036話 九条透VS粟国鋼鬼Ⅱ
「お前『狂化者』か? これまでにもオレはお前みたいなやつと戦ったことがある」
「その戦績は?」
「お前も入れて――三連勝だッ!」
咆哮搏撃。粟国が太刀を勢いよく振りかざす。鋭い連続の斬撃を、俺は『洞視眼』で先読みし、脳内麻薬の分泌による強引なドーピングで強化された肉体で捌く。
しかし、風を操作して生んだ『鎌鼬』が俺の頬を裂き、数歩後退しよろめかされる。
「ぐっ……がぁあ!」
その隙をついて、粟国が風を纏って目にも留まらぬ速さで接近。
横薙ぎに払われる、稲妻のような一閃。だが、予めその攻撃を『洞視眼』で読んでいた俺は、その場に低く屈んで太刀を躱し、迎撃のカウンターを粟国の足元に見舞う。
「――『前掃腿』!」
その場に低くしゃがみ込んで円を描くように右足払いをかける。
剣士の弱点は下半身だ。床に倒して寝技に持ち込めば……
そんな俺の思惑を、粟国の履く鋼鉄の戦闘用ブーツに阻まれる。
「くっ、硬い! 風を操る能力があるから、機動力を捨てて防御に回しているのか!?」
粟国は十字斬りの要領で、横薙ぎにした太刀を頭上に掲げ、続けざまに振り下ろした。
「これで終わりだ――『金翅鳥王剣』!!」
太刀を大上段に取り、気魄で敵を圧しながら制する高度な奥義が炸裂する。
俺は必死に左手首の腕輪部分で防ぐが、凄まじい衝撃で廊下の床がベコンと音を立てて陥没した。左腕に右手を添えて全力で防御に回ることでなんとか凌ぐが、両手は痺れ下半身の筋肉は断裂しそうになる。それほどまでの圧倒的な威力。
全体重を使って太刀を押し込んでくる粟国に対し、俺は『前掃腿』で前に出した右足を粟国の両足に巻き付けるようにして体を旋回。粟国の背面に地を這うように滑り込む。
「――『穿弓腿』ッ!」
右手一本で体を支えながら、右足を弓状にしならせ、左足を真上に蹴り上げる。
剛脚は振り返った粟国の体を捉えた。左の蹴りが腹から胸にかけて身を穿ち削り取る。
しかし、その蹴りが顔面を捉える寸前で、粟国は咄嗟に首を後ろに倒した。
蹴りによるダメージで粟国がふらついている隙に、俺はそのままバク転で後退。
そして続けざまにバックステップ。ついに、粟国から距離を取ることに成功した。
「これで拳銃が使える。終わりだ、粟国!」
腰からベレッタM9A1を抜き、そのまま一切の躊躇いもなく銃撃。
強烈な反動が腕を跳ね上げ、発砲炎をまき散らす。
黒い弾丸が吸い込まれるように粟国へ迫り、黄金色の薬莢が緩やかに地に落ちていく。
「ふん、児戯だな。――『円環風壁』」
粟国はつまらなさそうに鼻で笑うと、太刀を回転させることで何重にも編み込んだ分厚い風の壁を作り出し、あっけなく銃弾を防いだ。
「……チッ、クソガキが。せっかく盛り上がってきたっていうのに、銃なんかで水を差しやがって。お前の実力は見極めた。残念だが、今度こそこれで終わりだ!」
俺が驚愕に目を見開いている隙に、粟国が酷薄な笑みを浮かべて一閃。
「――『風刃・飛影斬』!!」
気付けば、俺は――胸から腹部を斜めに深く切り裂かれていた。
宙に鮮血が舞うのを遅れて認知する。
「……え……?」
っ、斬られ、タ? でも、粟国との距離は十分にあるはず……
「……ひ、飛距離のある風の斬撃? そんなの……ありかよ……」
激しい血飛沫を上げ、どろりとした赤い血が皮膚の下から垂れ落ちた。
地に足が沈む。体が重くてまともに立っていられない。
上体を下半身が支えられなくなり、膝から無様に崩れ落ちる。
廊下の床が溢れる鮮血で染まっていく。
「……あ……あっ……ああ……ァ!」
――負けた? 俺が……負け? じゃあ、俺は……弱者?
「い、嫌だ、奪われる。また奪われる! 全部取られる!」
胎児のように丸くなり、自分の体を抱きすくめる。
「なんで! なんで俺だけこんなに奪われないといけないんだ? これ以上、俺から何を奪うつもりだ? 嫌だ、嫌あぁ、戻りたくない……弱い自分に戻りたくない……」
「武器を持たぬ素手でよく戦った。オレは今、とても満足している。極上の快楽だ。殺し合うことで生きていることを実感できる! 惜しむらくは、最後の最後で銃などという、チャチな玩具に頼ったことだ。それがお前の敗因だよ、九条透」
「何もない……俺にはもう、何もないんだ……」
――勝てない。今の俺では絶対に勝てない。
「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
毒々しく紫色に染まった目を剥き、激痛と苦悶にのたうち回る。
「は、ははっ……そうだ、どこか遠いところへ行こう。ここじゃない、別の世界へ……」
無様に床でのたうち回りながら、何もない空間へ手を伸ばす。
弱音に支配され、自らにかけていた強烈な自己暗示が解けた。強者という偽りの自分から、元の弱者へと引き戻される。そして、張りつめていた緊張が一気に崩壊する。
「……ダメだ……『狂気』を制御できないィ……」
底無しの沼に沈んでいく感覚。全身を蝕む無窮の闇に、俺は意識を手放した。




