17.ウソの果てに
練習はあたしの予想以上に良い出来だった。
ピッチングは言わずもがな、バッティングは当たれば特大ホームラン、掠ってもホームランという有様である。
あたしの今まで培ってきた技術+莉緒の身体能力が合わさるとこうなるのか。
完全にソフトボールがヌルゲーと化していた。
対照的に、あたしの身体になった莉緒はというと……。
ピッチングは球が遅いのに加えノーコン、バッティングは当たることすらまれで、当たったところで弱々しい打球がフラフラと舞い上がっていた。
あたしの唯一の取り柄だった守備の方も……。
中身がド素人莉緒なので、エラーを連発していた。
こんな状態のあたし(の身体の莉緒)にキレたのが薊である。
「ちょっと、さくら!! アンタやる気あるの!?」
彼女は負傷しているため、練習には参加せずマネージャーのような事をしている。
短いインターバルに入った直後、莉緒に詰め寄っていた。
「いや、今日は調子が悪くて……」
流石の莉緒も薊の剣幕に押されていた。
「調子が悪い!? そもそも、動きが初心者のそれじゃない!! まるで別人みたいよ!?」
さっきもそうだったけど、元に戻った時のことを考えてこういうのは放置できない。
……しばらくは莉緒に部活を休んでもらった方が得策かな。
あたしはそう考え、持っていたメモ帳にある事を書いて薊に見せた。
『実はさくらんぼ、足首の骨折れているんです!』
薊は「ん?」と目を細め、首を傾げている。
「ごめん、金子さん。字汚くて読めないから、もうちょっと丁寧に書いてくれる?」
……あたしは言われるがまま、もう一度書いてみせた。
「えっ!? さくらも怪我してたの!?」
読み終えた薊は莉緒の肩を揺すっている。
その莉緒はこっちを見つめてきたので、あたしは頷いてみせた。
「え、ええっ。そう……みたいです」
「みたい?」
歯切れの悪い莉緒に対して、薊は怪訝そうな表情をしている。
「……でも今、普通に立っているよね……?」
そう言われた莉緒はなるほど、美しいまでの直立不動である。
……いやあかんがな……。
あたしが目で合図を送ると、莉緒はしゃがんで右足首を押さえ、わざとらしく痛がりはじめた。
「……くぅ……今の今まで堪え忍んできた痛みが今頃!? もうダメッス~!!」
十人中十人が看破するであろう、演技力の欠片もないウソ丸出しの芝居だけど、真面目一筋薊には効果があった。
「この痛がり方、シャレにならないわ!! すみませーん、キャプテン!」
薊はキャプテンに事情を伝え、莉緒は部活を抜けることになった。
「じゃあ、さくら。わたしが病院に付き添ってあげる♪」
何故か若干嬉しそうな薊が莉緒にそう告げているのだけど、病院に行くとウソがバレてしまう。
が、そこは莉緒。
「いえ、それには及びません!」
「え、何で? 早く医者に診せないと……」
薊は本気で心配そうにしている。
「本当は既にドクターストップがかかっていたのですが、無理矢理練習に参加したんです……」
キャプテンと薊が顔を見合わせている。
そして、キャプテンが莉緒に訊ねた。
「……それはどうしてだ?」
莉緒は重苦しい雰囲気を醸し出しながら、静かに口を開いた。
「……白球から……私を呼ぶ声がしたんです!!」
「星野ぉ!!」
「さくらぁ!!」
声さえ出れば間違いなく「はあ!?」と言っていたであろうあたしの目の前で、熱いキャプテンと薊が莉緒を抱きしめていた。
いや、ホント勘弁して欲しい。
だってこれ、あたしが言った事になってるんだぜ?
「星野、心配するな! 怪我さえ治せば元『中学ナンバーワンセカンド』のお前はレギュラー争いにすぐ食い込める!! もちろん、練習は死ぬほどしてもらうがな!!」
「えっ、死ぬほど?」
「さくら、高校でも『鉄壁の二遊間』を二人で形成する為、まずはお互いじっくり怪我を治しましょう! 地獄のリハビリはそれからでも十分よ!!」
「地獄? ちょっ待って下さい! 私は……」
「「つべこべ言わず保健室だ!!」」
莉緒はあたしに恨めしそうな視線を送りながら、二人に肩車されグラウンドを去って行った。
……しばらく元に戻りたくないな~。
あたしは心の底からそう思うのだった……。




