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血姫盛んに  作者: 出家大
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車輪は回る

 血姫盛んに

五話「馬車は揺れて」

 

 馬車の列が森林を抜けていく。統率のとれた編隊は一定の速度を保ったまま走り続ける。

 列の真ん中あたりの馬車の荷台の中に鞠沙と辺蓮がおり、両者ともに眉間にしわを寄せ深刻そうな表情をしていた。


 「あの人、本当になにも知らなそうだったね」


 「ああ、芝居の意味が無かったな」


 揺れに身を任せる二人。彼女らは先の行為について話し合っていた。

 あれから、鞠沙は移動部隊の到着を待ってから、隊に撤退命令を出した。

 補給基地に戻ってから、帝都の本部に向かうという、いたって普通の帰還である。異常が突如発生するなどの懸念は毎度あるが、今回だけであろう最大の問題は一人のイレギュラーを連れていることだ。そのため、二人は頭を抱えているのだった。

 一方のイレギュラー、怪しい腕の持ち主である三紗登の扱いは馬車一台に見張りを4人つけるという、厚待遇だった。


 「ひとまずはシロでいいんじゃないかな?腕のことは気になるけど、もしかしたらあの子がいるのはこちらに有利に働くかもしれないしね」


 爪をいじりながら辺蓮は言う。彼女の普段のお茶らけた言動は演技なのかと疑うような会話である。

 いや、もしかしたら普段の姿が演技なのかもしれない。鞠沙は常々そう考えているが本当のことはわからない。今もそう考えながら会話をしている。


 「まあ、逢坂に送るのも悪くないけどあんな駒はやすやすと手放せないよね。あとは、あの奇妙な腕はどこの仕業なのか」


 「それは本部長によるな。どこの仕業とかは、あいつの記憶には頼れないからな。そのくせ妙に覚えすぎているところもある。むう、頭がこんがらがりそうだ」


 鞠沙はそう言って笑いながら、頭を指し、手を開いてくるくる回す。それに合わせて束ねきれなかった髪がふわっと舞う。

 鞠沙の笑みは嘲笑ではなく素直に受け取れる裏表のない笑いである。それにつられて辺蓮も笑って真似する。


 「あたしもくるくるぱーだよ」


馬車は何事もなく揺れる。二人は揺れに任せる。




 「隊長も副隊長も言わないが、その腕は異常化の過度な進行と同じ症状だ。つまり、化け物の腕ってことだな」


 少年は馬車に連れられてから泣きっぱなしの三紗登に言い放つ。

 はた目から見れば追い打ちだが、質問したのは三紗登のほうからだった。鼻水をすすりながらも会話は途切れない。


 「なんで、そんな腕が私についているんですか!」


 「俺に聞くなよ。知るわけないだろ」


 聞き流しながら少年はおもむろに懐から煙草を取り出し、火をつける。吸いなれているようで火をつける動作は滑らかだった。そのまま口へ持っていく。

 さっきまで泣いていた三紗登は少年が煙草を吸い始めた途端、ぐしゃぐしゃの顔をあげて、見せつけるように咳き込む。


 「健康に悪いですよ。だからそんな青白い顔をしているんじゃないんですか?」


 「一本だけな」


 少年は顔色のことは無視するが、最低限の気遣いは見せた。それを聞いて三紗登はため息をついて俯く。その態勢のまま観念したのかポツリとつぶやいた。


 「一本だけにしてくださいね…」


 「あんがとな」


 そうして少年は外側を向く。煙が風に吹かれて踊り、煙草を吸い終わるまで蹄が地面とかち合う音と、車輪の回る音だけが響き渡る。

 

 ガラガラガラ



 ガラガラガラ


 

 ガラガラガラ


 

 「名前、聞いてなかったですね」


 しばしの沈黙の後に鼻水をすすり、顔を上げながら三紗登は言った。煙草を吸い終わっても外を向く少年は、外を向いたまま返答をする。


 「俺の名前?えー…実験施設行きのやつに教える必要があるか?」


 しばしの沈黙。三紗登は口をパクパクさせる。

 自分の腕と少年を交互に見て、思考の末ようやく言葉をひりだす。


 「はい?」


 少年は三紗登の間抜け面にこれから辿るであろう未来の丁寧な解説をする。


 「異常の腕ついた人間なんて初めて見るからな。逢坂の研究施設行き確定だと思うぞ」


 「逢坂って…やっぱりあなたたちは軍部所属の部隊なんですか!?」


 「おお、残念ながらあんたの予想的中だよ」


 想像して三紗登は吐きそうになる。軍部が人権を無視した研究をしていることは民間にも伝わっている。

 没落したといえども貴族。その娘の三紗登は当然ながら軍部の事情を平民の一歩先、二歩先は知っている。情報も貴族の財産なのだ。


 「…骨を削って神経抉り出したりするんですよね?あと、人の脳みそをつなげ合わせたり…」

 年頃の少女に似つかわしくない単語の羅列。意外にも少年は三紗登の言葉に感心したようだった。


 「お前結構知ってるんだ。でもそれだけで済めばマシかもな」


 少年は振り向いて訳知り顔で呟く。口は笑っているが、目は笑っていない。

 月並みな表現ではあるが、この時の表情を言い表すのにこれ以上の最適な言葉は無いだろう。


 「万が一助かったら教えてやるよ「いや、今教えてくださいよ」


 しかし、彼女は実質的な死刑宣告を受けても変わらずに少年の名前を聞きだそうとする。

 そのしつこさは業突く張りな貴族特有の性格というべきか、それとも彼女本来の性格なのか。


 「だって、きちんとしたお礼が言えないじゃないですか」


 なるほど、と少年は合点がいった。

 それに、この後もしつこく名前を聞いてくると思うと本部に戻るまでは正直堪えられないところだった。


 「一理あるな。ムカイだ。苗字はない」


 そうすると、彼女はさっきまで死の恐怖で怯えていたとは思えないような笑顔を見せた。少年、ムカイは涙の跡が目立つ三紗登の笑顔を哀れに思った。


 「お前どうして笑えるんだ?」


 単純な疑問だった。こうしている間にも死地へ向かっているというのに、目の前の臆病な少女はなぜ笑えるのか。

 質問を受けバツが悪そうな顔をする。ひとしきり悩んだあと口を開く。口の中が乾いているのか喋りづらそうにしている。


 「なんででしょうね」


 三紗登は笑いながら答えた。

 ムカイはさっきまでの泣き顔に疑問を持ちつつも、なんだかおかしくてつられて笑った。


 「ムカイさん、ありがとうございました」


 それを聞いてムカイは外側へそっぽ向く。三紗登は彼が振り向きざまに一瞬見せた口元の笑みには気づかなかった。

 それきり会話は途切れる。お互いに空気を読みあった結果だろうか。


 馬車は変わらず揺れ続ける。二人は揺れに身を任せる。

 

 

 

 ガタガタ


 ガタガタ


 ガタ…

 

 


ペースをもっと落としていくと思います。

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