042話 九条透VS『ウロボロス』
「詩乃ぉおおおおおおお! 俺を……俺を裏切ったなァアアアッ!」
両手で痛む頭を抱えながら叫ぶ。友達だと思っていた相手に。信じていた詩乃に。
「いや、お前は俺を裏切ってすらいない」
「そうか、透……記憶が戻ったんだ。そういえば、今日がリミットだったね」
いつも浮かべていた笑顔の代わりに、詩乃は俺に憐憫の情を向ける。
「なぜなら、最初からお前は俺の敵だったからだ。裏切ってすらいない、お前は俺を騙したんだ。無理やり記憶を弄って……俺はお前を……信じていたのに」
「透……話を、話を聞いて……もう一度だけ、私の話を」
「……なんだ?」
俺は覇気のない、諦めに満ちた目で詩乃を見つめる。
「私は、初めて透に会ったときは、確かに透の敵だったかもしれない。でも、ずっと透と一緒にいるうちに……透のことを……す、好きになって、透のことが大好きで――」
「――九条、やっと見つけたぞ」
詩乃の絞り出すような言葉を、前の廊下の角から現れた綴伊澄が遮った。
「おやおや、透さん。敵を一人倒したんですか? ……って、これ敵のボスじゃないですか! 粟国鋼鬼! うわー、獲物を横取りされました」
綴に続いて熊谷朱里まで姿を現した。そして、廊下の床に転がっている粟国の死体を見下ろす。綴と違って朱里の制服は戦闘によってボロボロになっていた。
「んー、敵を倒したのはいいですけど……駄目じゃないですか。一般人である姫宮さんに見られてしまっては」
朱里の目が細められる。心なしか綴の眼光も鋭くなっていた。
――マズイ。詩乃をここでこいつらに見られた以上、なんとかして守らなければならない。……いや、守る必要なんてあるのか? 詩乃は俺のことを――
「やぁ、透君。キミが無事で安心したよ。しかし、随分と深手を負ったものだね」
背後から藤堂アリサの声が冷たく脳に響く。俺と詩乃は前後に挟まれた。もう逃げられない。ついに三人が合流した形になる。それも最悪なタイミングで。
「残念ながら、決まりは決まりだ。彼女には消えてもらうよ。言っただろう、姫宮詩乃に『ウロボロス』の存在を知られてはならないと」
「……ま、待ってくれ! 実は詩乃は『超能力者監視課』の一員だったんだ。だから、別に俺たちのことを知られても困ることはないだろう?」
自分でも気付かないうちに、俺は詩乃のことを庇うように前に出ていた。
「ふっ、ふふ。キミは何を言っているんだい? 『超能力者監視課』なんてものは、我々『ウロボロス』の小間使いに過ぎない。要するにただの下っ端だ。下層の人間が上層部の秘密を知ることは許されないのだよ」
アリサが『超能力者監視課』を、ひいては詩乃の存在そのものを嘲るように言う。
「そうだ、キミに殺しの初仕事をやろう。そこにいる姫宮詩乃を――殺したまえ」
全身の血管が収縮した。一筋の冷や汗が頬を伝い流れ落ちる。
「肉親ですらその手で葬ったキミだ。何をいまさら躊躇うことがある? ……なんだ? できないのか? 期待外れだよ。まぁいい、とりあえず彼女をこちらに渡せ」
「い、嫌だと言ったら?」
「……ん? どういう意味だ? まさか自分を裏切っていた女を庇うつもりか? ふふっ、別の意味で面白いな、キミは。じゃあ特別に、キミにとってもいい条件を出してやる。姫宮詩乃をこちらに渡せば、今日付けでキミを『ウロボロス』の戦闘員幹部にしてやろう。平の戦闘員の状態で我々と一緒に行動させるのもいろいろ面倒だしな。これは粟国鋼鬼を倒した褒美も兼ねている。どうだ、キミの野望を叶える良い足掛かりになるだろう?」
「詩乃をお前たちに渡せば、本当に俺の待遇は良くなるんだろうな?」
俺の言葉に、詩乃が悲しげにうつむく。しかし、その目は最期まで俺を咎めるようなことはしなかった。自業自得、自分はここで見放されて当然だと思っているのだろう。
「もちろんだ。何回も言っているだろう、私は約束を守る女だ。早く彼女を渡せ」
「だが断る」
「…………は? えっと、それは冗談としては笑えないぞ」
「俺は覚醒した『洞視眼』で詩乃の過去を知った。彼女は間違いなく俺の大切な人だ。いままで脳があまりの情報量に混雑していたが……やっと記憶の整理が追いついたよ。すまない、詩乃。やっぱり俺は他人を信じることができないんだ」
でも今は世界を変革するとか漠然とした目的よりも、大切な詩乃を守ればいいんだ。
「俺は……ずっと独りだった……でも、詩乃は俺の秘密を知っても側にいてくれた。本当はそれが……嬉しかった。嬉しくて、嬉しくってさ……俺、詩乃のこと、詳しく調べたりはしなかった。……裏切られるのが怖かったから。だけど、それが間違いだったみたいだ。ごめんな、詩乃。今度は――俺が守るから!」
「どうやら、本気で言っているようだね」
アリサが俺の顔付きを見て身構える。背後から綴と朱里の闘気も感じた。
それに対し、俺は狂気を滲ませながら両腕をだらんと下げる。完全に防御を捨てたノーガード戦法。これは俺が決めた意志だ。退路はいらない。いけるところまでいってやる。
「詩乃は涙を流せない俺の代わりに、俺のために泣いてくれたんだ。だから、それだけでいい。俺が詩乃を守る理由はそれで十分だ」
「透君、遺言はそれでいいのかい?」
「ここですべてを出し切る! ――『鬼神化』!!」
これで二度目の『鬼神化』だ。
もはや逃げることはできない。歩んできた道は自ら崩したのだ。その道を振り返ることはできても、引き返すことはできない。しかし、それでいい。自分で決めたことだ。
「あと少しだけもってくれ! その代わりに……俺の命をくれてやる!!」
己の寿命と引き換えに、血流が急激に加速し、身体能力が爆発的に上がる。
「その力……命を削っているな。キミは、そこまでして……!」
「『思考読解第二』――狂気共鳴! ――『狂気の巣』!」
左眼が自分でも分かるほど紫色に妖しく輝く。そして、左の眼球を中心に、半径二十五メートル程の不可視の円が広がる感覚。その円がこの場にいる人間をすべて枠に捉えた。
俺は覚醒した左の魔眼――『洞視眼』により、思考の網を張り、狂気の檻を編む。
それはあたかも、蜘蛛の巣を張り巡らせるように。
「まったく、仕方ないな……伊澄、朱里、命令だ。――殺せ! 姫宮詩乃を!」
アリサの言葉を皮切りに、朱里が圧倒的な力を持って高速で接近してくる。
「考えてみれば、悪党の仲間が正義なはずもなかったのです。姫宮さんも『悪』だったんですね! ならば私が処刑します」
朱里の両拳に禍々しい殺気が強く宿る。そのまま彼女は俺に対し、『縮地』で一挙動にて間合いを詰めて『崩拳』――強烈な縦突きを放ってきた。
「正義執行――『跳歩崩拳』!」
「これ以上、俺の邪魔をするな! ――『鬼哭正貫突き』!」
互いの拳が両者中央で炸裂する。あまりの衝撃に互いの体が弾け飛んだ。
「正義は……必ず勝つんですよ!」
「違うな、朱里。勝ったほうが、正義になるんだ!」
身体操作された朱里の拳と、気血により硬化された俺の拳が、互いの急所を狙う。
しかし、俺がこうして朱里の相手をしている間にも、綴は淡々と詩乃の元に迫り、小刀で彼女の身を斬り裂こうとしていた。俺は一度朱里から距離を置いて、綴の凶刃を阻む。
「……ッ! させるか――『無影脚』」
威力を捨て、速さだけを極限まで追求した蹴り技。俺の右足が地面に足の影さえ映る暇もないほど速く、綴が詩乃の身を刻む前に、彼女が握る小刀を弾き飛ばした。
そしてそのまま俺は、詩乃を庇うように旋回しながら、アリサの前へと躍り出る。
アリサの発砲した銃弾が詩乃の体に吸い込まれる寸前に、裏拳の要領で手首を返した俺の左手首に嵌った――堅甲なる黒き腕輪が、凶弾を明後日の方向へ弾いた。
複数の人間の思考を完璧に理解し読み解くことによって織り成した、超近未来予知。
一定範囲内の人間の心を完全に読み取る、左の魔眼――『洞視眼』の第二段階。
「……キミに、戦闘面での活躍は期待していなかったんだがな。まさか我々三人相手に互角以上か。あの粟国鋼鬼を倒した時点で、いろいろと察するべきだったかな」
アリサが大きくため息を吐いた。それに伴い、形よく張った大きな胸が上下に揺れる。
対して俺は、ポケットに両手を突っ込みながら、あえて余裕の表情を浮かべた。
「だが、透君。忘れてもらっては困るよ。キミのその左手首に嵌った腕輪」
アリサは制服の袖が裂けて剥き出しになった、俺の黒い腕輪を指でさす。
「キミが私を裏切れば、その腕輪を介してその全身に毒が回ると言ったはずだがね」
「お前こそ、忘れているんじゃないか、アリサ」
「……なんだと?」
「俺の体に毒が回って死に至るのは、装置が作動してから十五分後だ。それだけあれば、俺にとっては十分なんだよ」
「……透君……まさかキミは……!?」
「ああ、精神も肉体もそろそろ限界だ。悪いが、死ぬ覚悟はできた。あとは詩乃さえ守り切れれば、もうここで終わっても構わない。だから、俺の命と引き換えに、お前たちも全員――地獄の底に引きずり込んでやる」
地の底から響くようなおぞましい声に、俺以外の全員が畏縮し怯える。
「ざ、残念だが、透君、もしキミが死力を尽くして我々三人と戦ったとしても、私の計算では一人、いや、よくて二人を道連れにするのが限度だろう。残った一人にキミの大切な姫宮詩乃は、確実に殺されてしまうぞ? それとも、やってみなければ分からないと無謀に吠えるか? さて、どうする、透君?」
「ふっ、確かにそれは難しい問題だな。だが、俺ならこうする」
俺は右腕を高く掲げ、パチンと指を鳴らす。
その直後、廊下後方の教室が轟音を立てて爆発した。
「なっ、何が!?」
「フハハハハハ、震えあがれ! そして困惑しろ。この俺に恐れを抱け!」
俺以外の全員が目を剥く中、俺は詩乃にとあるメッセージを告げた。
「詩乃、携帯に送ったメールを見ろ。パターン2ルートEを使え」
「これって……」
詩乃が制服から携帯を取り出し、俺が先程ポケットの中で送った、元から作成しておいたメール内容を見て、驚愕に目を見開いた。
そこに表示されているのは、あらゆる状況を想定して組み上げられた、非常用脱出経路だ。様々なパターンによって、爆破の影響を受けないルートを計算してある。
少しでも多くの人に楽しんでもらえればと思ってここまで更新してきました。
しかし自身の新人賞投稿作も完成させなくてはならないので、特に要望や反響がなければ『世界変革の魔眼王』はこの第一部で完結します。
もうしばらくお付き合いの程よろしくお願いいたします。最終話まで残り?話。




