4.莉緒の秘密
実を言えば家に他人を連れてきたくなかったけど、彼女はマンションの場所も知っていたし、あたしが一人暮らしなのを誰かに教えたりしないと思う。
…………あたしは自慢じゃないけど、中学の頃から男子にモテていた。
大親友と二人で街中を歩いていると、声をかけられるのは決まってあたしの方。
別に大親友をクサしている訳じゃない。
彼女は綺麗なんだけど、どう言えばいいのか、真面目……というか声をかけても絶対に断られるだろうな、と思わせるオーラが出ているのだと思う。
実際彼女が断れば、大抵の人は諦めてくれる。
莉緒が明のキレイなら、大親友は暗のキレイというか……。
……何か結局クサしているような……。
まぁ何が言いたいのかというと、一緒にいるなら莉緒には悪いけど、大親友の方があたしには合ってるということ。
何故今そんな事を思うのか?
……現在進行形で、二人組のチャラそうな男に声をかけられているからなんだ、うん……。
彼らはお決まりテンプレ通りの誘い文句を、一方的に喋り倒している。
あ~あ、あたし一人ならどうとでも逃げられるんだけどな。
莉緒って何か鈍くさそうな雰囲気だし、二人で走って逃げようにも、彼女一人転びそう。
そう思いながらあたしは完全無視を決め込み、莉緒を見ていた。
その莉緒はというと、この状況が分かっているのかいないのか、彼らを見ながらずっとニコニコしてる。
……不自然なほどに……。
あたしが見つめている事に気付いたのか、莉緒があたしに振り返ってきた。
『逃げますか?』
彼女は喋れない。
目でそう問いかけてきた気がした。
あたしは彼らにバレないよう、小さく首を縦に振った。
『何とかしますよ!』
莉緒はあたしにウインクしてきた。
彼女は自らの鞄をゴソゴソし出し、何かを取り出していた。
彼女が取り出した物、それは……。
「「「釘バット!?」」」
不覚にも彼らとセリフがカブってしまった。
いやしかし、このご時世に釘バットとは……。
もしかしてこれで殴りつけるつもりなのかな?
そんなことをすれば、犯罪者一直線だけど……。
彼女は周囲の人達に、手でスペースを空けるように指示をしていた。
呆気にとられているあたしとナンパ野郎を尻目に、莉緒は釘バットで素振りを開始する。
――今まで聞いたことのない豪快な風切り音がした――
高校に入ったら、四番でホームラン量産するぜっと思っていたあたしの夢を霧散させる、とんでもないスイングである。
さっきから見て見ぬ振りをしていた通行人ですら、立ち止まって呆然としていた。
莉緒は数回スイングした後、呆けていたあたしに釘バットを仕舞った鞄を手渡してきた。
そのあたしを背中に乗せると、勢いよく走り出した。
――速ぇーーーーー!!!!!!――
後ろを振り返ると、ポカンとした群衆が遠ざかっていく。
体重ウン十キロのあたしと、二人分の鞄、コンビニの商品全て抱えてこのスピード!
高校で盗塁記録を目指していたあたしの心を、見事なまでにへし折ってみせた。
チャラ男達の姿が見えなくなるところまで走りぬくと、莉緒はゆっくりと立ち止まり、あたしを背中から下ろした。
『だ、大丈夫……ハァハァ……でした……ハァハァ……か?』
呼吸を整えながら、スケッチブックに書いたのがこのセリフである。
……詰まったり、呼吸が荒い演出は必要かな?
「あたしは大丈夫だけど……莉緒の方こそ大丈夫?」
『私は大丈夫です。気持ち良かったですから!』
気持ち……? この娘、走るのが好きなのかな?
あたしは莉緒の背中をさすりつつ、周囲を見回した。
だいぶ、あたしのマンションに近い。
あたしは莉緒が落ち着くのを待って、マンションへ向かった。
道すがら、先程の事について莉緒に聞いてみた。
「莉緒って、ソフトボールしたことないんだよね?」
『はい!』
「じゃあ、あのスイングは?」
『中二の頃、高校に入ったらソフトボールを始めようと思いまして、その時から毎日素振りだけはしてたんです!』
一人で練習してたのか、偉いな。
「……何故釘バットで?」
これが一番の疑問。
『最初は普通のバットだったんですが、結構冷やかされたんです。なので、バカにされたら殴りかかれるよう釘を打ち込んだバットを使ってたら、そういう人いなくなりました!』
そりゃ釘バット振り回している人になんか、誰も近づきたくないよね……。
さっきのアレも、その経験があったからか~。
鈍臭そうだなんて、失礼な事を考えてしまった。
むしろ、凄まじい身体能力だった。
……いいな~、メチャクチャ羨ましい……。