15.莉緒のろくでもない策略
部屋に入ると布団がベッドの上で、ムガムガ言いながらモゾモゾしていた。
あたしが布団の紐を解くと、中から涙目の薊が姿を現した。
彼女はあたしを怒りを込めて一瞥すると、そのままトイレに駆け込んでいた。
やはり限界だったらしい。
それはともかく、今はあたしが莉緒だ。
薊がトイレから戻ってきたら、怒られるのはあたしである。
……はぁ……、嫌だなぁ……。
薊、怒ると怖いんだよな……。
そんな憂鬱なあたしとは裏腹に、あたしと姿が入れ替わっている莉緒は、息も絶え絶えの状態である。
……あたしの体って体力ないな~……。
莉緒の体があり過ぎるってのもあるけど。
予想通り薊にたっぷり怒られた後、学校に戻ることになった。
サボる事を良しとしない薊らしい。
ただし莉緒はかなり渋っていた。
「ええ~、また戻るんですか~?」
その発言を聞いた薊が不思議そうな顔をしている。
「あれ? さくらの口調、いつもと違わない?」
高校になってからのクラスメイトならともかく、幼少時から一緒だった薊に今のは失言である。
莉緒にはちゃんとあたしになりきってもらわないと!
あたしはそんな意図を込めて莉緒を睨み付ける。
「……え、え~っと……ああ、そうそう。莉緒ならこんな言い方するんだろうな~と思って!」
……何を言ってるんだ、莉緒の奴?
「はあ!? 何でこんな奴の口調をマネする訳!?」
薊はあたしを指さしながら、莉緒に疑問をぶつける。
「それは、その……」
乙女顔をした莉緒がわざとらしく言い淀んでいる。
……もう悪い予感しかしない。
「……実は私、初めて莉緒を見た時からドキドキが止まらなくて……」
ウソ臭く顔を赤く染めた莉緒がろくでもない事をほざいている。
「……昨日、両思いかもって知ってからいても立ってもいられなくなって……」
あたしはこれっぽっちも好きじゃないけど!?
「……夕べ、一線を越えてからもう虜♪」
それを聞いた瞬間、薊はあたしに振り返り、
「アンタ、わたしのさくらに何したの!?」
はい、ビンタいただきました!!
「ちょっと私だけの莉緒に何するんですか!?」
あたしが薊に頬を叩かれたのを見て、莉緒が薊の肩を掴む。
「私だけ? さくら、目を覚ましなさい! この女に騙されているのよ!!」
薊は莉緒の両肩を掴み、強く揺さぶっている。
「騙されてなんかいませんよ!! 莉緒は私の運命の人なんです!!」
――コイツ、マジぶん殴りたい!!
ただそんな事をしても、この場は収拾しないんだよなぁ……。
一発でこの妙な修羅場を収める方法はないだろうか?
――莉緒の発言を肯定しつつ、好意を否定するような――
『さくらんぼ、ごめん……』
あたしはスケッチブックを二人に見せた。
「何です? 私は大丈夫ですよ! その……初めてであんなに気持ち良くしてもらえたのですから!!」
……莉緒、後で覚えてろ……。
「さくら……。本当に……?」
薊はさっきまでとは打って変わり、悲しそうで今にも泣きそうだ。
……これ以上、大親友のこんな顔見ていたくはない!
『夕べのアレ……ほんの遊びだったの、ごめんなさい……』
あたしは恭しく莉緒に頭を下げる。
「遊びって……あれだけ情熱的に私を攻め立てておいて……?」
……コイツだけは絶対に後悔させてやる……
「……すん……すん……」
薊はとうとう鼻を啜りはじめた。
――大丈夫、悪夢はもうすぐ終わる!
『……ホント、ごめん。さくらんぼがあんなに【耳はむはむ】に弱いなんて知らなかったから……』
「「耳はむはむ!?」」
二人がキレイにハモっていた。
「ちょっと待っ……」
必死にあたしの言葉を否定しようとする莉緒。
「な~んだ、そんな程度の事だったの? さくら、それって完全に遊びじゃん」
さっきまでのお通夜な雰囲気から一変、復活した薊。
ただ莉緒、あんたはこのままでは済まさん!
『……それに私、彼氏いるんです!!』
「はあ!?」
くっくっく、立場逆転!
莉緒はかなり焦りまくっていた。
「そんなバカな、私には……」
「さくら!! ……【耳はむはむ】程度わたしが、……いえわたしなら【耳の穴の奥まで舐め回す】から金子さんの恋の邪魔しちゃダメよ!」
薊に諭され、莉緒は言葉が紡げなかった。
あたしに【耳が性感帯】というしょうもない属性がついてしまったが、仕方が無い。
見事なまでに策略が失敗し、茫然自失した莉緒を薊と二人して抱え、あたし達は再び学校へ向かって走って行った。




