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魔眼の王~思考読解の邪視~  作者: くろふゆ
  第二章 終焉の鐘が鳴る rule uselessness kills each other
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幕間Ⅰ 銀色の少女 Анастасия

 俺が彼女と出会ったのは――七年前。まだ俺が十歳のときだ。


 あの日、パーティー会場で大人たちの醜悪な心に嫌気がさし、ひとけのないベランダに空気を吸いに出たとき、彼女は突如、俺の前に姿を現した。


 彼女は俺よりも少しばかり大人びていたが、その歳は十一歳かそこらだったと思う。

 俺を救ってくれたのは、まだ幼さの残る少女だった。

 俺は彼女の名前を、彼女の存在を、彼女の温もりを、生涯忘れないだろう。




 誰もいない静かなベランダで、パーティー会場の外にある庭を眺めていたとき、ふと背後に何か大きな存在を感じた。その存在は凄まじい吸引力を持っており、目に見えないその魅力に、僕は後ろを振り向かずにはいられなかった。


「……っ、だ、誰?」


 少し言葉に詰まって、僕はその場に姿を現した少女にうつむきながら尋ねる。

 誰とも目を合わせたくなかった。

 だって、目を合わせたらその人の考えていることを深く読み取ってしまうから。


「……私? あなた、私が見えるのね」


 おかしなことを言う。彼女はもしかして幽霊なのだろうか?


「ん? う、うん。……名前、君の名前を教えてよ」

「私の名前はアナスタシア。あなたには、特別にアーシャと呼ばせてあげるわ♪」


 その鈴を転がすような声は、僕の耳にはっきりと聞こえた。

 アナスタシア……ロシア人かな? そのわりには日本語が流暢だけど……


 そして僕は、このとき初めて彼女の全身を見る。黒いドレスを着た、銀色の少女。

 眩しい銀髪の頭には、薄青色と鮮青色の小さな花飾りを付けている。


 瞳に映った彼女は、髪だけでなくその全身が輝いて見えた。

 眩い銀髪はそのサイドが縦ロールになっており、お尻の辺りまで伸びている長い後ろ髪は真っ黒いリボンでくくられている。フリルがたくさんついたドレス姿がとても綺麗だ。


「あなたの名前は?」


 少女――アーシャが今度は僕に尋ねる。


「ぼ、僕は……と、透。九条、透」

「そう、透。なるほど、透か。名前通りの『能力』ね」


 アーシャが何か言っているが、醜い自分とは似ても似つかない彼女の美しさに緊張して、僕はどうしたらいいのかわからなかった。

 彼女は一体、何をしにここへやってきたのだろう?


「……ん? 僕は今、何を疑問に思った?」


 ――『彼女は一体、何をしにここへやってきたのだろう』だって?


「なぜ……なぜ、彼女の思考が読めないんだ!? 僕の目は、視界に捉えた人間の思考を無差別に、無意識に読み取るはず……」

「ねぇ、あなた。何か困っていることがあるんじゃないかしら? ふふっ、今あなたが考えていることを当ててあげましょうか?」

「…………え?」

「あなたは今、目の前に突然謎の美少女が現れて混乱している。どう? 当たり?」


 悪戯っぽく笑うアーシャに、僕はまさに混乱していた。確かに凄く美しいけど、言葉にするのが難しいくらい綺麗だけど……普通、自分で自分のことを美少女って言うのかな?


「う、うん。まあ、概ねそんなところかな」

「そう。さすが私ね♪ なんでもお見通し」


 若干言葉を濁した僕に、アーシャは依然として魅力的な笑みを浮かべている。

 気付くとアーシャは、目にも留まらぬ速さで僕の眼前にまで近づいていた。


「例えばその『目』、あなたは嫌っているみたいね」


 アーシャが口と口が触れ合うくらいの距離で、僕の目を細長い指でさして囁く。

 薄く柔らかそうなアーシャの柔肌の上に、血管が青く透いて見える。


「でも、私はその瞳の色、好きよ」


 初めてこの『目』を褒められたかもしれない。少し嬉しい。だって、この瞳の色は誰もが忌避してきたものだから。そう、この僕自身ですら。僕の両目は、この能力に目覚めた日から、常に毒々しい紫色に変色し、蜘蛛の巣状の不気味な模様を浮かべている。


「あなたがいらないと言うのなら、私がその力を抑えてあげる。でも、完全に封印することは不可能よ。あなたにこの力は早すぎたみたいだから、今はそれを矯正して、正しく力が伸びるようにしてあげるわ」


 彼女は一体、何を言っているのだろう? 心の端ですら読み取れない。でも、この力がなくなるのならなんだっていいや。僕はアーシャに身を任せることにした。


「私のことを一生忘れられないよう……その躰に刻み込んであげるわ」


 アーシャが僕の両目に手のひらを押し当て、ぐりぐりと動かす。皮膚を通して眼球に、体全身に、何かが流れ込んでくる感じがした。

 彼女が何をしているのかはわからないが、たとえ失敗して失明するとしても構わない。


 こんな綺麗な娘に視力を奪われるなら、それも本望だろう。

 だって、僕の目に映した最後の光景が、この少女の姿になるのだから。


「今、この力は暴走している。それは、あなたがこの力を制御できるだけの精神力と肉体を持ち合わせていないから。あなたはこれからもっと強くならないといけない」


 彼女がそう言うのなら、きっとそうなんだろう。

 そう思わせるだけの何かが、アーシャにはあった。


「いつか、あなたは幾多の困難を乗り越えて成長する。そうすれば――この力の使い方次第では、あなたは世界を変えられるかもしれない」


 アーシャがすべての作業を終えたとき、僕は自分の身体に変化を感じていた。

 なんだか身体がとても軽い。でも、もとからアーシャの心は読めなかったから、能力については違いがよくわからない。


「ほらっ、見てみなさい」


 アーシャが僕に白い手鏡を差し出す。僕はそれを受け取って手鏡を覗き込んだ。


「……あ! 目が、黒い……」


 瞳の色が元に戻っていた。蜘蛛の巣状の不気味な模様もなくなっている。


「あ、あの……」


 僕はアーシャに感謝の気持ちを伝えたかったが、なんて言ったらいいのかわからない。

 とにかく「ありがとう」と言おうとした。しかし、僕の心はアーシャへの感謝の気持ちから――唐突にアーシャのことを疑う、猜疑心へと移り変わる。


「……なんで、僕なんかを助けたの?」

「あら、突然どうしたのかしら?」


 アーシャは小首を傾げた。その仕草一つも可愛らしい。でも――


「君に僕を助ける理由なんてない。それなのに、どうして君は他人を助けるんだ?」

「理由……ね。何か理由がないとダメなのかしら?」

「ダメなんだ。必要なんだ。僕には理由が……」

「特に理由はないわ。私は他の人にはない、少々変わった力を持ってこの世に生まれ落ちた。最近になってようやくそのことに気付いたの。だから、この力は救いを求めている人たちのために役立たせよう。そう思っているわ」


 真剣な顔をしたアーシャと視線が絡み合う。やはりその瞳から彼女の思考を読むことはできなかったが、何か僕を非難するような、それでいて憐れむような眼差しをしていた。


「僕はこの力を発現させてから、常に非難の目で見られてきた。だから、誰にも優しくされたことなんてないんだ」

「あなた……」

「だから僕は、特に理由のない好意を受け入れることができない。理由がないと、そうじゃないと、僕は心の底から君のことを好きになれない……っ!」


 なぜだろう? 自分でもわけのわからない涙が出てきた。


「……あれ? 僕はアーシャのことが好きだったのか?」


 出会ってまだ数分しか経っていないのに?

 ちょっと優しくされただけでなびくなんて、どれだけ僕は愛に飢えているんだ。


「ふふふふふ、ははっ、ははははは、フハハハハハ!」


 顔を歪めて泣きながら笑う。……滑稽だな。実に哀れで愚かしい。


「僕は愛に飢えていた。飢えて、飢えて、飢えて、我慢できなかった。孤独の寂しさに耐え切ることができなかった。だから僕は愛を欲する心を喰った。そのはずなのに――」

「なら、私が理由を作ってあげるわ」

「……え?」


 僕はアーシャが何を言っているのか分からなくて、一瞬ぽかんとする。


「別に、必ずしも誰かを助ける前に見返りを要求する必要はないでしょ。だったら、誰かを勝手に助けてから、その見返りを要求することもできるはずよね?」


 アーシャが僕の手から手鏡を取り返して続ける。


「私はあなたのように、私の力を必要としている超能力者たちを救わなくてはいけないの。差別され、蔑まれ、虐げられ、居場所のない彼等のために。私は本当の自分を知らない彼等に、今日よりもっと広い世界を見せてあげたい。だから、いつかあなたが成長して心身ともに強くなったとき、私に力を貸して。私はそれまでこの広い世界で戦っているから」

「そんな……どうやって?」

「あなたが私を見つけ出すのよ。今日は私があなたを見つけた。今度はあなたが私を見つけて。……待っているからね」


 今、この空間は、この時間は、僕たち二人だけのものだ。でも、それもすぐに終わる。

 アーシャは僕に背を向けてパーティー会場の方へ歩きだす。美しい銀髪が風になびく。


「最後に、私が世界を変えられなかったときは、あなたが私の代わりに世界を変えてくれると嬉しいかな。じゃあね、透♪ いつか、また会いましょう」

「あ、待って! アーシャ! 僕はまだ、君に伝えたいことが――」


 僕の言葉の途中で、アーシャはパーティー会場にいる群衆に紛れて見えなくなる。

 後には彼女が頭に付けていた、薄青色と鮮青色の花飾りだけが残っていた。


「この花は……ワスレナグサ。花言葉は、真実の愛。そして――私を忘れないで」


 吹きつけてくる冷たい風が、僕の長い前髪を揺らす。

 この瞳に彼女の姿はもう映らない。それでも僕の涙はすでに止まっていた。


「僕はこの恩をアーシャに返さなきゃいけない。だって、これは理由のある好意だから。約束は守らないと……」


 真っ暗な夜空の下、左目に手を当てて一人、低く呟く。


「僕は強くなる。そして、僕が――いや……」


 左目が強い熱を持つ。いままでとは違う、自分自身で力を制御している手応え。

 鋭い瞳の奥に燃えるような強い意志が宿った。


「――『俺』が……世界を変革する!」


 アーシャのために。そして、自分自身のために。


「決然たる意志の持ち主は、世界を自分に合わせて形作る。とはドイツを代表する文豪、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの言葉だったか」


 俺はアーシャに身をもって教えられた。運命とは、ただそのときが来るのを待つものではなく、自らの力で挑み、切り開くものだと。


「見ていてくれ、アーシャ。世界が変わる……その瞬間を!」


 強い決意とともに、止まっていた時間が今、激しく動き出す――


次回から三章突入です

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