有名武将も住む、封鎖地区
「昨日ここへ来た迷い人って、おまえか?」
歩き出してすぐに貴時が尋ねると、澄人は「別に俺は迷ってないけど、まぁな」とエラそうに頷いた。
「封鎖地区全域にあんな場所が点在するようだが、なぜか日本からあの橋を渡ってきたヤツは、大抵、あの川跡の空き地に着くらしくてな。……で、あそこに着くと、待ち構えていた猫耳メイドルックの女に、いろいろ教えてもらえるわけだ」
「チェシャ猫さんだろ? 他にもああいう案内人めいた人がいるわけか?」
「いるさ。別に秋葉原だけじゃないぞ。この封鎖地区は実はかなり広い。南は万世橋(秋葉原)、つまり神田川の辺りが境界だが、北は西日暮里の駅くらいまである」
「西日暮里……同じく東京の……ギリギリ荒川区かな?」
都内とはいえ郊外に住むので土地勘はあまりないが、貴時も辛うじてその程度は知っていた。
「そう。ちなみに東は隅田川が境界で、西は文京区をまるっとカバーしてるようだ」
「都内中心部にかなり近いなあ」
貴時は首を傾げて呟く。
そもそも秋葉原自体、東京駅からもさほど遠くないのだ。そんな日本の中枢部分が、こんな状態でいいのだろうか。
澄人は迷いのない足取りで中央通りへ出ると、そのまま南へ進んでいく。方角としては、南の境界だという万世橋へ抜ける方向だろう。
「それで……封鎖地区っていうのはどういう意味――うわー」
見た目が「ハイカラさんが通る」のヒロインよろしく……というより、ほぼそのまんまの格好をした、大正時代ルックの娘さんとすれ違い、思わず声が洩れた。
声に気付き、娘さんが貴時を見て、眉をひそめた。
「袴……袴姿だ」
「馬鹿、あまりじろじろ見て騒ぐな」
業腹なことに、彼女が歩き去った後で、澄人に窘められてしまう。
「ここにいるヤツはだいたい、日本人でもどこか俺達の住む時代や常識からズレてるからな。じろじろ見ると、嫌がられるぞ」
「そ、そうか、すまん」
確かにじろじろ見られるのは、自分も好きではない。
貴時は素直に謝り、首を振った。
「よし、もうロボットやら袴姿の子が歩いてても驚かないぞ……さっきなんか日本刀差した武士みたいなのが歩いてたしな」
「みたいなのじゃなくて、そりゃ多分、本物だ。俺は既に有名武将にも会った」
くっくっくと、澄人が楽しそうに笑う。
「もっとも、俺達の知る時代の有名武将とは、ひと味違うがね」
こいつはこういうごちゃ混ぜ感のある世界観が好きらしいので、気持はわかるが――しかし、本物の武将に会ったとは!
「マジかっ。誰だ、武将って」
「それより、今は説明だよ。おまえもさっき、封鎖地区の意味を尋ねたろうが?」
さらりとかわし、澄人は前を指差す。
ちょうど交差点であり、ここを渡ると万世橋に出る……のだが。
「……なんだ、あの制服姿のおっさん達?」
橋の向こう側でたむろしている数名の男女を見つけ、貴時は顔をしかめる。
ごつい拳銃を装備してたりして、剣呑そうである。
「我が懐かしき、日本国の警察官だろ? ただし、制服の色が茜色だけどな……ヤツらは、一種の外交官も兼ねてるらしい」
「はあ?」
意味がわからないまま、貴時は信号を渡る。
どうでもいいが、信号は一応生きているが、本気で滅多に車を見かけない。
「きょろきょろせずに、もっとよく橋の向こうを見ろ。なにかおかしくないか?」
「別になにも……いや、待てよ」
言いかけ、ようやく貴時も気付いた。
ぼんやりと向こう側の景色が見えていると思ったが……あれは違う、ぼんやりとこっちの景色が映っているのだ! あたかも、曇った鏡の前に立っているかのように。
その証拠に、接近すると貴時達の姿もちゃんと向こう側に見える。
「あれが、封鎖されている理由だ。……見えない壁さ」
澄人が端的に教えてくれた。
「この世界じゃ、俺がさっき説明した広い範囲が、かなり以前からこういう不可視の壁で覆われているんだ。俺達が近付いているあそこは、この地区唯一の門なのさ」