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さくらんぼライフ  作者: あやの
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6.莉緒の秘密

 ――中学二年の夏、あたしの学校は県外遠征に赴いた。

 三年生が抜け、新チームでの最初の練習試合前の事だった。


 今までベンチだった子がレギュラーになったりすると、最初の頃は力が入り過ぎて心に余裕がないというのはよくある。

 あたしは一年の頃から既にレギュラーとしてプレーしていたので、別段気合いが入っていた訳ではなかった。


 自慢がしたいのではなく、あたしが言いたいかったのは、自分には周りを見るゆとりがあったということ。

 練習をしつつ、「上のグラウンドはサッカー部が使っているのか……」「体育館はウチより大きいな……」など思いながら、チラチラ横目で他校の景色を眺めていた。


 「校舎はウチの方が……」とか考えながら見ていると、屋上に人影が見えた。

 わたしは視力がそれ程良くない。


 今はコンタクトレンズをつけているけど、この頃はまだつけていなかった。

 その人は屋上のフェンスを乗り越えようとしているように見えた。


 ――妙な胸騒ぎがする――


 そう思うやいなやわたしは、校舎目指して走りだしていた。

 誰かに相談して騒ぎになり、大事になるのが嫌だったわたしは、キャプテンになっての初戦で気合いが入りまくっている大親友の呼び止めにも応じず、屋上まで駆け上った。


 屋上の扉の前で、「勘違いだったらいいのにな」と思いつつ扉を開けると、その人はもうフェンスを乗り越えていた。

 その前には綺麗に揃えられた靴と手紙らしきものがあり、明らかに自殺しようとしているのが分かった。


 扉の開く音でこちらに気付いたのか、フェンス越しに相手がわたしに振り返ってきた。

 長すぎる前髪で目は見えないが、ビックリしているのだけは分かる。

 ……そのせいで落ちたりしないでよね……と思いつつ、目の前の人を説得する手立てを考える。


 スカートを履いているので女子なのは間違いない。

 これで男子だったら、どうやって説得するかさらに悩むところだけど、同性ならまだ何とかなりそうだ。



 ――実は以前、わたしも死にたいと思うことがあった。


 その頃のわたしは小学生。

 その時所属していたソフトボールのチームの監督は、左投げだったわたしを頑なに起用しようとしなかった。


 肩が弱いので外野とキャッチャーは無理、小柄なのでファーストも無理、ピッチャーは論外、ファースト以外の内野は左投げだといろいろ制限があるので、やらせないという状況だった。

 確かに左投げの内野手だと、ファーストに投げる際、一手間かかるのでやらせたくないと言うのはよく分かる。


 しかし当時のわたしはチーム内の誰よりも上手く、右投げの子以上にボールを捌けていた。

 打線もパワー型が多く、わたしのような小技ができるタイプも起用する方が、相手チームも嫌がると思うのだけど、ちまちましたことが嫌いな監督はそうしようとはしなかった。


 ある日の練習後、わたしは大親友にこう告げた。


「今度試合に出られなかったら、死にたい……」


 その言葉を聞くやいなや大親友はわたしをビンタし、直後に力一杯抱きしめてきた。


「バカなことを言わないで!! さくらが死んだら、わたしはこれからどうやって生きていけばいいの!?」


 その後二人して号泣し、そのチームを辞めた。

 別のチームに移り、わたしはレギュラーのセカンドを勝ち取った。

 ある大会で前チームと対戦し、わたし達は勝利し溜飲を下げることになった――



 こうした経験があり、人は誰かに必要とされている限り死のうとは思わないはず。

 彼女にも、必要としている人がいるということを言って聞かせているんだけど……、あまり状況は芳しくない。


 彼女はわたしが何を言っても、激しく首を横に振るだけ。

 彼女が何を思っているのか聞きたいし、せめて声色が分かるといいんだけど、一言も発してくれない。


 わたしもフェンスを乗り越え、彼女に近づいていくんだけど、近づいた分彼女は離れていく。

 このままでは埒が明かないと焦れていると、聞き慣れた声が背後から聞こえてきた。


「さくら、アンタ何やってんの!?」


 大親友の怒鳴り声でそっちを見た彼女との距離を、わたしは一気に詰め飛びかかった。

 暴れる彼女を思いっきり抱きしめ、優しくこう言った。


「あなた、あたしと一緒に心中する気?」


 彼女は諦めたように大人しくなり、わたしの胸の中で声を出さず泣き始めた。

 わたしは彼女の頭を撫でながら、耳元で囁く。


「もし誰にも必要とされていないと思っているのなら大間違いよ。わたしはあなたに生きていて欲しいもの……」


 その言葉を聞いた彼女はわたしを弱々しく抱きしめてきた。

 そうしていると騒ぎを聞きつけたこの学校の先生達が、屋上に集まってきた。

 わたしは最後にこう伝えた。


「今度あったらたくさん話しよう。もうわたし達は友達よ!」


 彼女は何度も首を縦に振っていた――



 ……記憶をほじくり返してみたけど、やっぱり莉緒は登場してないぞ?


「ねぇ、あの時の暗くて地味で野暮ったかった子は莉緒じゃないよね?」


『本人の前で酷い! それが私ですよ!!』


 マジッスか! もう別人じゃん!


『桜桃の友達にふさわしくなれるよう頑張ったんですよ!』


 わたしの友達にふさわしく……か。

 あの時は勢いで言っただけだったんだけど、それ言ったら間違いなくシャレにならないよな……。


『あの時めちゃくちゃ抱きしめてくれたじゃないですか?』


 そうでもしなきゃ落っこちそうだったし。


『その時のおっぱいの柔らかい感触が忘れられなくて! おっぱい最高♪』


 ……よし殴ろう、力一杯ね!!

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