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魔眼の王~思考読解の邪視~  作者: くろふゆ
  第四章 君が代わりに泣いてくれたから true memory
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037話 九条透VS粟国鋼鬼Ⅲ

「……い、痛い! 痛い痛い痛い痛いぁああああ、誰かぁ、誰か助けて……ごぼっ!」


 咳き込むように喀血。口内に鉄の味が広がり、唇の端から血が垂れた。


「あああああ、あ、頭がァァあ、崩れるぅううウう!」


 体内に流れていた血液が、俺の外皮を赤く、赤く侵蝕していく。

 目からも血の涙が溢れ、赤い雫は頬を伝って床に零れる。


「透っ! 凄い血の量……私が、私が透を助けないと」


 誰かが俺に近づいてきた。女の声が聞こえる。何を言っているのかよくわからない。


「あ、ああ、嫌だ。痛い、痛いっ。誰か、誰でもいいから『僕』を……助けてくれ……誰かぁ、誰か俺を、『僕』を助けて……俺を、だれか、だれか、だれかぁ~……」


 何も考えられず、うわ言のように、「誰か」と呟く。


「……九条。お前、もしかしてPTSD(心的外傷後ストレス障害)か?」

「それって……」


 太刀を持った知らない男の問いかけに、高校の制服を着た知らない女が反応を示す。


「自分の命が危険にさらされたり、人としての尊厳が傷つけられたりすることによって生じうる疾患だ。そしておそらく、そいつの目元にある濃い隈は睡眠障害だろう」


 太刀を持った男がこちらに近づきながら続ける。


「オレが今までに戦った二人の『狂化者』は、二人とも戦闘の最中に発狂して死んだ。人が抱える闇は人が思っている以上に深い。特に『狂化』状態にまで至るような人間の人生なんて、ろくなもんじゃなねぇからな。己の『狂気』を律することなど普通は不可能だ。その領域に手を出せば、やがては狂い死ぬ」


 男は遠目から俺のことを憐れむような目で見た。


「強烈な破壊衝動に飲み込まれることなく『狂気』を飼い慣らした者が『狂化』の適合者だ。だが、お前には無理だったようだな。お前は『狂化者』の出来損ないだ。九条、お前には失望したよ。そのまま渇いて死ぬんだな。恨むなら己の非力さを恨め」


 体が鉛のように重い。膝を立てることができない。拳が握れない。


「……だれかぁ、助けてよぉ……『僕』を助けて。なんで、なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ。誰か、代わってくれよ。だれか、誰か……誰か『僕』を――」


 誰かが、この状況を変えてくれると思っていた。誰かが、俺のことも幸せにしてくれると思っていた。誰かが、俺を守ってくれると思っていた。


「――――――――――誰かって、誰だ?」


 ……他人に頼ってどうする? 『僕』は、俺は、誰の力も助けも借りずに一人で『僕』が、俺の力で、手に入れる。勝ってすべてを、手に入れる。


「ふはっ、フハハハハハハハハハハハハ、アアアアぁあ!」


 奇妙な笑い声を上げながら、俺は自らの傷口に指を深く突き刺した。


「ぐあっ! ぁはぁあぁ♪ この痛みだァ、痛い、痛いィィ、けど生きてるぅう!」


 床にうずくまったまま腕を歪に交差し、目を剥き顎と頭に両手を添えて首をひねる。


「ひひ、『僕』の体は俺のもンだァ。狂気なんて、征服、支配してやる!」


 生命の危機に、狂気の加速が拍車をかける。

 だが、俺は常人には制御できぬ狂気を、人知を超越した精神力で強引に従わせた。


「お前……ついに気が狂ったか。仕方ねぇ、廃人になる前に捕獲する。その前に、オレたちのことを知ってしまった、この女は殺すぞ!」


 粟国が詩乃に太刀を振りかざした瞬間、俺は詩乃の首筋を掴んで後方へ投げ飛ばした。

「きゃあっ」と詩乃が短い悲鳴を上げるが、それに構っている余裕はない。


「下がってろって、言っただろ」

「……透、意識が戻ったの……?」


 俺は無言でうなずき、粟国を鋭く睨み付ける。互いの凶眼が歪に絡み合った。


「約束して、透。必ず勝つって。勝って私のもとに戻ってくるって」

「わかった。今度こそ、俺はお前との約束を守る」

「ははっ、面白い。滾るねぇ! ただのガキかと思いきや、無手でオレの太刀と互角にやり合い、今もなおその闘志は失せることなくオレをビンビン射抜いてくる。最高だぜ、お前。最高の殺し合いだ! もっと、もっとオレを、高みに連れて行ってくれッ!!」


 こいつを倒すには力が足りない。でも詩乃は誰にも殺させない。そのためなら――


「詩乃は俺が守る! あいつはもう、俺と初めて出会ったときのことなんて覚えていないかもしれないけど……それでも、それでも俺は、俺の荒んだ心に平穏を与えてくれた彼女を守ると――俺自身の心に誓ったんだ!! だから――」


 粟国との圧倒的力量差を覆すには、もう正気ではいられない。人ではいられない。

 人間であることを捨て――鬼神になるしかない。

 全身に気血を巡らせ、筋肉を鋼のように硬化させる。


「喰らえ、俺の肉を! 吸え、俺の血を! よこせ、こいつを殺す力を!」


 鎮痛作用のあるβ-エンドルフィンが過剰分泌され、全身を掻き毟りたくなる衝動に襲われる。ジワジワジワ、ドクドク、毒毒毒、ドクンドクン。心臓が早鐘を打つ。


「そうだ、それでいい九条! 無駄に生きるな! 戦って、戦って、熱く死ね!! 命をかけた死闘のみが、オレの体を熱くするッ! それがオレの生きがいだぁ!」


 ヒートアップした粟国の凶眼が俺を射抜く。風を纏った太刀を大きく回して構える。


「九条! お前は……お前はなぜ戦う? なんのために戦う? なぜそうまでして抗う? お前の生きる理由とはなんだ!?」


 自分を満足させてくれる敵と戦いたい、それが粟国鋼鬼の生きる単純明快な理由。

 ならば、俺の生きる理由とはなんだ? 九条透の生きる理由とはなんだ?

 それは世界を変革するためだ。アーシャとの約束を果たすためだ。

 でもそんなものは、自分の行いを正当化するための建前に過ぎない、ただの目的だ。

 俺が生きる真の理由は――


「俺は……誰よりも強くなって、自分の人生をやり直すんだッ!」


 理不尽なこの世界も、醜く穢れた自分の心も、全部、全部変えてやる。


「本当は俺だって……幸せになりたいんだよ! ただ、それだけなんだ!」


 爆発的な脚力で地を蹴り、風を切る疾風の如く、粟国の下へと接近。狂気に歪んだ笑みを浮かべ、自ら粟国の眼前へ打って出る。勝利は挑む者にしか訪れない!


「バカが! 自ら死にに来たか――『風刃ふうじん金翅鳥王剣こんじちょうおうけん』!!」


 太刀を大上段に取り、気魄で敵を圧しながら制する必殺の斬撃。暴風を纏った刃が迫る。


「そのためには……お前が邪魔だアアアアアァァァ!!」


 気炎を吐き、歯を剥き出しにして嗤いながら、俺は粟国に正面から立ち向かう。

 俺の体を真っ二つに叩き斬る勢いで振り下ろされた太刀を、腰から引き抜いた二本の戦闘用ナイフを逆手に握り、全力で白刃を受け止める。

 あまりの衝撃に床が爆ぜた。両腕の筋肉が膨張して赤くなり、ビキビキと血管が不気味に浮き上がる。烈風が制服の袖をはためかせた。


「俺は、俺が幸せになるために、お前を殺す。お前には――踏台になってもらう!」

「ぐっ……お前の右目、赤い、紅の瞳……なんだその目は、聞いてねぇぞ……!」


 脳内に激しい電流が走り、右眼周りの皮膚がズクズクと焼けるように疼く。


「アアアアアアアアアアアアアアアッ! 粟国ィイィィィ!」


 猛然一撃。俺は力尽くで太刀を押し切った。二本の戦闘用ナイフの刃がへし折れるが、粟国の太刀を握り締めた両腕を跳ね上げることに成功する。戦闘用ナイフが二本とも折れようが構わない。そんなものより、身を削って鍛え抜かれた俺の拳のほうが何倍も強い。


「今だ! ――『諸手鉄槌もろててっつい打ち』ッ!」


 刀身の折れた戦闘用ナイフを左右の手に握り締めたまま、両手で弧を描いて挟むように、粟国の脇腹を握り拳の小指側の面で、左右から鋏で胴体を切断するように打ち込む。


「ぐぉぉおっ、がッ、ぁあああ、クソガキがあああああああああっ!」

「決めるぞ――『絶招ぜっしょう浸透双掌波しんとうそうしょうは』!!」


 絶招、つまりは奥義。中国武術における発勁の一つ、『浸透勁』と『双掌打』の合わせ技。下半身の筋力と推進力を背中の筋肉で増幅させ、至近距離から両手のひらを粟国の体に密着させた刹那――強く前に踏み込み、体をねじる勢いを加えた『勁』を与える。

 体の外部と内部を同時に破壊する、必殺の掌打。


 それをまともに受け、粟国は勢いよく吹っ飛び、床に倒れ込みながら激しく喀血した。

 粟国が顔にかけていた、薄い青の色眼鏡のレンズが砕け、粉々になって宙に舞う。

 おそらく、やつの内臓はぐちゃぐちゃになっているだろう。


 しかし、俺も顔面に圧縮された『風の弾丸』を受け、頭から後方に倒れる。

 恐ろしいことに、粟国は俺の攻撃を受けながら、風を操る超能力で反撃していたのだ。


「ぐっ、ふふふふふ、ふはははははははは、最後は捨て身か、九条ッ!」

「フ、ククククク、ハハッ、フハハハハ……不快なんだよ! 粟国ィ!」


 俺も粟国もゆっくりと体を起こす。そして両者から奇妙な笑い声が漏れた。


「これでいい、殺し合いとはこうあるべきだ! じゃなきゃ面白くねぇぜ、なあ九条!」


 寿命を削って『気血』を循環させる。心臓が爆発しそうなほど鼓動を速めていく。

 勝つためには――命を捧げなくてはならない。

 神経が焼き切れ、脳が破裂しそうなほどの負荷が、今の俺にはかかっていた。

 戦闘による興奮で半ば痛覚を遮断しているが、それもいつまで持つかわからない。


 しかし、俺は自らの体が破滅へと近づいているのを感じながらも熱い闘志を滾らせる。

 副腎髄質よりアドレナリンが分泌され、心拍数と血圧が上がり瞳孔が開く。


「俺の命など、どうにでもなればいい。ただ、詩乃が笑って生きてくれるなら!」

「さぁ! 互いの信念に従い、己の命をかけるとしようか! 九条、オレを……オレをもっと楽しませてくれッ!」

「粟国鋼鬼――お前にはここで死んでもらう」


 ――戦いは最終局面へ。

 俺と粟国は同時に大きく踏み込み、荒れ果てた廊下中央で激突。

 フロア全体に激震が走った。鬼気迫る一進一退の攻防。

 互いの全存在をかけた『狂拳』と『狂剣』が鎬を削る。その命を擦り減らして。


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