013話 知の力 そして……
俺は一人、自室にあるマルチモニターのパソコンの前に座っていた。
目の前には三つのモニターが連結されている。トリプルモニターだ。
三つのディスプレイには、左からチェス、将棋、オセロのプレイ画面が表示されていた。
俺は漫画を読みながら、それぞれのゲームの手を同時に進めていく。
「――チェス、将棋、オセロ」
これらはすべて、【二人零和有限完全確定情報ゲーム】である。
このゲームの特色としては、理屈に基づいていえば完全な先読みが可能であり、もしお互いが最善手を打ち続ければ、先手必勝か後手必勝か引き分けかが絶対に決まるという点にある。しかし、現実的に考えて、対戦中に取れる選択肢が増えると、脳の処理能力に限界のある人間が完全な先読みを行うことは極めて困難になるため、これらはゲームとして成立している。そして、俺はこれらのゲームを得意としていた。
「……退屈だな」
漫画のページをめくりながら、俺の目に映るディスプレイの中では、三つのゲームすべての局面が終盤にさしかかっていた。
昨日『トードー』から時間をくれと言われたので、俺はこの時間を空けていたのだが、肝心のメッセージは届かず暇を持て余した結果、現在このような遊戯に興じている。
漫画のページをめくる手が止まる。
「……読み終わった。これはなかなか面白かったな。次巻が楽しみだ」
三つのディスプレイでも同時に相手のターンが終わり、それぞれの手番が回ってきた。
「これで終わりだ」
三種のゲームで、それぞれ最後の手を打つ。
そして、三つのディスプレイは同時に俺の勝利を示した。
「ネットの上位ランカーといっても、所詮はこの程度か」
弱すぎてあくびが出る。暇潰しにもならない。退屈な相手だ。
「まさか、相手も俺がそれぞれ違う種類のゲームを同時にこなし、あまつさえ意図的にペース配分し、各ゲームで同時に勝利を収めているとは思いもよらないだろう」
それも、漫画を読みながら片手間に。
「連絡もこないし……昨日の深夜アニメでも見ようかな」
俺は日々、こうして目を酷使しているが、生まれてこの方、視力が落ちたことはない。学校の視力検査では、両目とも常に2.0以上あった。おそらく3.0はあるだろう。
ついでに言うと、俺の目は完全な暗闇の中でも『視る』ことができる。
俺はこれを、俺に宿る能力のおまけのようなものだと思っている。
数年前、米国の大学が『ほとんどの人間は完全な暗闇の中で見ることができる』ということを突き止めていた。人間が『視る』ためには『目からの光』が絶対的条件ではなかったということだ。その論文には、五十パーセントの人間は完全に光のない状態の中で、自分の動きを目で追う能力を持っていることが分かっており、この能力は学習によって、ほぼすべての人間が習得できると結論づけられていた。
つまり、俺の能力のおまけも、それほど不自然なことではないということだ。
不意にピロンという電子音が鳴り、パソコンにメッセージが来たことを告げる。
トードー【今、お時間は空いていますか?】
ルート【ああ、約束通り今日は時間を空けてある】
トードー【ありがとうございます。本当は今日連絡が取れるか少し不安だったんです】
ルート【なぜですか?】
トードー【だって、ルートさんは忙しそうでしたから】
ルート【そういうトードーだって、俺から見れば随分と忙しそうだけどな。それに、たとえそうだとしても、あなたと交わした約束はちゃんと守りますよ】
トードー【では、他の約束も果たしてもらいましょうか】
ルート【他の約束とは?】
トードー【もう、忘れたのですか?】
トードー【いつかリアルで会おうって、約束したじゃないですか】
そういえば前に、軽い気持ちでそんなことを言った気がする。
そのときの会話の流れで、俺は背が低いことが悩みだと言ったときに、リアルの外見の話をした。どうやら『トードー』は、色白の天然パーマでぽっちゃり系という、お約束な外見の男らしい。しかし、その身長は170センチ以上あるらしく、俺を酷く落胆させた。
太っているとか痩せているとかは、後々の努力でどうにでもなる。でも、身長は大人になってからではどうにもならないのだ。……長身イケメン滅びろ。
ルート【いや、それは……】
さすがに見ず知らずの人間とリアルで会うのはリスクが大きい。
どうやら、今回の話というのは、俗に言う『オフ会』の誘いというものらしい。
ルート【こうしていつでも連絡を取れるわけだし】
ルート【何も直接会わなくてもいいんじゃないですか?】
それに『トードー』と直接会うことで、俺にメリットがあるとは考えられなかった。
トードー【そんなつれないこと言わないでくださいよ、九条透さん】
「……は? ――九条透? こいつ、なぜ俺の本名を知っている!?」
俺は動揺を隠して『トードー』に返信する。
ルート【九条透とは誰のことですか?】
トードー【別に誤魔化さなくてもいいですよ。あなたのことは全部知っていますから】
「……ありえない。セキュリティーは完璧なはず……なんで? どうして? ネットストーカー? いや、男が男にストーカーって……なら、クラッカーか!?」
トードー【あなたが会いに来てくれないというのなら、こちらから伺うとしましょう】
トードー【というわけで、もうじきあなたの家にお迎えが来ますよ】
トードー【あ、私が到着する前に死なないでくださいね。楽しみがなくなりますから】
「……は? 死ぬ? 俺が? どういう意味だ?」
ルート【どういうことだ? お前の目的は一体なんなんだ?】
俺は『トードー』にメッセージを送るが、その返信は一向に来ない。
「クソッ! 何がどうなっているんだ!」
俺は苛立ち、机を叩いて立ち上がる。そのとき、中庭のほうで銃声が鳴った。
九条邸内に緊急のサイレンが響き渡る。
ウー、ウー、ウー、と滅多になることのない警鐘が鳴り続けている。
今度は自室にある据え置きの電話が鳴った。俺は勢いよくそれに飛びつく。
『こちら警備室。透様、緊急事態です!』
警備室とは、ボディーガードと違って、この屋敷を守る警備員が務めている箇所だ。
「そんなことは分かっている! 何があった?」
『襲撃者です! その数……目視できるだけで、十二!』
「二桁以上! これは計画的な犯行か」
『こちらで対処しますので、透様はご安心……を、あぁぁがぁ……ザッ……ザ……』
「お、おい! どうした! 何があった!?」
受話器からは無機質なノイズが鳴るだけで、警備員の返事はない。
自室の窓から外を見ると、庭全体に火が回り、メラメラと燃え上がっていた。




