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魔眼の王~思考読解の邪視~  作者: くろふゆ
  第四章 君が代わりに泣いてくれたから true memory
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035話 九条透VS粟国鋼鬼

 東棟と西棟を繋ぐ渡り廊下を音を立てずスムーズに渡っていく。その際に一人、覆面を被ったテロリストを目にしたが、幸い向こうの視界にこちらの姿は捉えられなかった。


 東棟から西棟に移り息を潜めて進む。角を曲がると二年生の教室が見えた。

 目に映ったのは、慌ただしく二年二組の教室の扉を開けて飛び出してくる詩乃の姿。

 俺が詩乃に声をかけようとした瞬間、詩乃の後を追って覆面を被った男が現れる。

 その男が右手に持つ武器を勢いよく振りかぶる。


「あれは、戦槌!?」


 戦槌ウォーハンマー――鎚状の柄頭を備えた殴打と打撃用の武器だ。

 詩乃は振り下ろされたそれを、ギリギリのところで避ける。

 狙いを外した戦槌が校舎の壁を粉砕した。あんなものを食らったら死んでしまう。

 隙をついて、詩乃が戦槌を持つ男の右腕に飛びつく。戦槌を奪うつもりなのだろう。


 だが、その勇敢な行為に、男の口元が邪悪に嗤う。

 ――転瞬。男の右手に握られていた戦槌が、左手に瞬間移動した。

 詩乃の目に驚愕と怖気が映る。男はそれを意に介さず戦槌を振り下ろす。


「ハハッ、残念だったな。これがオレの能力――」


 目を固く瞑った詩乃に、覆面を被った男の戦槌が直撃する――その刹那、颶風ぐふうの如き速度で接近した俺の左上段蹴りが男の左腕を穿ち、戦槌を後方に弾き飛ばした。


 突然の出来事にうろたえる男を前に、俺は着地した左足に右足を継ぎ足で引き寄せ、高速で体を半回転。腕を水平に交差させ、全身にひねりを加えた右足刀蹴りを男の顔面に叩き込む。


「ク……ッソが、なんだ、お前!」


 教室の扉に勢いよく叩き付けられた男が、咄嗟に反撃の左ストレートを放ってくる。


「――『托槍掌たくそうしょう』!」

 俺は右の手で顔を守り、左の手を仰向けにして男の喉元へ突き出す。

『八卦掌』における攻防一体の技。男の下顎が勢いよく跳ね上がった。

「――『螺旋貫手らせんぬきて』ッ!」

 がら空きになった男の鳩尾に、俺は体全身にひねりと回転を加え、左腕を引き手にして物凄い勢いでねじった右腕で強力な貫手を放つ。

 右腕が竜巻のような螺旋を描いて男の体を貫いた。鮮血が辺りに飛び散る。


「お前の能力は、手のひらに握った物を反対の手のひらに移動させる力。そうだろう?」


《……紫……その左目……そうか……お前が九条……と……お――》


 口から浅く息を吐きながら残心。男の気絶を確認する。


「詩乃、大丈夫か?」


 振り返って詩乃の安否を確認する。その瞬間、詩乃と目が合ってしまう。


「お、俺の目を見るな!」


 咄嗟に左目を左手で覆い隠す。

 詩乃にもあまりこの目を見せたくなかった。これ以上、嫌われたくなかった。

 落ち着け、と自分に命じながら、俺は左目に集中していた意識を拡散させる。

 その瞬間、詩乃が俺の腰に背後から抱き付いてきた。


「透……私なら、大丈夫だよ。その目だって、私なら大丈夫。心配しないで」

「……俺が、気にするんだよ」

「大丈夫、大丈夫だから。これ以上、自分を嫌いにならないで。透、自分のことを愛せなきゃ、他人のことも一生好きになんてなれないよ」


 詩乃が俺の腰に抱き付いたまま優しく呟く。小さくも柔らかい胸が押し付けられる。


「お前……俺が怖くないのか? 今だって、テロリストを倒したんだぞ」

「なんで? 全然怖くないよ。だって、透は私のことを助けてくれただけじゃん。私を守ってくれて、ありがとう」


 背中に伝わる感謝の気持ちと詩乃の温もり。


「べ、別に……あれぐらいの相手なら、俺がなんとかできる。詩乃、ここから逃げるぞ」


 いつまでもこんなところにとどまっているわけにはいかない。

 また、いつ新たな敵が現れるかわかったものじゃないからな。


「とにかく校舎から出よう。生徒たちは体育館に軟禁されている。体育館の反対側の茂みに隠れて警察が来るのを待てばいい」

「みんなは助けられないの?」

「それは無理だ。俺一人では詩乃を守るので精一杯だからな」

「……わかった」


 俺は詩乃の手を引いて、ゆっくりと一階に続く階段に向かって歩く。

 先程、詩乃には警察が来るのを待てばいいと言ったが、『ウロボロス』が関わっている以上、ここに警察が来ることはないだろう。来るとしたら、すべてが終わったその後だ。


 すっかり陽が落ちた暗がりの中、足音を立てないように階段を下りる。

 なんとか無事に西棟の一階まで来ることができた。ここまで来れば、あとは長い廊下を渡って校舎から出るだけだ。廊下は薄暗く、赤い非常灯だけが怪しげに光っていた。


「よし、行くぞ、詩乃。俺から離れるなよ」

「うん」


 最後まで気を抜かずに廊下を進む。暗がりは俺たちの身を隠してくれるが、逆にこちらも敵を探知しにくくなる。静寂に包まれた校内は普段と様変わりしていて不気味だ。

 廊下を半分以上歩き、少し気が緩んだ途端、天井の電灯に明かりが灯った。


「きゃっ」と詩乃が短い悲鳴を上げる。

 急に強い光を浴びせられ、軽く目が眩んだ。俺は薄目で廊下の角を鋭く睨み付ける。

 電灯のスイッチがあるのは、この廊下の突き当りを曲がった角だ。

 つまり、誰かがそこにいる。そのことを意識した瞬間、背筋がゾッとした。


 廊下の角から得体の知れぬ雰囲気を感じ取る。

 そして、角から一人の男が威風堂々と現れた。

 その男を視界に収めた瞬間、俺は理解する。こいつは今までの相手とは格が違う、と。

 見る者を圧倒し、畏怖を抱かせる破壊の化身。


 二十歳くらいの男。背は俺よりも十五センチほど高く、髪は銀色で獅子のように逆立っており、右眉に逆らうように刀傷が、左頬から顎にかけて深い切り傷が刻まれている。

 薄い青の色眼鏡をかけており、剥き出しになった犬歯は食肉獣のように尖っていた。

 腰には刃長が六十センチを超える太刀が、太刀緒を用いて下げられている。

 灰色がかった戦闘服には、茶色い武器固定ベルトが巻かれていた。履物は戦闘用コンバットブーツだ。


「青みがかった長い黒髪、平均以下の身長、女みたいな顔、虚ろな瞳。お前が九条透か?」


 男の低い声を聞いた瞬間、身の毛がよだつ。俺が殺しの世界に入ってからまだ数日しか経っていないが、そんな俺にも明確に察知できるほどの殺気。


「悪いがそんな特徴のやつは、他にもいっぱいいると思うぞ」

「バカにすんじゃねぇよ。オレはこの業界短くねぇんだ。雰囲気でわかる。お前はこっち側の人間だ。そうだろう?」


 男がこちらにゆっくりと力強く歩み寄る。詩乃が俺の制服の裾を握ったのがわかった。


「――天上天下唯我独尊! オレの名は――粟国鋼鬼あぐにこうき。この広い世界でただ一人、強さの頂点に立つ男だ! まぁ、仲良くやろうや」


 殺し屋が自らの名を名乗った。やはり、こいつは他の覆面男たちとは何かが違う。

 それよりも気になるのは、さっき二階で俺が倒した覆面の男も、目の前にいるこの粟国とかいう男も、俺の名前を知っていたということだ。つまり――


「お前たちの目的はなんだ?」

「なんだァ? 知らなかったのかよ」


 粟国は気怠そうに頭髪を掻き上げながら言う。


「オレたちの仕事は、お前を手に入れることだ。正確に言えば、お前の『能力』をだが」

「やはり、そうか」


 アリサが言っていたように、俺の『能力』は他の組織も狙っている。

 そして、俺はようやくアリサが俺を高校に通わせた狙いを理解した。


 アリサの真の目的は、俺を狙っていた犯罪組織を炙り出し、殲滅すること。

 そのために、九条邸で死んだと思われた俺を『餌』として高校に再び通わせたのだ。

 そしてその情報をアリサ自身が裏でリークし、綴と朱里を同じ高校に編入させ、白麗院の周りを戦闘員で固めて罠を張っていた。


「……あの女、俺を利用しやがったな」


 つまり、こいつらはまんまと誘い出された鼠というわけだ。


「しかし、それならなぜ、綴と朱里は俺を助けに来ない?」

「ふん、お前のお仲間なら来ねぇぜ。オレの優秀な部下たちが相手をしているからな」


 粟国鋼鬼――こいつが『ハウンドドッグ』のボス。狙いは俺の左目――『洞視眼』か。


「別に、オレはお前の敵じゃねえ。大人しくついて来るなら、五体満足でいられるぜ」

「そうしたいのは山々だが、生憎そうもいかなくてな」


 制服の袖の下に隠れた黒い腕輪を見る。裏切れば、この体に毒が流し込まれるだろう。


「残念だ、どうやら交渉決裂のようだな」


 粟国の言葉に合わせて、浅く息を吸い全身に気を巡らせる。

 左目に意識を集中。目玉を通して視神経が痺れる感覚。能力の発動を確認。


「お前は生かして捕らえる。だが、隣の女を生かしておく理由はない」

「詩乃、下がれッ!」


 粟国が詩乃の頭上に太刀を振りかざす。俺は詩乃を庇って前に出る。


「死ね、女――『白刃雷鳴はくじんらいめい』!」


 粟国の太刀が神速で振り下ろされた。もう俺に躱す余裕はない。


「させるか――『上段受け』!」


 頭上から振り下ろされる太刀に対し、俺は両手首を内側にひねり交差させ、右手を引手にして勢いよく腰に引き付けると同時に、粟国に左手首の内側を見せるようにして高速で左手をひねり上げる。


 俺が自ら太刀に向かって左腕を差し出したことに、粟国が驚愕の表情を浮かべた瞬間、銀色に煌めく刀身と俺の左手首が衝突。激しい金属音が鳴り響き、烈風を巻き起こす。

 果たして、粟国の太刀が切り裂いた俺の左手首の裾から、漆黒の腕輪が姿を現した。


『この腕輪は特殊な素材でできているから、破壊することはほぼ不可能だ。無駄な抵抗はやめたほうがいい』


 アリサの言葉が思い起こされる。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったぞ。


「――『正貫突き』」


 今度は受けに使った左手を引手にし、右足を前に出し腰に添えた右拳を勢いよく引き絞る。貫通力の高い独自に編み出した正拳突きで、太刀を握る粟国の腕を跳ね上げた。

 そのまま、前に出した右足に引き付けるように左足を継ぎ足。全身にひねりを加えた右足刀蹴りを、粟国の顔面に叩き込む。


 顎を掠める鋭い擦過音。粟国は俺の足刀蹴りを『スウェー』を使い紙一重で避けた。

 すぐに粟国は上段に構えた太刀を振り下ろし、俺の右足を躊躇なく切り落とそうとする。

 俺は蹴り足を素早く引き寄せることで、それを回避した。


「へぇ……普通の人間なら、今の斬撃で確実に足が飛んでいるはずなんだがなぁ」


 徒手空拳VS殺人剣。両者の武術レベルはほぼ同等。だが、しかし――

 ――素手で武器使いに勝つには、最低でも三倍の実力は必要となる。

 戦況は絶望的だ。こちらもベレッタM9A1を使って応戦したいところだが、こと至近距離においては、拳は銃よりも強い。ならば、限界まで鍛え抜いた自分の拳を信じるのみ。


「戦闘中に考え事か? 随分と余裕だなぁ!」


 粟国の袈裟斬りを、俺は巧みな体裁きでいなす。脇を締めて肩を緩め、できるだけ体を小さくする。それが素手で武器に対抗する戦術だ。


「逃がさんぞ――『断空連斬だんくうれんざん』」


 一瞬のうちに、何度も白刃が煌めく激しい斬撃。

 異能を宿す左目――『洞視眼どうしがん』で粟国の思考を読むことで、太刀をすべて躱しきったと思ったが、着ている制服ごと薄く身を刻まれた。黒い残滓と鮮血が宙に舞う。


 そして、腹部を強烈な衝撃が襲った。

 腹に突き刺さる空気の塊。圧縮された『風の砲弾』が全身を貫く。

 それこそが、粟国鋼鬼の超能力――『変幻自在に風を操る力』。


 あらかじめ『洞視眼』でその能力の内容は読み取っていたが、太刀を避けるだけで精一杯で、まったく反応が追いつかなかった。

 酷薄な笑みを浮かべる粟国と視線が絡む。達人級の太刀筋に加えて、遠近両用の攻撃に使える超能力。どうあがいても、俺ではこの男に勝てないことを悟った。


「なんだ、驚かねぇのか? そうか、その気味の悪い『目』で、あらかじめ攻撃を予測していたってわけか。つまんねぇな、オイ!」


 このままこいつと戦えば、確実に死ぬ。どうする? 詩乃を囮にして逃げ出すか?

 脳裏にそんな邪な考えが浮かび、足元に視線を落として瞬時躊躇うが……

 ――それだけは絶対にできない。これが他の人間なら、俺は迷わず切り捨てる。

 でも、詩乃だけは、彼女だけは俺が守る。


「できればこれは、使いたくなかったんだけどなァ……」


 どうにもならないことをどうにかするためには、手段を選んではいられない。


「なんだ? 何か奥の手でもあるのか? いいぞ! オレを楽しませろ! 今のお前じゃ力不足だ。足りねえ。オレはもっと、肌がひりつくような刺激が欲しいんだよ!」


 素手で武器使いと闘うのに、長期戦は圧倒的に不利だ。できるだけ早く決める。


「詩乃、可能な限り遠くに離れていろ」


 無言で詩乃がうなずき、降りて来た階段のほうへ向かうのを確認したあと、俺は内に宿る『狂気』を解き放つ。


「すぅーー、はぁーー、すぅー、はぁー……ふぅー……」


 深く吸った息を丹田の奥まで巡らし、勢いよく吐き出して呼吸を整える。


「この世の中で一番強い人間とは、孤独で、ただ一人で立つ者なのだ。とはノルウェーの劇作家、ヘンリック・イプセンの言葉だったか」


 闘いで生き残るのは、常に強者だ。粟国鋼鬼と九条透――強者はどっちだ?


「――――強者は俺だ!!」


 ビキビキと全身の血管が不気味に浮き上がる。自己暗示、自己洗脳、自己催眠。

 身を貫くような痛みが体を侵蝕していく。全身を夥しい数の蟲が這いずるような感覚。

 ズ、ズズズッ、と歪な狂気が蠢く。侵蝕、侵蝕。脳内に響く怨嗟の声。

 強強強強強強強強強強叫狂狂狂狂恐狂狂狂狂怯狂狂狂狂脅狂狂狂狂狂狂凶凶凶凶。

 一瞬、意識が朦朧としたのち、中枢神経が刺激され覚醒。自我の境界が曖昧になる。


 ここから先は、まともな精神状態ではいられない。強大な力を得る代わりに、緻密な頭脳戦は捨てなければならない。こいつとは本能を剥き出しにした肉弾戦で決着をつける。


「……粟国ィ、お前は俺が殺す!」


――死闘開始。生き残るのは誰だ。

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