020話 九条透VS熊谷朱里&綴伊澄
暴走し、発狂していたときの記憶がやや曖昧だが、現状は把握している。
平衡感覚を失ってなお、体を動かそうとするが言うことを聞かない。肉体を酷使しすぎたせいで機能しないのだ。目を擦って、何とか視力だけでも取り戻そうとする。
「…………あ! ぐぼぉ、お、お……ぉぉ……!」
僅かな視力を取り戻した俺の目が捉えたのは、俺の腹部に突き刺さる鉄色の鎖。
そして、その鎖の先端にある爪型の青い宝石飾りが、俺の腹部に深く食い込んでいた。
体がくの字に折れ、抵抗することもできずに尻が地面に着く。
「――とどめっ、です!」
そこに、側面から急に現れた朱里の胴回し回転蹴りをくらった。俺は体を床のあちこちにぶつけながら荒々しく吹き飛ばされる。再び意識を失いかけた俺の目が怪しく泳いだ。
なんとか体勢を整えたところで、二本の鎖が飛んできて俺の左右の腕に絡みつく。
鎖野郎の方を見ると、奇妙な形をした金属製の肩当てから、高速で鎖が射出されていた。
さらに、右手で握った鎖を頭上で回転させて勢いをつけて投擲。
鎖は大きく円を描いて、俺の体を両腕ごと拘束した。
身動きを取ることもできなければ、鎖を引きちぎるような力ももう残っていない。
「どうする? まだ抵抗するか?」
俺を拘束した鎖野郎が近づいてきて尋ねた。
「………………っ。くっ、ここが限界だ。……殺すなら殺せ」
俺は素直に負けを認めた。抑えきれないほどの『狂気』はすでに収まっている。
「賢明な判断だ」
改めてそいつのことを近くで見ると、何か違和感を覚えた。
「んんっ? お前……女か?」
「なぜ疑問形なのだ? どうみても私は女だろう」
鎖野郎――改め、鎖女は当然のようにそう答えた。
いや、俺がこいつのことを男だと思ったのにも理由がある。
その女は、すらっとした体付きで、長く美しい黒めの緑髪をポニーテールにしていた。
しかし声は低く、やけに冷ややかな目をしており、言葉遣いがぞんざいでいながら、いちいち挙動がカッコイイのだ。しかも背は俺よりも高い。朱里と違って、黒い戦闘服はスカートじゃなくてズボンだし。男と勘違いもするだろう。
それに、こいつを初めて見たとき、俺は半分自我を失っていたわけだし。
しかし、女と言われてよく見てみると、スレンダーな見た目でありながら、付くところはしっかり付いている気もする。というか、控えめに見ても明らかに巨乳だな。
「いやらしい目付きだな」
その女は、全身を観察するような俺の視線に気付くと、鋭利な双眸で睨んでくる。
「いや、その……悪い」
「まぁいい。私の名は綴伊澄だ。そこの朱里と同じく、『超能力犯罪者暗殺部隊』――通称『ウロボロス』に所属している」
「やはりそうか。ということは、お前も超能力者だな」
「そうだ。私たちは、お前を処分するためにここに来た」
「そうですよ、伊澄さん! 早くこの悪党を始末してしまいましょう!」
復活した朱里が元気よく言う。笑顔で人のことを始末するとか言うのはやめてほしい。
というか俺、やっぱりここで死ぬんだな。明確に自分の死を認識すると、死への恐怖よりも、何も成し遂げられなかった自分の人生が無価値なものに思えてむなしくなった。
「その予定だったのだが、先程アリサから連絡があってな。お前は処分ではなく回収に変更だそうだ」
「ええっー、な、なんでですか!?」
朱里が不平を口にする。こいつはどうしても俺を始末したいらしい。
さっきもとどめの一撃だけ参加しやがって。何か俺に恨みでもあるのか。
「アリサにもいろいろと考えがあるのだろう」
綴は屈み込んで顔を近づけ、俺の顎を左手でくいっと持ち上げた。
「ところで、お前が件の九条透で間違いないな? ふん、思ったよりも女顔だな」
先程の意趣返しだろうか。あと、綴の口からは甘い飴玉の匂いがした。
「なぁ、もう俺は抵抗しようがないわけだし、少しおしゃべりでもしないか?」
こいつは朱里より情報を持っていそうだからな。少しでも引き出してやる。
「そもそも俺は、なぜお前たちに襲われたのかも知らないんだよ」
「ん? 朱里は何も言わなかったのか?」
「ああ。なんか俺は『悪』だとか言って、一方的に攻撃してきたな」
「朱里、お前……またか」
綴は呆れた様子で朱里を見る。
「い、いやー、だって……」
どうやら朱里は綴に頭が上がらないようだ。綴の追求から必死に目をそらしている。
「朱里は己の正義感に従って生きている。そして、お前は朱里の中で『悪』として認識されたんだ。朱里は普段は明るくて温厚な子だが、『悪』に対しては厳しいからな」
「いや、それでどうして俺が『悪』として認識されるんだ? あいつとは初対面だぞ。それに朱里だけでなく、お前たち『ウロボロス』からも狙われているのはなぜだ?」
「それは、お前が目立ち過ぎたからだ」
その言葉は朱里からも聞いていた。
「お前はその能力を使って財政界を荒らし過ぎた。『九条透』という存在は、この国そのものに目をつけられたんだよ」
「………………は?」
「そもそも『ウロボロス』というのは、日本政府直属の秘密組織だ。お前のように超能力を駆使して余計なことをする輩を秘密裏に排除するのが、私たちの仕事だよ」
「……そうか。そういうことか」
「お前にはもうどこにも逃げ場などない。大人しくその身を我々に委ねるのだな」
まさか、国そのものが俺を狙ってくるとは。日本革命の終盤辺りで政府とは戦うつもりだったが、こうも早く先手を打たれるとは思わなかった。これは本格的に積んだな。
「ところで伊澄さん。こっちに来たってことは、そっちの仕事は終わったんですか?」
「ああ。九条宗司は確保し、その護衛は全員まとめて処分しておいた」
……こいつ、今なんて言った?
「よって、ここでの任務は終了だ。これより基地に帰還するぞ」
「わかりました。透さんのせいで随分とダメージを負ってしまったので、帰ったら治療しなきゃいけませんよ、まったく……」
苛立たしげに朱里が愚痴る。
「お、おい! ちょっと待て! おま――」
言葉の途中で、綴によって俺の口元に布が巻かれた。
「それまで少しの間、お前には眠っていてもらうぞ」
――クロロホルムか? しかし、あれはテレビドラマや推理小説でよく使われているが、それはあくまでフィクションであり、実際はハンカチに染み込ませた程度の量では、すぐに気絶することはない。……などと思っていたら、綴に手で鼻をつままれた。口と鼻を塞がれてろくに息もできない。――ってこいつ、強引に俺を気絶させるつもりか!
全身を鎖で拘束され、口に布を巻かれた状態で鼻をつままれるという間抜けな状態でありながら、呼吸は確かにできなくて……意識が……遠の……く……
最後に俺が見た光景は、朱里が俺の体を抱えて持ち運ぼうとしている姿だった。




