5.莉緒の秘密
いろいろあったけど、ようやくマンションにたどり着いた。
学校で冷やかされるわ、ナンパに出くわするわ散々だったな。
あたしは莉緒におぶってもらって来たのに、かなり疲れていた。
そう、それよりも一番の問題は莉緒である。
その彼女は興味深そうに部屋の中をキョロキョロしている。
彼女には聞きたいことがあるけど……取りあえずお腹すいたなぁ。
「ねぇ莉緒。勝手に人ん家の冷蔵庫を開けてないで、早くご飯食べよ?」
一体何がしたいのか、冷蔵庫の中を覗き込んで考え事をしていた莉緒に、テーブルに着くよう指示する。
あたしはお茶と、レンジで温めた二人分のコンビニ弁当とテーブルに置いた。
「いただきます」
莉緒は生真面目にもスケッチブックに『いただきます!』と書いてから、弁当を食べ始めた。
莉緒とは食事をしながら会話は出来ない。
食べるか書くか、どちらかしか出来ないからだ。
それでも雰囲気は悪くない。
莉緒が幸せそうな顔で弁当をつついているからだろう。
見ているとこっちまで気分が良くなる表情だった。
二人で弁当を分け合いながら食事をすませると、あたしは莉緒に聞きたかった事を思い出した。
「莉緒ってあたしと初対面だよね? 何で名前やらマンションの場所やら知ってたの?」
名前は知っていても不思議ではない。
ほらあたしって、知る人ぞ知る有名人だし。
ただマンションの場所を知っているのはおかしい。
あたしがここで一人暮らしを始めたのは、入学の数日前なのだから。
あたしがそう言うと莉緒は唖然とした表情になった。
『私達一度会ってます!! 覚えていませんか!?』
莉緒の書いた字に切実感が滲み出ている。
しかし弱った、全く覚えていない。
ソフトボールの試合で対戦したのかな?
いや、それはないな。
莉緒は高校からソフトボールを始めると言ってたから、選手として会っていない。
あ~、もう分からん。
「……全然覚えてない……」
あたしが申し訳なさそうに言うと、莉緒はスケッチブックにこう書いてきた。
『証拠、ありますよ!』
彼女は自分のスマホを取り出し、何やら操作していた。
あたしが期待しながら待っていると、莉緒はスマホの画面を見せてきた。
どうやら動画を再生したみたい。
………………ん、あれ? 見ても分からんぞ?
だってこの動画、文字通りのバストアップなんだもん。
バストアップ……、証明写真に使うアレではなく、おっぱいのドアップだ。
分かるのは、やたら上下に揺れているなぁぐらいである。
もちろん、服は着てるから変な映像ではないけど……、ああこれ、ユニフォームか!
そうだ、これってあたしの中学時代のユニフォームじゃん!
何故おっぱいに照準を合わせているのかは分からないけど……おっ、ようやくカメラが引いて顔が見えてきたぞ。
そこには不満タラタラの表情をしたあたしが映っていた。
映像はさらに引いて、対戦相手のユニフォームがちらりと映り込んできた。
……思い出した、あの学校か!
このチームとは県外遠征時の練習試合で対戦している。
試合はあたしのチームが圧勝で、対戦相手には失礼だけど大した選手はいなかった。
そんなチームの印象が何故残っているのか?
それはあたしがある事件に巻き込まれたからである。
……巻き込まれたのは正確ではないな。
巻き込まれに自ら行ったが正解である。
でも悪いことはしていない。
むしろ大げさでも何でもなく、人の命を救ったのだ。
ただそのおかげで、バリバリの主力だったにも関わらず、試合には最終回の守備固めしか出場させてもらえなかった……。
監督とキャプテン(大親友)の話し合いでそういう処置になったのだ。
しかもボールが飛んでこず、一度もボールに触ることなく終わった……。
不満げな表情なのはそのせいである。
思い出すだけで腹が立ってきた。
確かに試合直前の練習中に抜け出したのは悪かったとは思う。
他の選手に示しが付かないという理屈も分かる。
けれど何度も言うけど、人の命を救ってみせているのだ。
ベンチに戻った直後から、試合に出してくれても良かったんじゃないかな。
せめて代打で使って欲しかった……。
…………今それはいいや。
それより記憶を遡ってみても、莉緒が登場しないんだけど、どういう事?
あたしの映像がある以上、この中学校の生徒だったのは分かるんだけど……。
あたしが莉緒に顔を向けると、莉緒が微笑んできた。
そんな『思い出してくれましたか!』みたいな表情されても、こっちは罪悪感ハンパないよ……。
「ごめん、やっぱ分かんない……」
申し訳なさそうにあたしが言うと、莉緒は悲しそうな表情であたしを見つめてきた。
『私の事、助けてくれました……』
……選手じゃなかった以上、あたしもそこしかないだろうなとは思っていた。
でもあたしが助けた人って、莉緒とは似ても似つかない子だったはず。
あたしが助けた子……、少しその事件自体を思い返してみよう。