7.莉緒の秘密
殴りとばすのは何とか思いとどまり(彼女の身体能力を思い出した)、わたしは莉緒をどうやって家に帰そうかと頭を捻った。
どうも莉緒はわたしのマンションに泊まる気らしいし。
その証拠に彼女は今、スキップしながら勝手にお湯を張りに行っている。
戻ってきたらそれとなく帰宅を促そう。
『お風呂、どっちが先に入りますか?』
と満面の笑みで聞いてくる莉緒に対して、多少心は痛むけど……。
「それよか莉緒、家に帰らないの?」
『ええ、帰りません!! じゃあ、先にさくらんぼがどうぞ♪』
「じゃあ」の意味が分からん……。
しかもえらく力強い宣言だ、まるで帰る気がない。
しょうがない、素直に迷惑だって伝えよう。
「ごめん、あんまり長く居られると迷惑、かも……」
それほど強くは言えなかったけど、どうかな?
莉緒は悲しそうな顔をしながら、スケッチブックにこう書いてきた。
『だってもう真っ暗ですよ! 私は悲鳴が出せません……。さっきのような人達に、大人数で囲まれたらどうしようもないんです……』
ぐっ、それを言われたら何も言えない……。
『それにさくらんぼを一人にしたくないんです! 変な人達が乗り込んでくるかもしれないんですよ!?』
……ん? あれ? もう乗り込んできてるけど?
それにさっきの言葉と矛盾してないかな。
わたしの表情を見て取ってか、彼女は立て続けに書いてきた。
『ふふっ、私はさくらんぼを守る為なら悪魔にも殺人鬼にもなりますよ!!』
「最高にいい顔でろくでもない宣言しないでよ!? ああ、もう分かった。今日だけ、今日だけだからね!」
これに対して莉緒は返事をせず、
『そんな事より、早くお風呂入って下さい! 後がつかえてるんですよ!!』
ああ殴りたい! やっぱりさっき殴っておくべきだった!!
――どうせ、『やっぱり一緒に入りましょう!』とか言って来るんだろうな……。
というわたしの思いとは裏腹に、莉緒は一向に入ってくる気配が無かった。
……何かちょっと恥ずかしい――
お風呂から上がると莉緒はテーブルでスマホをいじっていた。
わたしのとお揃いかと思っていたら、テーブルには見慣れないスマホがあり、こっちが莉緒のかな。
……ということは……。
「ちょっと、人のスマホいじんないでよ!?」
とは言ったものの、パスワードが分からなければロックは解除されない。
今のは勝手に人のものに触るなという戒めのつもり。
『いや、あの、私の番号やらアドレスやらその他モロモロ登録しておこうと思いまして……』
莉緒は悪びれることもなく、返答してきた。
てか、モロモロって何?
「でもパスワード分かんなかったでしょ?」
『ふっふ~ん、私を誰だと思っているんですか!! ちゃんと分かりましたよ! しっかり登録できてます!』
わたしが莉緒からスマホを引ったくり確認すると、ちゃんと登録されていた。
……ホーム画面が莉緒の微笑み顔になってるんだけど、どういうことコレ?
『自撮りというやつです』
「わたしの心読まないでよ!? それは分かるけど、何でパスワード……」
『だいたいこうゆうのは自分の生年月日か、さくらんぼの場合は……好きな選手の生年月日ですね!』
まあわたしは無難に自分の生年月日なんだけど……。
「ねえ、わたしの好きな選手まで知ってるの?」
大親友ぐらいしか知らないはず。
『権田原清十郎さんですよね?』
「えっ誰!?」
『私の家の近所の、特にダンディーでもないおっさんです!!』
「知らないよ!! てか有名な選手なの!?」
『いいえ全くこれっぽっちも!!』
「……もういい。早くお風呂に入って! その間にこの画像消しとくから!!」
『そんな……私の裸画像と差し替えるだなんで鬼畜ですね! でも嫌じゃない! さくらんぼになら嫌じゃないですよ!!』
「誰がそんなこと言ったの!?」
『早くお風呂に入れって、その前振りでは?』
「違うよ! バカじゃないの!?」
『ふふっ! ではでは、さくらんぼの残り湯を楽しんできま~す♪』
「うっさい、気持ちの悪いこと書いてないで早く行け!」
ようやく莉緒がお風呂に向かった後、わたしは自分のスマホの画面を見た。
……微笑んだ莉緒って清楚系美少女だなぁ。
まぁ消すのは何だから、画像の差し替えだけしておこう。
取りあえずホーム画面をいつものに戻し、莉緒がお風呂から上がってくるのを待っていた。
――まさかそれから一時間も待たされる羽目になるとは、当時のわたしは夢にも思っていなかった――




