025話 『ウロボロス』のボス アリサ登場
「ほう、憎い相手とはいえ、実の父親を躊躇いなく殺したか」
「さすがは悪ですね。こんなことをしてもなお、あなたの心は痛まないのですか?」
背後から綴と朱里に声をかけられる。
おそらく銃声を聞きつけて、開いている扉から入ってきたのだろう。
……いや、違うな。この部屋にはあらかじめ監視カメラが仕掛けてあって、今までの俺と九条宗司のやりとりは、こいつらに筒抜けだったと考えるのが正しい。
「生憎、俺にそんな感情は残っていない。俺はそういう人間だ。いや――」
そこで俺は振り返って、彼女たちをどす黒く濁った瞳で鋭く見据えた。
「――この腐った世界が、俺をこんな醜い姿に変えたんだ」
俺の放つ禍々しい殺気を感じ取ったのか、綴と朱里は顔付きを変えて一歩後退る。
「……おおぅ! まるで、感情などないとでも言うような無表情を装いながら、隠し切れていない悪辣な笑み。うん! 実にいい顔をしているじゃないか。そそるねぇ」
唐突に響いた、奇声とも言えるその声は、綴の声でも朱里の声でもなかった。
二人をかき分けて突然現れた人物を俺は半眼で睨む。
背が高くて肉感のある金髪の女。髪は軽いウェーブがかかっていて、顔にはおしゃれな黒いサングラスをかけている。白衣姿が様になった研究者のような風体をしていた。
「うんうん。キミの言いたいことはわかるよ。誰だ、お前は? って言いたそうな顔をしているね。私の名前はアリサ。そこにいる伊澄と朱里の上司ってとこかな。いや、この『ウロボロス』のボスと言ったほうがわかりやすいか?」
そう言って、アリサはわざとらしく笑みを浮かべる。
「狂気を孕んだその『目』! 実にいい! 興味深いよ! あぁ、実験……いや、調教したくなるね。強気な顔をしたキミが上目遣いで私に……あぁ、征服しがいがあるなぁ」
――なんだこいつ、気持ち悪いな。
「おいおい、そんなに蔑むような目で見るなよ。いっそう興奮してくるじゃないか」
「……チッ、殺すか」
俺は弾のなくなった拳銃をアリサの顔面に投げつける。アリサはそれを思っていたよりも機敏な動きで屈んで避けるが、その隙に俺はアリサの懐へ入っていた。
「アリサっ!」「アリサさん!」
綴と朱里が同時に悲鳴を上げるが、もう遅い。こいつの命はここで潰える。
「――死ね、クソ女!」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ――ッッと!」
アリサは屈んだまま体を一回転させ、その勢いを生かして俺の腹に後ろ回し蹴りを叩き込んできた。
「……がはっ!」
吹き飛ばされた俺は、椅子に固定されたままの九条宗司の死体に激しくぶつかる。
……こいつ、研究者じゃないのか? 格闘もできるとは。クソ、甘く見た。
「おおー! その屈辱的な目! そんな悔しそうな顔で見られると……あぁ、高まってきた。まさかこんなに早く実現するとは……くっくっく、ひひ」
「アリサ、興奮するのは構わないが、間違ってこいつを殺すなよ。試験はクリアしたんだ」
と、なぜか綴が止めに入った。
「ああ、試験ね。過去のトラウマと向き合った上で、実の父親を殺せるか? だっけ?」
「違う。人を殺すことに躊躇いがなければそれでオーケーだ。こんな風に試験を組んだのはアリサの趣味だろう。私のせいにするな」
「んー、別に私だって好きでやったわけじゃないさ。そこの透君にお父さんの本当の気持ちを教えてあげようと思っただけだよ。親切心ってやつさ」
九条宗司の心を上手く誘導したのは――この女か。
「私はこいつには戦闘の才能があると思う。朱里と互角に戦い、超能力が使えない状態でも私の動きについてきた」
「あれは少し油断しただけです! 私と透さんが互角? 悪い冗談はやめてください」
横から朱里が綴に反論する。が、
「戦闘中に油断するやつがあるか。私が助けなければお前は死んでいたんだぞ」
「うっ……」
綴に軽く貶される。朱里は反論できないようで言葉に詰まっていた。
「常人離れした知能に運動能力、そして思い切りのよさ。それにアリサもせっかく気に入ったこいつを殺してしまうのは惜しいんじゃないか?」
「確かに。じっくり育ててみたい。ついでに言うと、この子の『能力』は元々研究しないといけないし、だから殺さずに確保したわけだし」
アリサは倒れている俺の前まで歩いてきて口を開く。
「どうだい? 私に飼われてみるつもりはあるか?」
「……不快なんだよ。誰がお前の言うことなんて聞くか」
「ん? んん? キミには叶えたい野望があるんじゃないのかい? だからこそ、いままで無理をして九条グループを育ててきたんだろう? 表向きは九条宗司が代表にはなっているが、実際に動いていたのはキミじゃないか」
アリサが俺の顎に手を添え、細めた目で見つめてくる。変態のくせに頭の回る女だ。
「私たちの存在を知った以上、キミが選べる選択肢は二つしかない。何もできずにここで父の後を追うか、私の実験動物になるか、この二択だ。さぁ、選びたまえ!」
ここで死ぬわけにはいかない。俺はアーシャとの約束を果たす義務がある。
「……いいだろう。大人しくお前に飼われてやるよ」
「少しは抵抗してくれても構わないぞ。あまり従順すぎても面白くない」
そんなことは俺の知ったことじゃない、と俺がアリサを睨んでいると、
「ちょっ、ちょっと待ってください!? 嫌ですよ! 私はこんな頭の狂った悪党と一緒に仕事をするなんて!」
話がまとまったところに朱里が再び横槍を入れてくる。だがアリサは、
「はぁ? 何を言っているんだ、朱里は。頭のネジが飛んでいるからこそ、この『ウロボロス』へ入るのにふさわしいのだろう」
「うっ……く、私はあくまで正義の執行人。悪には屈しませんので」
それだけ言うと、朱里はこの部屋から走って出ていく。
「まったく、朱里は変わらんなぁ。そろそろ成長してくれないと困る。それはともかく」
アリサが手を差し出し、俺の腕を取って体を起こした。
「ようこそ、修羅の道へ。それとももう、とっくの昔に歩んできた道なのかな?」
「……ふん。仕方ない、一応言っておこう。よろし――」
俺が便宜上の挨拶をしようとしたとき、アリサに取られた腕にチクリと痛みが走る。
そこには医療用の注射器が刺さっていた。
「――く……なっ……!?」
「これで晴れてキミは私のモノとなる」
アリサがニヤッと満面の笑みを浮かべる。その笑顔は酷く不気味に見えた。
「ゆえに、今ここでキミに何をしようが、私の自由というわけだな。ははっ♪」
「ク……ソッ、が!」
謎の薬物を注入されて意識が朦朧とする中、俺はアリサの側頭部に上段蹴りを放つ。
だが、アリサはそれを軽く腕で防ぎ、体勢の崩れた俺に足払いをかけて床に転がした。
しかし俺の蹴りの衝撃で、アリサのかけていた黒いサングラスが床に落ちる。
アリサの青い瞳を捉えた俺の『洞視眼』が薄れゆく意識の中、その思考を読み取った。
《ふふ、いい実験材料が手に入った。研究意欲が高まるぞぉ。能力だけじゃなくて本人の生意気な性格も気に入ったし。私が調教してやろう。あは、楽しみだなぁ――》
俺の意識は、そこでぷっつりと途切れた。
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