041話 姫宮詩乃Ⅱ
姫宮詩乃は、小学六年生のときまでは、どこにでもいるような普通の女の子だった。
そんな彼女に不運な転機が訪れる。それは両親の事故死。詩乃と父親と母親の三人で買い物に出かけた帰りに、飲酒運転をしていたトラックと衝突。両親はその場で死亡。
詩乃だけが重傷を負ったまま病院に担ぎ込まれ、なんとか蘇生された。
その際に、詩乃は両親の死というショックで、事故当日の記憶を失ってしまう。
その後、半年以上祖父母のもとで世話になっていた詩乃だったが、彼女はとある奇妙な能力を手に入れたことに気付いていた。
――『記憶の改竄』。それが事故によるショックで手に入れた、姫宮詩乃の超能力。
相手の頭に十秒間、自分の【右手】で触れることで、対象から一つだけ記憶を消去することができる。記憶を消してから最長で一週間――百六十八時間経つと、対象から消去した記憶は元に戻る。(このときの時間調整は最長以下なら詩乃の意思で操ることが可能)
なぜなら、詩乃の能力は記憶そのものを消滅させるものではなく、意識の片隅に記憶を流し、認識させないようにしているだけだからだ。
そして、その能力は百六十八時間経つ前に、再び同じ相手の頭に十秒間【右手】を置くことで、もう一度記憶消去持続時間を百六十八時間にまで戻すことができる。
さらにもう一つ、この能力は長時間対象の頭に【左手】を置くことで、新たな記憶を一つだけ植え付けることが可能であった。この力の持続時間はおよそ十二時間である。
やがて、詩乃は超能力者を感知することができる超能力者に補足され、日本政府の勅命を受けて『超能力者監視課』に入った。
そこで彼女は特殊訓練を受け、監視対象『九条透』の通う中学校に編入する。
詩乃は透を監視するために仲良くなろうと近づいたが、透の『洞視眼』により、自らの本性を暴かれてしまう。
そのとき詩乃は、透の(姫宮詩乃は九条透を監視するために遣わされた敵だという)記憶を消去し、自らに姫宮詩乃は九条透のことが『好き』だという感情を、記憶改竄によって植え付け、さらに己が『超能力者監視課』の一員であるという記憶を消去した。
その結果生まれたのが、一切の打算なしに透のことが好きな、姫宮詩乃という少女だ。
そうして少女は長い時間をかけて、九条透の信頼を勝ち取った。
昼は中学で愛しい透と幸せな日常を過ごし、夜になり政府に与えられた家に帰れば、自分が『超能力者監視課』の一員で、九条透は自分が好きな相手などではなく、政府の監視対象者だという記憶を取り戻す。
そして朝にはまた自らの記憶を改竄し学校に通う。そんな毎日が続いた。
しかし『超能力者監視課』にとって、予想だにしなかった誤算があった。
それは姫宮詩乃が九条透と触れ合う中で、偽りではなく真の愛情を抱いたこと。
詩乃は毎日透と一緒に過ごすうちに、彼のことを本当に好きになってしまった。
姫宮詩乃は――九条透をどうしようもなく愛してしまった。
透と出会って一年。詩乃は学校に行く前に姫宮詩乃は九条透のことが『好き』だという感情を、記憶改竄によって植え付ける必要がなくなっていた。だって本当に好きだから。
詩乃は透が『洞視眼』を使って私利私欲のために、日本にとって重大な企業を潰していることを知っていたが、彼女はそのことを『超能力者監視課』に報告しなかった。
報告することによって、透が『超能力者監視課』に粛清されることを避けるために。
上には偽りの報告をしてある。詩乃は透のために『超能力者監視課』を裏切っていた。
やろうと思えば、透に新たな記憶を植え付けて都合のいい玩具にすることもできたのに。
だが、そのことを透には知る由もない。詩乃に改竄された記憶が時間切れにより元に戻ったのならば、彼には詩乃が自分のことを裏切っていたようにしか思えないだろう。
事実、元はといえば、姫宮詩乃は九条透にとって敵対者だったのだから。




