隔離された、矛盾に満ちた世界
一応、ここにも喫茶店くらいはあるらしいので、貴時はその場を離れ、澄人に詳しく教えてもらうことにした。
……ただし、案内された店は、かなりオタク寄りの喫茶店だったが。
中央通り沿いにあり、「トレーダー分岐点」という、いかにもな看板を掲げている。
しかも内部は、四方の壁にアニメのキャプチャー画や漫画家の色紙などがベタベタ貼ってあるという頭が痛くなる内装である。
ただし、意外にも閑散とした秋葉原の喫茶店にしては客入りもよく、見るからにオタな人から、場違いそうなハイソな美女まで、五~六名の客がいた。
貴時達以外は、みんな一人客である。
二人掛けのテーブルに着くなり、澄人が髭のマスターに「ゲキガンコーヒー二つ」と勝手に頼んだ。
「……げ、ゲキガンコーヒーって……なんだ? 飲めるんだろうな?」
「飲めるとも。ただ、俺も昨日飲んだだけだから、詳しくは知らん」
澄人が笑って即答した。
「確かメニューの説明には、気合いが入る良いコーヒー! 当店お勧めっ……とあったな」
「気合いが入るね……妙なもの入ってないといいが」
さほど待つほどもなく来たコーヒーを一口飲むと、ちゃんとコーヒーの味がしたので、貴時は密かにほっとした。
まあ、ちょっと普通より苦めだったが。
「それで――」
一度に半分ほど一気にコーヒーを飲み、澄人は悠々と尋ねた。
「なにが知りたい? 昨日一日で結構調べて回ったから、まあだいたいの事情はわかってると思うぞ」
「知りたいことは山ほどあるが、まず一番訊きたいのは、なにがどうして、こんな町ができたかってところだ」
「ふむ、当然の疑問だな」
澄人は窓から似て非なる秋葉原をちらりと眺め、もったいぶって頷いた。
「そもそもの始まりは、2015年に起こった事件だ。後に誰かがビッグバンと呼んだ、運命の日だな。丁度、その年の5月1日午前零時に始まったと言われているが……とにかくその時、一切の前触れもなく、今の保護地区に当たる範囲の全てが不可視の壁で覆われた。覆われたというのは文字通りの意味で、たとえば壁の境界にあった建物などは、真っ二つになってしまっている。誰かが問答無用で、上空まで完全に見えない壁で蓋したみたいに」
「……となると、空気も遮断か?」
「いや、それが不思議なことに、人間が生きるのに必要な物はちゃんと通すんだとさ。恐ろしく都合がいい話だが、ライフラインである水道管とかガス管とか、送電線などは無事と来ている。あまりにも理屈に合わないんで、最近じゃ、これはなんらかの魔法じゃないかと言われている。実際、魔法使いに言わせれば、不可視の壁からは微かに魔力を感じるらしい」
「魔法使い……そんなのまでいるのか」
ライフラインの奇跡より、貴時はそっちに驚いた。
まあ、猫耳少女やらロボットがいるなら、魔法使いだっていても不思議はあるまいが。
「もちろん、当時の日本人は、封鎖地区の内外にいた者全てが、大いに慌てふためいた。喜んではしゃいでいたのは、無関係なネット住民くらいだ。しかも、問題は広大な地区が封鎖されちまっただけに限らない。……なぜかビッグバンが起こった日以降、この封鎖地区内限定で、異邦人がじゃんじゃん迷い込むようになった。これは今も変わらない。現在も各地区で、毎日のように迷い込んでいるらしいぜ」
「異邦人っていうのは、要は異世界から来た……俺達みたいなのか? まあ、俺達は似て否なる秋葉原を通過して来てるけど」
「そういうことだな」
コーヒーカップを指で弾き、澄人はニヤッと笑う。
「俺達はまだしも、異世界とはいえ日本から来てるが、ここに迷い込むヤツの大半は、人種も年代も職業もバラバラだ。おまけになぜか、封鎖地区内の限られた場所にしか現れず、しかも理不尽なことに、全員が日本語を話しているように聞こえる」
「あっ、そうか! 本来、言葉が通じるわけないんだ」
今頃そこに気付き、貴時は顔をしかめた。
異世界から来た異邦人全員が、日本語の標準語を話すことなど有り得ないだろう、普通なら。
「異邦人達に言わせれば、相手が自分の故国の言葉を話しているように聞こえるらしいがね」
特に悩んだ様子もなく、澄人は教えてくれた。
「以上、ビッグバン以後の保護地区では、強制的に人種の坩堝状態となった。ややこしいのは、さっきおまえも万世橋で見た、ザ・ゲートのような場所もあることだ。狭い範囲ながら、謎のシールドが緩い場所が存在する。あの場所が判明した途端、当然、みんな外へ出ようとしたわけさ……元からここにいた日本人も……そして、迷い込んだばかりの異邦人達も」