3.莉緒の秘密
散々あたしを冷やかし、ようやくクラスメイトのほとんどが帰った後、一つため息をつきつつ家に帰ろうとすると、莉緒がふんわり微笑みながらスケッチブックを見せてきた。
『今日、暇ですか?』
部活に仮入部できるのは明日からだから、今日は暇といえば暇だけど……。
素直にそう伝えるとこの娘、まとわりついてきそう。
どうにかして撒けないかな……。
「ゴメンね、今日はグローブを見に行くから……」
これはウソではなく本当。
内野手と投手では使用するグローブが微妙に違う。
別に替えなくても良かったんだけど、高校生になったので気持ちも新たにという事で買った。
……うん、もう買ってるんだ。春休みに大親友と……。
今日はただのウィンドウショッピングのつもり。
『なら丁度いいですね。私高校からソフトボールを始めたくて、グローブを買いたかったんです!』
……どうも選択肢をミスったみたい。
嬉しそうにピョンピョン跳ねる莉緒を拒む訳にもいかず、一緒にスポーツ用品店に赴くことになった。
街中にある大型スポーツ用品店へ行く道中、莉緒がやたらと話しかけてきた(実際にはスケッチブックを見せてきた)。
どうもこの娘は、あたしの趣味趣向を知りたいっぽい。
あたしも彼女に聞きたい事があったんだけど、次々質問されるので言い出せなかった。
スポーツ用品店に着き、グローブの置いてあるところに足を運ぶ。
「莉緒の利き腕はどっち?」
莉緒は右手を軽く挙げた。
右利きか、それなら選び放題で羨ましい。
左利きのあたしは、気に入ったものがあってもレフティーモデルが無かったりするし。
「それと莉緒はどこのポジションがやりたいってある?」
やりたいポジションがあるのなら、それに応じたグローブを買った方がいい。
練習では、全体練習の他にポジションごとの練習もあるし。
『いえ、特に無いです』
それなら、オールラウンドに使えるグローブの方がいいかな。
練習しながら、適性を見定めるっていうのもアリだ。
「ふむ……」
あたしは値段がちょっと高めのグローブを莉緒に手渡してみた。
「コレなんかどう? ちょっとはめてみて」
『フフッ、言い回しが少しイヤラシイですね!』
「どこがやねん!?」と心の中だけでツッコミを入れつつ、グローブをはめる莉緒を漠然と見ていた。
あたしにはクラスメイトとはいえ、今日が初対面の人にいくら持っているか聞く度胸はない。
なのであえて高めのものを選んでみた。
それとあたしには道具選びに一家言ある。
あたしは私服には興味がないからお金をかけないけれど、ソフトボールで使うものに関してはいい物を使うようにしている。
莉緒は目をキラキラさせながら、首を縦に振った。
『最高です!! もうこれしか有り得ません!! 若干サイズが小さいですが、今すぐ有り金全部はたいて買ってきます!!』
あたしはレジに並んでいる人の最後尾に、嬉々として飛び込んで行こうとする莉緒の腕を慌てて掴み、その場に留めた。
「ちょっ、ちょっと待って!! 有り金全部!? しかもサイズの合ってないのを!? あたしは候補の一つとして渡しただけだから、もうちょっと他のを探そ?」
あたしは悲しそうな顔でグローブを棚に戻している莉緒を横目で見つつ、他のグローブを探した。
グローブはさっき選んだものより安めのものを買い、そろそろ帰ろうと莉緒に伝えると、彼女が今日のお礼をしたいと返してきた。
「お礼なんていいよ。ついでだったし」
『そうはいきません。思いのほかお金も余った事ですし、夕ご飯を奢らせて下さい!』
結局彼女の勢いに押されて、夕ご飯をごちそうされる羽目になった。
まあ、家に帰ったところで誰もいないし、一人寂しくコンビニ飯よりマシか。
一食分食費も浮くし、今回は好意に甘えておこう。
そう思いつつ、少し先を歩く莉緒についていくのだが……行き先がおかしい。
ことごとく飲食店は通り過ぎ、彼女が吸い込まれるように入ったのは、これから目一杯お世話になるであろうコンビニである。
彼女に続いて来店し、店員の死んだ声での「らっしゃいませぇ……」を聞き流していると、莉緒がスケッチブックをあたしの眼前に見せてきた。
『折角なので、二人別々の物を買って食べ比べしませんか?』
会計が済めば、解散する気満々だったあたしの想いを打ち砕く提案が書かれてた。
こうなったら仕方ない、乗りかかった船だ。
今日はとことん付き合ってやろうじゃないか。
莉緒が選んだのとは違う物を莉緒の持っているカゴに入れた。
明日の朝の分も買っておこうと思い、別のカゴを取りに行こうとすると莉緒が、
『朝食の分ですね? こっちに入れて下さい!』
と伝えてきたので、会計を分けてもらおうとしていたのだが、結局全て莉緒が支払っていた。
会計後、コンビニから出たところで買い物袋を莉緒からふんだくると、彼女は泣きそうな顔をしている。
「コレ持ってると、書けないでしょ?」
あたしがスケッチブックを指さすと、莉緒はようやく得心がいった表情になった。
「ねぇ、莉緒の家ってここから近いの?」
近いのなら、莉緒の家で食事しようと思っていたのだが、彼女は首を傾げていた。
『ここからなら、さくらんぼのマンションの方が近いので、そっちに行きましょう!』
……あたし達初対面のはずなのに、何故マンションの場所を知ってるのだろう?
あたしの名前を知っていたのもそうだ。
マンションに戻ったら、とことん聞いてみるか……。