それではお話を
ちょい短めですけど投稿、話のきりが良いのでね
三話「それではお話を」
輸血液が切れ、超人的な速さでは走れないが懸命に走る二人。
枝を踏み折る音があたりに響き、水たまりから飛沫が飛び散る。息を切らしながら鞠沙は問いかける。
「さっきのはどういうことだ?異常が異常じゃないとかなんとか」
途端に辺蓮の緊張が張り付いた顔に疑問の文字が加わる。口をパクパクさせ、目線が宙に泳ぐ。多分、上手い言葉が浮かばないのだろう。
「わかった。お前以外に聞いて判断する。理解できないものは説明できないだろう?」
「ごめんねたいちょ」
うつむきがちに辺蓮は言う。いつもは前向きな辺蓮は鞠沙の期待に副えないようだと途端にしょんぼりとする。鞠沙はいつもその姿を見て面白がっているのだが、この先に待ち受けているモノに対応するためにはこの状態の辺蓮は足手まといであった。
「落ち込むのはよせ。ただでさえ小さい体が…その、ゴマのようだぞ」
鞠沙なりのジョーク。どがつくほど不器用な鞠沙は気の利いた冗談は言えない。それでも不器用なりに頑張るのが隊長というものだ。そう鞠沙は思っているのだ。言った本人は頬を赤らめている。
「ぷふっ!恥ずかしがるなら言わないでよ!こっちまでつられて恥ずかしくなってきちゃうよ」
「…どうにも上手くいかないな」
「もう少し本とか読んだらいいよ。ん…もうすぐ着くよ。あの建物だ!」
辺蓮は指を指す。その先には作戦が始まる前からか、それとも作戦のせいなのかわからないが半壊している家屋。
走り始めてから時間にして三分。普通の人なら何も考えないだろうが、秒単位の戦闘をする燃血隊には充分影響がある。二人の頭は、隊員の安否の一点に気を取られた。
「隊長!副隊長!こちらです!」
家屋の陰から隊員がぞろぞろと現れ始めた。
片腕に添え木をしている者、頭に包帯を巻いている者、自分のものか異常の返り血かわからないが血にまみれている者。死んでいなければ無事。それが燃血隊の考え方。
「なんとか大丈夫そうだな。問題のものは?」
目にかかる汗を布で拭いながら報告に耳を傾ける。
観察対象は生き残りの村娘。
異常化の特徴である頭部の変形は見られないが、腕の局所的な奇形化が見られ、新種の異常であるかもしれないことから交代で見張りをつけていること。
意思の疎通は可能だが演技の可能性を捨てきれないこと。
「なるほど。上の判断は?」
「何とも言えないので、現場の判断に任せるとのことです。そこで、判断を仰ぎたく早急に隊長をお呼びした次第です。異常のせん滅はすました後だったので、我々の中で一番余力のある副隊長をお迎えに上がらせました」
異常の生き残りがいた場合は賢明とは言い難いが、早急に鞠沙を呼ぶには合理的だ。多少のリスクはあったとしても妥当な判断である。
「じゃあ、さっそく見せてもらおうか」
「はい!この先の小部屋で監視しております」
そう言い、鞠沙の部下は例のモノが待ち受ける場所への案内を始める。
――――――――――――――――――――――――――――
――え?
コツコツコツ
――誰?
おお!この娘か!…成程、良い反応だ。若くて体力があることも良い方向に向かうだろう。
素晴らしい。この娘にしたまえ。
――やめて!離して!
君は神の力の片りんを得るのだ。感謝しなさい。我らが神に。
――ああああああああ!!!!
「ん…うう」
目を覚ます。数秒ののち、布を巻かれた自分の腕を見やる。
赤が混じった汚れた包帯、この下は変わり果てたなにか。変わり果てる前の記憶はあやふやで、気づけば腕を抱えながら歩き回り、兵隊らしき人間に小部屋に連れていかれ気を失ったようだ。
「むっ、起きたか?気分はどうだ?」
少年は腰の刀に手を掛けながらも、その行為の威圧さを感じさせない気さくな問いかけをした。
「…怖くないの?」
「ははは、あんまりなめるなよ。こちとらお前以上の化け物を相手にしたこともあるんだぞ」
幼さが残る顔に似合わない、戦いの経験を思わせる言葉。確かに服の袖からチラと見える腕は齢の割に太く鍛えられ、古傷も少なくはない。
そんなことを考えていると、少年は疑問を投げかける。
「お前こそ不安じゃないのか?」
「ずいぶん優しいですね」
事態の異常さを一番理解しているのは自分だ。そして今の歪な自分に優しい言葉をかけられるとは思っていなかった。あるいは優しさでなく、興味本位なのだろうか。
「俺の直観だがあいつらの演技には見えないからな。正常な人間があいつらの腕生やしてるなんて失神ものだ。だから少しは心配もするもんさ」
どちらかというと優しさに寄った発言に少しほっとする。
「なら、その物騒なものに手を掛けるのはやめてほしい」
「はは、これは癖だ。普通の奴にもこうだから気にすんな」
腰の刀に手を掛けたままでは落ち着いてはいられないが、なんとか気丈にふるまおうと努める。しかし、少年の笑みの上に置かれた目は、少しでも変な動きをすれば殺すと言っているようにも見える。
そんな話をしていると、奥の方で階段を下りる音に混じって複数人の話し声が聞こえる。
「おっと、俺らの隊長のおでましだ。あの人は理解があると思う。だから、とりあえず嘘をつかなければ、何とか生かしてもらえるかもな」
開けたままの扉から隊長と呼ばれる人物が部屋に入ってくる。軍服と思わしき服は血で汚れており、ここに来る前に何をしてきたは想像に難くない。
「お勤めご苦労。疲れただろう?あっちで休んでおけ」
「へいへい、ありがたいです、隊長」
すると少年は立ち上がり、去る前にこっそり私にしか聞こえないような声でぼそっと言った。
「うまくやれよ」
その目はさっきまでの殺意は帯びていなかった。
「ふむ、お前らも戻っていいぞ。あとは私に任せろ」
隊長は案内してきたであろう部下に指示を出すと私に向き直り、口を開く。
「さて、この部屋へ来る間にうちの部下から大まかなことは聞いた。突然で悪いが、腕を見せてもらえないか?」
「待ってください」
思わず、口を開いた。いざその時が来ると、不安で震えが止まらないのだ。
「私は殺されるんですか?生かすんですか?」
「だから、見て判断するんだ。安心しろ、死ぬとしても痛みは感じないだろうからな」
「痛みを感じる感じないの問題じゃないんです」
そう言うと、隊長は少し目を伏せた。そして、ひとしきり考え込んだのちに、こちらを直視してきた。
「悪かった、不安だったんだ。しかし、この言葉は言い訳にはならないだろうな。なんせ君の方が不安だろうから」
そう言って、頭を下げた。
「この通りだ。君が明確な意思を持った人間であることを認め、謝罪をする」
「いや、私が早とちりしたんです。少し冷静になれました」
巻かれた布に手を掛け、一気にはぎ取る。
あらわになったのは本来は異常化の進行が激しくなったもののみが持つ怪腕。
禍々しく、不気味で、あたりに腐臭か錆の臭いか、それらが混じったものか、訳の分からない、形容しがたい臭いを辺りにまき散らした。
異形の腕を目の当たりにし、隊長は鋭い目を余計に細める。
「では、覚えている限りの話をしましょう」
次は回想から始まります