ、中二病なら、よく自分の学校にテロリストが来て、そいつらを撃退する妄想をするだろう? 俺はただ、それを妄想の内に留めるのではなく、実際に対策を講じただけさ」
「ほほう。では、そんなキミに一つ、面白い話をしてやろう。私が保険医として勤めていたときに、この学園の生徒たちにキミのことを訊いてみたが、返ってくるのは、頭が良い、運動ができる、人望がある、優しい、可愛い、カッコイイ等、すべてにおいて、キミの能力が他の生徒より秀でていることを挙げていた。なのに、だ。最終的に彼等は口を揃えてこう言った。彼は至って――『普通』な生徒だと。それはおかしいなぁ」
アリサはさらに興味深そうに顔を歪めて笑う。それはもう楽しそうに。
「この事実が、すでに『普通』ではないのだよ。キミは彼等を洗脳しているな? その計算された悪魔じみた言動によって」
「そう褒めないでくれよ。そんなことより、取引の結末を迎えようじゃないか」
あまりアリサと長話をしている余裕もない。なぜなら、俺の体にはすでにアリサによって、秘密裏に毒が流し込まれている可能性もあるからだ。
「さて、『ウロボロス』のボス、藤堂アリサに問う。ここにいる少女、姫宮詩乃を見逃し、俺を『ウロボロス』の駒として正式に迎え入れるか、ここで俺と共に白麗院の崩落に巻き込まれて圧死するか、それともまだ、そちらに奥の手があるのか――」
――『洞視眼』でアリサの思考は常時把握済みだ。
ならば、これ以上彼女に俺の反逆に対抗する策がないことは分かっている。つまり、
「いいだろう、私がこの戦いに幕を下ろす。その質問に対する答えは――」
「――もちろんイエスだ。それ以外、お前に選択肢はない」
俺は不敵に笑いながら、アリサの回答を彼女が言葉にするより先に口にした。
「まったく、人の思考を勝手に読まないでくれないかね、面白味に欠けるだろ。それにしても唯一危惧していたことがこうも早くに起きるとはね。以前私は、キミが私に勝っているものなど何一つないと言ったが、あれは嘘だ。キミは誰にも負けない強い意志を持っている。正直に言って、キミの精神力は異常だ。常軌を逸しているよ」
アリサは俺に感心した様子を見せるが、話はまだこれで終わりではない。なぜなら、
《しかし、透君が姫宮詩乃をこれほど大切に思っているとは知らなかったよ。ふふふ、彼女は彼に対する人質として機能する、と見ていいかな。彼女を生かしておくことは、いずれ我々のメリットになる。やはり、キミは甘いよ、透君》
そう、アリサに俺が詩乃のことを大切に思っているということを知られてはならなかった。そうなれば、否応なく彼女も闇の世界に巻き込まれてしまう。だから、俺は――
「……詩乃。俺はお前が俺のことを騙して、記憶を改竄して、ずっと俺のことを裏切っていたことを許したわけじゃない。お前のこと助けるのは、今回が最後だ。この行動は、お前と後腐れなく別れるためであって、決して好意などではない。俺はお前が嫌いだ」
俺は詩乃のほうを振り返り、鬼の形相で睨み付ける。偽りの憎悪と悲哀を込めて。
「透……それでも私は! 透が私のことを嫌いでも、私は透を――」
詩乃の言葉を遮って、俺は怒りの感情をあらわにする。アリサに誤解させるために。
「俺は詩乃のことが嫌いだ! 詩乃の考えなしで能天気な行動が嫌いだ! 詩乃の他人の心にずかずかと入り込んでくるところが嫌いだ! 詩乃の外見と声と仕草が嫌いだ! 詩乃のせっかちで焦りやすい性格が嫌いだ! 詩乃のわざわざ弁当を俺に作ってくるところが嫌いだ! 詩乃の無駄に明るい性格が嫌いだ! 詩乃の何も考えていないような無邪気な笑顔が嫌いだ! 詩乃のすべてが俺は大嫌いだ!! だから――」
(本当は詩乃のことが好きだ。詩乃の俺とは違って何事も積極的に行動に移せるところが好きだ。詩乃の俺の荒んだ心を溶かしてくれたところが好きだ。詩乃の可愛らしい姿と透き通るような綺麗な声、俺がプレゼントしたピンク色のリボンで髪を結う仕草が好きだ。詩乃の時間よりも前に行動する心構えが好きだ。女の子らしく自分の弁当よりも俺に上手くできた弁当を渡してくれるときの顔が好きだ。詩乃の明るい性格にいつも励まされて癒されるから好きだ。詩乃の穢れを知らない無邪気な笑顔が俺の原動力になるくらいに好きだ。詩乃のすべてが俺は大好きだ! だから――)
「――だから詩乃、ここでお別れだ」
もうこれ以上、彼女を巻き込むのはごめんだ。詩乃は誰にも傷つけさせない。
たとえ、その対象が――俺自身であったとしても。
「……そうか。透、そういうことか……でも、私は」
俺と詩乃を無視して、アリサと綴と朱里の三人は、アリサが元来た方へと歩き出した。
俺もそれに続こうと体を反時計回りに反転させる。すると、左眼が紫色の輪郭をなぞって揺らめく。それに続いて、右眼が紅色の輪郭をなぞって揺らめいた。
「……赤? 朱色に染まった右眼」
そういえば、先程の戦闘中に粟国が何か言っていたような――
『――ぐっ……お前の右目、赤い、紅の瞳……なんだその目は、聞いてねぇぞ……!』
「まさか、右の魔眼も粟国との戦闘中に覚醒していたのか?」
あちこちひび割れた廊下を見ると、大きめのガラスの破片が転がっていた。
その透明の割れたガラスのような欠片には、左眼が毒々しい紫水晶のような瞳をし、右眼が熱く煮え滾るような紅蓮の瞳をした、狂気に歪んだ俺の顔が映っていた。
「……は、ハハッ、面白い」
俺は乾いた笑い声を上げた。左の魔眼で右の魔眼の能力、効果、本質、使い方を瞬時に理解する。その答えは、粟国との戦闘中に起きた例から見ても間違いない。
昔とは変質した俺の右眼の能力。それは、対象と目を合わせることで、自分の思考や意思を他人に伝える力。――『思考伝達』。つまり、左眼の能力と対になる力である。
これで、何度か戦闘中に粟国が俺に怯んだ理由がわかった。俺の右の魔眼を通して、俺の憎悪や怒り、絶望や痛みを脳内に直接叩き込まれたからだろう。
つまり右の魔眼は、俺の『狂気』を他人に流し込むこともできるというわけだ。
俺の『狂気』は伝染し伝播する。まともな人間が俺の『狂気』を数分以上浴び続ければ、確実に精神が崩壊し、脳が死滅して植物状態に陥るだろう。
そして、右の魔眼の第二段階。――『思考伝達第二』。目を合わせた者に、強烈なショックイメージを流し込み、現実から切り離した幻覚を見せる力。つまりは幻術。
その目の名を――『幻視眼』。
「早くお前も来い。まだ私たちには仕事が残っているんだ」
前方から綴が俺を呼んだ。俺は赤く光る右眼を右手で覆い隠しながらうなずく。
そして右眼に集まる力を一気に拡散し、能力を解除した。
「よし、制御できる」
だが――ということは、先程詩乃をあれだけ頑張って罵倒したにも関わらず、俺の内心は詩乃にばれてしまっていたわけか。……さて、どうする?
「私は、透が私のことを大嫌いでも、私は透のことが大好き! 好きっ、好きなの……」
「……そうか。だが、俺はお前が嫌いだ」
詩乃に対して背を向けながら、絞り出すように低く呟く。
「私、強くなる! 今よりもっと! 透よりも強くなる! だから、そしたら絶対に透のことを迎えに行くから! 待っていて、私、絶対……つよ、く、強くなる……から」
「俺とお前が会うことは、もう二度とないだろう。さよなら、姫宮詩乃」
詩乃の涙声を聞きながら俺は思う。――お前のこと、本当は大好きだったよ。
前方にいるとはいえ、アリサが横目でこちらを監視している手前、詩乃には最後まで嘘をつかなくてはならない。本当に、詩乃には最後まで嘘をついてばかりだ。
……いや、この新たな力――『幻視眼』の『思考伝達第二』を使えば……
俺は最後に赤い右眼で詩乃の瞳を見つめ、幻術をかける。
詩乃の意識が書き換えられ、詩乃の脳内で、詩乃は俺に強く抱きしめられていた。
『今までありがとう。好きだったよ、詩乃。次は必ず……お前を守り抜くから』
幻術の中で、俺に最大限の好意を込めて囁かれた詩乃は涙を流す。
そして、そんな詩乃の思考を『洞視眼』が読み取る。
《――好きだった……か。今はもう違うんだね。あ~あ、私……別に透とだったら、一緒に死んであげてもよかったのにな。……いいよ、絶対また私に惚れさせてあげるから》
俺は肩で風を切り、アリサたちに合流した。詩乃にはすでに脱出経路を伝えてある。戦槌を持った覆面の男との戦いを見るに、詩乃はある程度の戦闘力を有していると俺は考えていた。それにあいつは元陸上部だ。逃げ足だけは速いだろう。




