034話 襲撃Ⅱ
暮色蒼然。日が暮れかかった空を、俺は白麗院の屋上で一人静かに眺めていた。
「……相も変わらず退屈だ」
冷たい風が頬を撫で、長い前髪を揺らす。
左目を覆う眼帯のせいで狭くなった視界にも少しずつ慣れてきた。
半眼で下を見ると、新入生歓迎会で賑わっていた屋台や催し物は終わりが近づいているようで、片付けに入りかかっている。
生徒たちの顔には笑顔が浮かんでいて、みんなこの祭りを楽しんでいるようだ。
俺は午後からクラスメイトと共に新入生歓迎会の準備をしていた。
うちのクラスでは、焼きそばの屋台とピタゴラ装置を作るらしい。
詩乃が頭に鉢巻を巻いて焼きそばを作る練習をする傍ら、俺は綴と一緒にピタゴラ装置の最終調整を任されていた。そんな大事なことを当日まで休んでいた俺にやらせるなよと思ったが、そんなことはおくびにも出さず黙々と作業をこなす。
意外にも綴はこの作業を楽しそうにやっていた。朱里はというと、何度も屋台の焼きそばをつまみ食いして、ついにはクラスメイトにつまみ出されていた。一体あいつは何をしているんだか。
作業中も横目でさりげなく綴たちに監視されていた俺だったが、新入生歓迎会が始まって少し経つと、以外にも自由行動が許された。直前まで「勝手にうろちょろしないでください」と息巻いていた朱里でさえも、一時的に俺の自由を認めたのだ。
それは朱里と綴へと同時にかかってきた電話の内容によるものだろう。おそらくアリサからだ。俺には一切連絡をよこさず、目の前で堂々と彼女たちに連絡を入れるとは、何ともアリサらしい。どうやら俺の知らない水面下で、よからぬことを企てているようだ。
アリサの計画も気になったが、あちらから情報を開示する意思がない以上、俺がいくら詮索しても無意味だと思い、適当に白麗院の敷地内を練り歩く。
模擬店や部活動パフォーマンスはすべて無駄に広い中庭で行われているので、多くの生徒は学校内から出ていた。視界の端に、汗を拭きながら懸命に焼きそばを作る詩乃を捉えると、俺はその場をそっと離れて一人校内に入り屋上へ上がる。
今、彼女に会っても、上手く笑える自信がないから。
そのまま日が暮れるまで、俺は新入生歓迎会を満喫している生徒たちを眺めていた。
純粋に物事を楽しめる彼等を表面上は蔑みながらも、内心では嫉妬と羨望を抱かずにはいられない。同い年のはずなのに、自分と彼等では何がそんなに違うのか。
俺は彼等をどこか遠い存在のように感じた。
訪れる虚無感。しかし時は止まることなくこの身を孤独へと誘う。
……ザッ……ザ……ザザッ…………
「うっ……ぐ!」
まただ。脳裏にスノーノイズがかかった曖昧な映像が浮かび、ズキリと頭が痛む。
ふと寒気がして、アリサから支給された新品のスマートフォンを見ると、時刻は午後六時半を示していた。新入生歓迎会は七時でお開きとなる。
六時四十分には、中庭に一度全生徒が集合することになっていた。
俺は風で乱れた制服と髪を直しながら階段を下りていく。中庭に集まる前にトイレに行っておこうと思い、二階のトイレに足を踏み入れた瞬間――――時が止まった。
「……え?」
トイレのドアを開け放つと、目の前にベルトの巻き付いた全身真っ黒い服を着込んだ、覆面の男がしゃがみ込んでいた。手元には重そうなアサルトライフルが転がっている。
覆面の男が自動小銃を弄る手を止め、鋭い双眸をこちらに向けた。
――は? ……なんだこいつ!? 学内に不審者? 新入生歓迎会でのコスプレ?
いや、その割には格好が本格的だ。アサルトライフルは、それが本物であると主張するかのように死の匂いをばらまいている。
侵入者? 襲撃!? テロ? 他にも仲間がたくさんいるのか? 一体何のために? ここは金持ちの子息は多いがあくまで普通の私立高校だぞ。何がどうなっている?
覆面の男の瞳にも、僅かな動揺が広がっていた。
しかし、男はすぐに気持ちを入れ替えると、アサルトライフルの引き金に指をかける。
その銃口は、しっかりと俺のほうに向いていた。
……死ぬ。殺される! なんとかしないとヤバ――
――この間、わずかに二秒。
一瞬の刹那を永劫に感じる。だが、時は無情にも動き出した。
トリガーにかかった男の指が引き絞られる――その寸前、俺の固く握りしめた正拳が、男の顔面にめり込んだ。男の顎が鈍い音を鳴らし体が一回転する。
覆面を被った男の体が勢いよくトイレの個室に叩き付けられ、強烈な音を響かせたのち、その場を静寂が包み込む。
あれこれ考えている間にも、俺は無意識のうちに下半身を落として腕を引き絞り、拳を放つ準備をしていたのだ。これも日々の鍛錬の賜物である。
「………………ふっ……は…………はぁ、はぁ、はぁ……」
呼吸をするのも忘れていた俺は、思い出したかのように肺へと空気を吸い込む。
トイレ独特の鼻に付く嫌な臭いがした。
その悪臭を嗅ぐことで、ようやく俺は生きていることを実感する。
「なんなんだ、こいつは?」
気絶してトイレの床にうずくまっている覆面の男を見下ろす。
おそらくトイレの窓から侵入し、ここで武装を整えていたのだろう。
唐突に中庭のほうから銃声が鳴った。
「なんだ? なぜここで、学校で銃声が鳴る!? ……こいつの仲間か!」
そのとき、左腕に嵌められた黒い腕輪が振動した。
俺は腕輪の小さなボタンを三回押し、手首の内側部分をスライドさせる。
「アリサか! 一体どうなっている!? 今、どういう状況だ?」
『落ち着きたまえ、そう焦りなさんな。どうやら、我々を狙って敵対組織『ハウンドドッグ』がこの学校に侵入してきたようだな』
「ようだな――ってお前! こうなることがわかっていて、なぜ白麗院に来た? 関係ない生徒たちを巻き込むつもりか!」
アリサたちの目的は、自らの姿を晒すことで敵対組織をおびき寄せることだったのだ。
『なぜ、そんなに怒る? キミだってここの生徒がどうなろうが構わないと思っているだろう? ああ、そうか。キミが心配しているのは姫宮詩乃、彼女のことだな』
「………………っ!」
あまり詩乃を気にかけていることをアリサに悟られたくなかった。俺が詩乃を特別視することで、アリサが俺に言うことを聞かせるための材料に詩乃を拘束しかねないからだ。
『まぁいい。私たちはこれから敵組織を迎撃する。キミも『ウロボロス』の一員なら、自分の身ぐらい自分の力で守るがいい。こちらが片付き次第、伊澄か朱里を向かわせる。怖いのならどこか人目に付かない校舎の隅で、膝を抱えてガクガク震えていたまえ』
「ふざけるな! 俺は詩乃を守るぞ。能力の使用許可を出せ」
『ふふっ、随分と威勢がいいじゃないか。好きにするといい。だが、姫宮詩乃に『ウロボロス』の存在を知られるなよ。我々の裏の顔を見た者は、問答無用で消すからな』
通信は一方的に途切れた。こちらから回線を繋ぎ直すことはできるが、そんな気は起きない。能力の使用を許す合図として、左目を覆う眼帯から小さな電子音が鳴った。
トイレの窓から中庭のほうを窺うと、外にいたほとんどの生徒たちがテロリストたちに包囲され、体育館に誘導されている。敵の数は両手の指では数えきれない。
俺は制服のポケットからアリサに支給されたスマホを取り出し、詩乃に電話をかける。新しいスマホに詩乃の番号などもちろん登録されていなかったが、俺は彼女の連絡先を覚えている。
「頼む……出ないでくれ」
電話に出ないということは、詩乃はテロリストたちに誘導されて体育館に押し込められている生徒たちの中にいるということだ。もっとも、かけた電話は非通知なので、それを不審に思って出ない可能性も高いが、電話に出られる状況にあるよりはマシだ。
『……あの、もしもし?』
祈りは届かなかった。現在、詩乃は電話に出られる状況にある。
ということは、中庭でテロリストたちに誘導されている生徒の中に詩乃はいない。
一見もっとも危険なように思えるが、この場合、テロリストたちに人質として扱われているほうが安全なのだ。
「詩乃か。俺だ、九条透だ」
『……透!? でも、非通知だったよ?』
「そんなことはどうでもいい。それより状況は理解しているか? 今どこにいる?」
『なんか中庭のほうで銃声が鳴って、凄い騒ぎになっているみたい、変な覆面を付けて武装した人たちがいっぱいいる』
詩乃は小声で喋る。
『私はもうすぐ閉会式が始まるから、姿の見えない透を探しに教室に来たんだけど』
教室……最悪だ。大人しく中庭で拘束されていれば危害を与えられる可能性は低いが、自由に校内を動き回っていれば、いきなり銃撃される可能性もある。
「詩乃、俺が今からお前を迎えに行く。だから、絶対にそこを動くな。大人しく教室の隅に隠れていてくれ。それと電話はマナーモードにしておけよ」
『でも、とお――』
詩乃が何か反論する前に、俺は電話を切った。
足元に倒れている男の服を脱がして用具入れに縛り付けながら、思考を巡らせる。
詩乃がいるのは二年二組の教室。つまり西棟の二階。そして俺の現在地は東棟の二階。
この白麗院学院は三階建てだ。校舎は東棟と西棟に分かれており、その二つの棟の二階部分を長い渡り廊下が繋いでいる。
東棟の一階が一年生の教室、二階が特別教室、三階が三年生の教室。西棟の一階が職員室や保健室、二階が二年生の教室、三階が特別教室となっている。
俺は覆面男から武装を剥ぎ取り、目ぼしき物を制服に仕込む。戦闘用ナイフを二本と拳銃・ベレッタM9A1を一挺手に入れた。もちろん使い方は心得ている。
左目を覆う黒い眼帯を解いて、トイレの鏡を見る。意識を集中させると、濁った黒い目が毒々しい紫色に染まった。『洞視眼』の発動を確認。否が応でも目付きが鋭くなる。
「よし、行くぞ」
気合を入れて、俺は行動を開始する。
ここから先は正直自信しかない。
四章を全部読んで、もし面白くなかったら木の下に埋めて貰っても構わないよ。




