022話 ハウンドドッグ
寂れた廃屋にある、ボロボロのソファーの上に、一人の大柄な男が体を横にして、足を伸ばした状態でくつろいでいた。
彼の名は――粟国鋼鬼。組織名『ハウンドドッグ』のリーダーだ。
逆立った髪の色は銀に染められていて、毛先は肉食獣のように尖っている。
その凶暴そうな顔には、右眉に逆らうように刀傷が、左頬から顎にかけて深い切り傷が刻まれていた。相手を射殺すような鋭い目を隠すように、薄い青の色眼鏡をかけている。
粟国鋼鬼は捨て子だった。育った場所こそ違うが、九条透と同じく孤児院育ち。
乱暴な性格のせいで、いつまでも里親が見つからず、しまいには自分から孤児院を出て行った。衣類とは誰かから剥ぎ取るもの。食べ物とは店から盗むかゴミ箱を漁って得るもの。住居なんてものはない。寝床は屋根のある場所ならどこでもよかった。
そんな生活が常識だった。辛くなかったとは言わない。苦労も苦痛も散々味わった。
誰かに与えられたものなんてない。欲しいものはすべて自分で手に入れる。
だが、神が唯一、粟国に生まれつき与えたものがあった。
それは『力』だ。圧倒的な力。その身に宿した超能力は言うまでもなく超常の力だが、それだけじゃない。粟国は生まれつき身体能力が常人の数倍以上あった。
暴力と闘争の日々が粟国をここまで育て、ここまで生かした。
粟国はいつだって刺激を求めて生きてきた。経験上、もっとも刺激を得られるのは、人の死に触れた瞬間。初めて人をその手で殺したときに得た、極上の快楽は忘れられない。
最初は弱いやつを一方的に嬲るだけだった。だが、それも次第に飽きた。弱いというのは哀れなものだ。つまらない。くだらない。取るに足らない。
――もっとオレを楽しませろ。オレと互角に渡り合える強い存在。それこそが生まれつき強者であったオレが求めているもの。勝って、勝って、勝ちまくって『最強』の称号を手に入れる。それがオレの生きた証となるから。
「あの……粟国さん。我々の最優先捕獲対象である、『思考読解』の超能力者、九条透のいる九条邸が何者かに襲撃を受け、焼け落ちました。現在、九条透の所在は不明です」
「……あ? あァァ?」
ソファーに寝ころんでいた粟国が、青筋を立てて報告者を睨む。
「お前、そりゃ……どういうことよ?」
「いえ、それが、私の情報網では、よく状況が理解できず――」
「粟国、それはね、おそらくあのアリサが組織するチームの仕業だよ」
報告者の男のセリフを、部屋の隅でノートパソコンを弄っていた少年が遮る。
彼の名は――綾辻優。マッシュルームカットの中性的な少年だ。
背丈は160センチほどしかないが、頭の回転が速く、高度な頭脳戦や小細工を得意とする、粟国の右腕のような存在。
「僕が得たデータでは、アリサの組織はずいぶん前から九条透を狙っていたようだ」
「……チッ、オレたちは、まんまと先を越されちまったってわけか」
「なぁに、今からでも遅くなかろう。某が今から行って、九条透を奪取してこよう」
荒廃した壁によりかかっていた、髪をすべて剃り上げたスキンヘッドの大男が話題に入ってくる。その脇には、禍々しい戦斧が置かれている。背は179センチある粟国よりもさらに五センチ大きい、184センチだ。体格も一回りでかく見える。
彼の名は――堂林陸。
大型の戦斧を片手で振り回すことができる、圧倒的な腕力を有している。
綾辻優が粟国鋼鬼を支える右腕だとすれば、堂林陸は粟国鋼鬼が誇る左腕だろう。
「まぁ、待て、堂林。攻めるには、いろいろと作戦が必要だ。あの忌々しいクソ女を甘く見るな。ムカつくことに、あいつはオレより多くの戦力を保持している」
粟国がイライラしながら心底嫌そうに毒づく。
「それで、綾辻。あのクソ女から、九条透を奪うにはどうすればいい?」
「僕の考えは変わらないよ。粟国、僕たちはいつものように真正面からぶつかればいい。粟国の強さに揺るぎはない。君がリーダーである限り、僕らが負けることはない」
それでも強いて言うなら、と綾辻は続ける。
「向こうの平の戦闘員にはこちらもザコをぶつけ、向こうの戦闘員幹部には僕らが直接対決する形が望ましいだろう。どちらが優れているか、思い知らせてあげようじゃないか」
「なるほど。ならば、某はあちらの戦闘員幹部――綴伊澄と戦わせてもらう。綾辻の見立てでは、あいつが一番強いのだろう? 相手が強ければ強いほど倒しがいがある」
「うん、リーダーであるアリサ本人はあまり強くないみたいだからね。そうなると、僕の相手は戦闘員幹部――熊谷朱里か。彼女は己の超能力に頼った力押しのバカだ。数多の知略を巡らす、この僕の敵ではないだろうね」
「よし、それで決まりだな。――ってことは」
粟国が勢いよくソファーから立ち上がる。両腕が熱を帯びている。胸が高ぶっている。たぶん、今から会う九条透は大物だ。こいつは楽しみになってきた。
「このオレの相手は『思考読解』の超能力者、九条透本人ってわけだ。やつは武術のたしなみもあるらしいし、結構楽しませてくれるだろう。せいぜいオレに血沸き肉躍る熱い殺し合いをさせてくれよ。さぁ、お前ら! 決戦の準備を始めろ。すべてを奪い取るぞ!」
粟国の咆哮に、綾辻は両手を合わせ、堂林は黙ってうなずく。
そして、粟国の周りにいた多くの手下たちが下品な笑みを浮かべ、大声を上げた。
二つの組織に狙われるヒロイン九条透ちゃんの運命は如何に




