馬鹿曰く「まだまだ微乳」
とっさに貴時は、身構えてしまった。
別に腕に覚えがあるわけでもないのに、可愛い女の子(小学生だが)連れてる時に、見事に絡まれてしまったと、そう確信したからだ。
これはもう、ぶん殴られた挙げ句に、二人揃って監禁とかされるんじゃないかと!
まあ、監禁するにしても、相手も貴時には全然用がないはずだが、本当にそこまで考えてしまったのだからしょうがない。
日頃から羊のごとく平和に生きているせいで、こういう時はまずパニクる。
しかし、そろそろと振り向いた瞬間、貴時は脱力した。
ニヤニヤ笑いながら立っていたのは、男の癖にロン毛で、しかも嫌みなほど切れ者風の二枚目だった。
知り合い中の知り合い……なんと、唯一の親友の秋月澄人である。
「おまえ、来てたのかっ」
「おうとも」
ニヤけた二枚目顔のまま、澄人は頷く。
「まさかこれほど早く再会できるとは思わなかったけどな」
「……タカくん」
貴時の背後に半ば隠れていたユウが、そっと腕を揺すった。
「お友達……ですか」
たまにポロッと敬語が出る子なのだが、今もそうだった。
多分、無駄に高身長の野郎を見て、不安になったのだろう……ユウも、貴時以上に人見知りする方だし。
「ま、まあ……うん。中学入学からこれまで、ずっと友達ではあるね……うん」
「こらこらっ。嫌そうに言うな、嫌そうにっ」
澄人がずばっと指摘し、ユウを見て軽く頷いた。
「おまえのことは、耳タコになるほど貴時から聞いてるぞ。俺は秋月澄人という。まあ、適当によろしくな」
勝手に超偉そうに自己紹介した後、「なるほど、思わぬ再会ってヤツな?」と思わせぶりな目で見てきた。
「そうだよ、悪いかっ。ようやく昔の幼馴染みに出会えたんだから、少しは遠慮しろっ! だいたいなんで、俺の望んだ世界におまえがいるんだっ!?」
「まあ、そう冷たいことを言わず! とりあえず、この街の秘密を教えてやるから、来い。最初に知っておかないと、いろいろとまずいことが起きるんだよ」
「い、いや、俺は今、ユウちゃんに案内してもらってだな――」
「いいの、タカくん。お友達に案内してもらってきて」
ユウがはにかんだように微笑んだ。
前方を指差し、鉛筆みたいな細いビルを指差す。
「あそこに、ユウのお部屋があるから……最上階だから。終わったら、訪ねてきてね。お隣の鍵、預かっておくから」
「あ……そ、そう? じゃあ、ちょっとだけ……せっかく会ったのに、本当にごめん。すぐ帰るから」
「いいの。……それより、背中のお荷物、預かりましょうか。ユウが運んでおきます」
「えっ」
言われて貴時は、今更ながらに、自分が巨大なリュックを背負っていることに気付いた。
これまでは、そんなことを思い出す余裕もなかったのだ。
「ありがたいけど……重くない?」
何キロもあるリュックを「うんしょっ」と両手で抱えたユウを見て、貴時は申し訳ない気持で一杯になった。
「へ、へいきなの」
ちょっと引きつった顔で、にこっと微笑む。
「先にお部屋で……待ってるね」
貴時は、リュックを抱えて慎重な足取りで歩き去るユウの姿に、思わず見とれてしまった。
あんな健気な子、今時いるだろうか。
「しかし……まだまだ微乳なのがなぁ」
首を振って馬鹿が――いや、澄人が呟く。
「やかましい、死ねっ」
いい気分の時に水を差され、貴時は思いっきり顔をしかめた。