表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔眼の王~思考読解の邪視~  作者: くろふゆ
  第四章 君が代わりに泣いてくれたから true memory
43/65

039話 九条透VS粟国鋼鬼Ⅳ

 一体、どれくらい戦っているのだろうか?

 永劫にも刹那にも感じる、時間感覚が麻痺するほどの局地戦。

 激しい戦闘により、廊下の窓ガラスは全損。壁には至る所に穴が開き、教室の扉は吹き飛んでいた。天井の蛍光灯もすでに粉々に割れている。

 廊下に飾られていた花瓶が割れ、黄色い春の花、クスノキ科の常緑高木である、ゲッケイジュが床に落ちてしなびていた。


「なぁ、粟国……知っているか。この花はゲッケイジュと言うんだ。そしてゲッケイジュ全般を示す花言葉は、栄光、勝利、栄誉。この勝負、俺が勝たせてもらうぞ」

「ハッ、軽口はよせよ。オレはただ、お前との熱い殺し合いを全力で楽しむだけだ」

「ふん、そういえば、ゲッケイジュの葉の花言葉は、私は死ぬまで変わらない、だったな」


 廊下は深い闇に包まれ、それを夜空に浮かぶ月明かりが照らしていた。

 まるで二人が繰り広げる死闘の決着を見定めるように。


「何の因縁もねぇ、今日初めて会ったようなやつと殺し合う。九条、それがこの世界だ」


 二人とも、とっくに体は限界を迎えていた。おそらく次の一撃で決着がつくだろう。

 連綿と続く攻防の中、先に粟国が戦いを決めにきた。


「刻め――『風刃ふうじん断空連斬だんくうれんざん』!」


 刀身に風を纏った太刀が、一瞬のうちに何度も白刃を煌めかせる激しい斬撃。

 瞬きをする余裕すらない。目を見開く。背筋に冷たい汗が垂れ、全身に鳥肌が立つ。

 それでも俺は『洞視眼どうしがん』を酷使し、その攻撃を先読みして躱しきった。


 しかし、追随する『鎌鼬かまいたち』でその身を浅く切り裂かれる。

 だが、その痛みを無視して、俺は粟国ではなく粟国の握る太刀に渾身の一撃を放った。


「――『赤手腕刀せきしゅわんとう白刃しらは折り』ィィ!!」


 体ごと回転させて右腕に気血を送り硬質化。そのまま右腕を刀のように粟国の太刀の側面を狙って振り下ろす。猛烈な破砕音が鳴り響き、粟国の握る太刀の刀身がへし折れる。


「――勝った!」


 そう思った瞬間、俺は腹部に風の弾丸を三発叩き込まれ、勢いよく後方へ吹き飛んだ。

 背中から廊下の壁に叩き付けられ、肺から空気が抜ける。そこからなんとか反撃しようと試みるが、もう体が動かなかった。その隙に、風を纏って加速した粟国が高速で接近。

 粟国の大きな左手に首を絞められる。じたばたと足掻くが、まるで抜け出せない。


「どうだ、苦しいか? それが生きるってことだ。九条、お前の目はすべてを見透かしているようでいて、その実何も見ちゃいねぇ。逃げているんだよ、お前は」


 利いた風な口をきくな、と鋭く睨み付けるが、もう抵抗する力は残っていなかった。


「依頼人には悪いが、お前はここでオレが殺す。せっかくオレを楽しませてくれたんだ。生きて捕らえるなんてチャチなまねは、礼に反するからな。ここで華々しく散らせてやるよ。お前がもっとも美しく輝いている今、これ以上醜くなる前にオレが殺してやる」


 依頼人――ということは、粟国の上にはまだ誰かいるのか? と考えると同時に、自分が冷静な思考力を取り戻していることに気付き、そして『狂気』による肉体強化が切れかけていることにも気付いてしまった。


「……ぐっ……かはっ! ……一つ、聞かせて……くれ」

「なんだ?」

「もし、俺がお前に殺されれば、詩乃はどうなる?」

「……詩乃? ああ、あの女のことか。もちろん、殺すに決まっているだろう」


 粟国がニタリと笑う。なら、たとえこの命が燃え尽きても、俺がこいつを殺――


「そういや、さっきのは効いたな。浸透双掌波しんとうそうしょうはってやつ。どれ、オレもやってみるか」


 粟国が右手のひらに風を操り、どんどん圧縮していく。

 ――マズイ。このままでは本当に殺される。

 俺はどうにかして逃げ出そうと必死に体を揺すったが、粟国の左手で首を絞められ、意識が朦朧とし、どんどん力が抜けていく。


「……お、俺は……ここで……死ぬのか……?」

「ああ、そうだ。お前はここで死ぬのさ。このオレに殺されてなぁ!」

「そう……か。………………かあ……さん」


 無意識のうちに、俺はその名を口にしていた。

 ……なんだろう……この感じ……前にもあったな……苦しいよ。


「よくも……」

「あぁ、今……オレは生きている! 楽しかったぜ、九条。――――じゃあな!」


 粟国の右手のひらが、俺の腹部に勢いよく押し込まれた。

 その瞬間、圧縮された風が爆発。猛烈な衝撃が全身を襲い、臓器をかき回される感覚が押し寄せる。皮膚と血が弾け飛び、内臓に深刻なダメージを負う。


「ごご、ぐ、ががぁあああ……ぁ、がぁ……ぁぁ、ッぁぁあ……ごぼっ……!」


 激痛などという表現すら生温い。神経を溶かされるような荒れ狂う幾千もの蹂躙。

 嘔吐するような勢いで喀血する。溢れ出た鮮血が傷ついた肌にゆっくりと染み込む。


 そして、徐々に目の前が暗くなっていき、頭が朦朧とし意識が遠のく。

 口はだらしなく半開きで舌を出したまま、瞬きをすることも忘れた眼球は、もはや死人の様相に等しかった。霞んだ目を見開いたまま、ゆっくりと俺の時間は止まっていく。


「……ここまで……か。……長いようで……短い……人生……だっ……た……」


 どうやら俺の命はここで潰えるようだ。だが、粟国にも十分なダメージを与えてある。

 今なら詩乃だけでも無事に逃げ切れるだろう。そう思い、俺は静かに瞑目した。

 ……俺の一生は、これで終わりだ。それでも、詩乃の人生は続く。

 ならば、俺はあの世でそれを見届けようじゃないか。


 やがて、世界から完全に音が消えた。

 俺の目は開かれていながらも、すでにその瞳には何も映していない。

 今まで、俺は傘も差さずに、悲しみの雨の中を駆け抜けてきた。何度も何度も壁にぶつかりながら、暗闇の中をずっと独りで彷徨ってきた。他人の思考を読む能力に目覚めてから、辛いことばかりだった。苦しいことばかりだった。痛いことばかりだった。それでも俺は、生きた。最後の最後まで、醜く生にしがみついて、必死に生きた。


 脳裏を様々な記憶が、矢のように駆け巡る。その中には、僅かではあったが、楽しかった思い出もあった。掠れゆく命の灯を燃やして、俺の意識は虚空へと手を伸ばす。

 短い人生の中で、一番幸せだった記憶をその手に握り、俺はこの世から去るのだ。


 しかし、皮肉にも俺の意識が最後に掴み取ったのは、壮絶なる孤独の原点となる記憶。

 死にかけていた両の眼球が、熱く、熱く燃える。憎悪の炎を激しく滾らせて。


 ★ ★ ★ ★ ★ 


 ――ここはどこだ? 薄く目を開けると、豪奢なシャンデリアが天井で揺れていた。

 俺の体に誰かが覆い被さるように跨って、俺の細い首を両手で絞めている。

 抵抗しようにも、体が小さくて力が出ない。……体が小さい?


 そうか、これは過去の記憶。まだ俺が小さな子供だった頃の。

 幼い俺の首を絞めている女――九条里奈、俺の実の母が綺麗な顔を歪めて笑っていた。

 母さんがまだ生きている。これは俺が孤児院に隔離される少し前の出来事だ。


『私はあなたを育てるのに失敗した……あなたは生きていてはいけないの』


 あの日、俺は幼少ながらに思った。そうか、自分はここで死ぬのか、と。

 ――心が壊れた。炭みたいに黒く焼け焦げて、灰みたいに粉状にすり潰される。

 感情が悲しいと泣き叫び、思考がなぜ? と問いかけ、感覚が痛いと酷く怯える。

 ……もう誰も信用できない。


 だから、金に対する異常な執着を見せた。それさえあれば生き残れるから。

 しかし、あるとき俺は、人の心は『力』で支配できることに気付いた。

 それから俺は力を求めた。他者がひれ伏すような圧倒的な力を、『王』の力を――

 そういえば、母さんはあのとき俺になんて言ったんだっけ?


『この悪魔! やっぱり、あなたのことなんて、産まなければよかった!』


 あぁ……そうだ。そうだよ。俺は悪魔だ。

 じゃあ、その悪魔の子を産んで育てたお前たちも悪魔なのか?

 幼い俺に、そう問い返すことはできなかった。

 そんなことよりも、今までなんの問題もなく幸せな家庭を築いてきたというのに、一気にその関係にひびが入り、瞬く間に崩れていったことのほうが衝撃的だった。


『あなたの罪は、この世に生きていること。だから、透……死んでちょうだい』


 母さんが俺の瞳を、悪魔の目と呼んだから、この目は――『魔眼まがん』。

 ――あのときだ。全部あのときから始まった。

 無数の人間から向けられる憎悪と怨嗟の呪いを吸い上げ、俺の悪意が世界を黒く覆い尽くしていく。あの日、俺の中の『狂気』が目覚めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ